第2章 銃の楽園
第7話
上海経由で早朝に羽田空港に到着すると、黒蜂は迎えに寄越されたワゴンに乗った。
顔見知りの護衛二人と一緒に揺られ、向かった先は厚木市西部の山間にある小さな工場。レガリア通商株式会社という王血幇のフロント企業が所有し、表向きは武器や警備サービスの販売を手がけるセキュリティ事業部傘下の工場ということになっている。
「おはようございます、古賀さん。長旅お疲れ様でした」
早朝の工場を訪ねた黒蜂を出迎えた女は、いたずらな笑みを浮かべて、本名を呼んだ。
「おはよう、
「じゃあ
「良いよ、別に。うちらの間柄でそんな改まったこと言われても困るし」
ボーイッシュなショートヘアを跳ねさせている金髪の女は、香港から派遣されている楊だ。内陸の寒村に住む両親を都会に呼んであげたいと、人民解放軍からレガリア通商の中国法人である榮冠貿易有限公司に移ってきて、実入りが良いからと暴力担当として裏の仕事にも従事するようになったという、王血幇にはよくいる手合いだ。日本に送られてからセキュリティ事業部の営業も兼任していて、銀雪が言うには中国人富裕層を相手に売り込みをかけて成績は好調らしい。
「それで、頼んでたやつは用意できた?」
用向きを済ませようと訊いてみると、得意満面に奥へ促される。
工場で作業しているのは二十人ほど。全員ベトナム人で、技能実習生制度なる悪法で連れてこられて逃げ出した者ばかりだ。
「ひとまず必要分は倉庫からかき集めました。ゴースト化には二、三日かかると思います」
銃を分解してレシーバーを3Dプリンタで作ったものや他所から流れてきた別のものと差し替える作業のことだ。これで銃が警察に押収されても、識別番号が分からないから特定されることはなくなる。アメリカから伝わってきた犯罪テクだ。
これらの銃の購入元は、レガリア通商の子会社だ。銃のリースを手がける会社で、ここで調達した武器を形だけの会社に分散して貸したことにするのが、王血幇の常套手段だ。銃のリース業は利益が薄い上に悪評が酷くて廃れてしまったが、経済産業省と公安委員会のショバ争いの煽りで検査の標的にされにくいという利点がある。仮に検査が入っても、貸しているから本体がないと言い張れば後日提出で逃げ切れてしまう。真っ当な企業で手を出しているのは資本力で優位に立てる財閥系くらいで、そうでもなければ後ろめたい事情がある会社ばかりだ。
「弾は?」
「中々苦労してますが、こちらも明後日には完了の見込みです」
銃弾は使えばなくなるし、リースすることもできない。法人は検査があるから言い逃れも困難だが、こういう時は個人の力を借りるのが定石だ。
「都内の闇金どもから譲ってもらった債務者は全員妻子持ちです。買い取った金の半分は元金に充てて、今後の利息は全額放棄する、って約束です」
人選も条件も完璧。妻子持ちは早々逃げないし口を割らないから、こういう時頼りになる。
個人で所有できる弾数に制限はない。これまで保守系政治家から左翼活動家まで思想を問わずに幾度となく規制を試みたが、圧力団体とその小飼の政治家に挫かれて、一度に買える数の制限しか成し遂げられていない。
なので闇金の債務者に街を駆けずり回って弾を買い漁ってもらい、それに色を付けて買い上げる、というのが黒蜂流の弾薬調達術だ。これで元金が減る上に今後利息が上乗せされることがなくなるという特典まで付けてやると、債務者達は喜んで協力してくれる。
「明後日には帰れるね」
さっさと帰りたかっただけに、思った以上の進捗が嬉しくて仕方ない。優秀な部下を持てて幸せだ。
「しかしこれで800万はボロいですよね。こんな減価償却済みの中古品で良いなら、これからもガンガン売りましょうよ」
楊は金に関して周りが見えなくなるという間抜けな弱みがある。今がまさにそうだ。
「そんなホイホイ売ったら警察に睨まれるじゃん」
「あ、そっか」
王血幇は社会に仇為したいわけではない。ただ生きる手段の一部が反社会的なだけなのだ。それを忘れれば、幇主に殴られてしまう。
「まぁすんなり終わりそうで良かったよ。何か変わったことは?」
机に座って伸びをする黒蜂。楊はちょうど暇潰しになりそうな話題を持っていた。
「こないだ六本木のクラブのオーナーから変なこと訊かれたんですよね」
「変なこと?」
「香港で抗争でもやってるのか、って」
最近は特に何も起きていない。新蒲崗に事務所を構えていた新義安の馬鹿が、西環で会食中の民主活動家を襲撃したから、その報復で少し騒がしくしてしまったくらいのものだ。しかしそれも一年以上前のこと。日本のクラブ経営者が気にするようなこともないだろうに。
「何でそんなこと訊かれたの?」
「私も気になって訊いてみたんですけど、どうも最近半グレを引き抜いて回ってるスカウトみたいなのがいるみたいなんですよね」
「闇バイトとかじゃなくて?」
「そういうのはただの馬鹿を集めるじゃないですか。何か腕自慢を集めてるらしくて、それが噂じゃ中国に密航させてるんですって」
中国に兵隊を送り込むような組織となれば、王血幇以外には思い浮かばない。だから変に勘繰られた、というわけか。
尾ひれが付いたただの与太話と切り捨てるには、どうにもタイミングが良すぎる。
「あんた今夜暇? 手下連れて一緒に六本木行こうよ」
「え、奢ってくれるんですか?」
「違うよ。いや、奢るのは良いんだけどさ」
今の会話で目的を察せられない辺り、やはり馬鹿である。こんなのでも営業として一人前に仕事ができるのだから、社会人というのは不思議な存在だ。
「レガリアの商品買ってくれてるお店の人達に、吹聴してもらっといてよ。『とんでもなく強いスケバンが六本木に遊びに来る』とか何とか」
「あ~、なるほど!」
ようやく意図を読み取ってくれたらしい。パアッと表情が明るくなって、楊は続けた。
「スカウト使って幇主に給料引き上げ交渉を仕掛ける、ってわけですね! いやぁ、麗羽さんやり手です!」
もう放っておこうと、黒蜂は心に決めた。
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