第4話
「やぁ、どうも」
そんな腫れ物に触るかのような第一声とともに取調室に入ってきた周刑事は、黒蜂の向かいに座って、調書を開いた。
「さっき陳刑事から紹介してもらったけど、
「祝黒蜂です。お願いします」
座ったまま黒蜂は丁寧な挨拶で応じる。警察署では大人しく礼節に気を付けろと、幇主から教えられている。
「早速だけど、今夜の件について質問させてほしい。君はどうしてあの場に?」
「帰りに銃弾を撃ち込まれたので、仕返しをしてやろうと思って車を降りました。幇主や橙華からは止められましたが、私が独断でやりました」
「何の帰りだったのかな?」
「外出の帰りです」
「何をしてたか教えてほしい」
「本件とは関係がないかと思いますが、答える義務があるのですか?」
陳刑事の指示だろう。海を隔てた先の香港島に拠点を置くマフィアの幹部が、幇主も一緒にあの場にいたのだから、近所の連中と疚しいことをしていたと疑うのは自然なことだ。
とはいえ、それに応じてやる必要はない。橙華からも可能な限り協力するよう言われているのだから。
「じゃあ、質問を変えよう」
周刑事は聞き分けが良い。陳刑事やその教え子ならここで食い下がってくるところだが、粘りのなさは北京のエリートだからか。
「君が怪我を負わせた三人は、君が拳銃を撃ったと言っている。どこで手に入れた銃かな?」
「さあ? 私は拳銃なんて持ってませんよ」
「彼らが持っていた銃のうち一挺だけ、三合会が使うようなロシア製の銃だった。明らかに他の誰かが持っていた銃だ」
「そうなんですか。あの辺は14Kの馬さんが仕切ってますから、そちらに訊いた方が早いのでは?」
そう惚けてやると、周刑事は困り果てたようにため息を吐いた。どうにも現場経験が乏しそうに見えてならない。
「武装警察では取り調べをされないんでしたっけ?」
暇潰しに、さっきできなかった詮索をしてみる。
「失礼ですが、刑事さんは何歳ですか? 私は今年で二十歳になりました」
「三十六だよ。そんなこと訊いてどうするんだ」
「武装警察時代の最終階級は中校ですよね。その年齢で中校ということは、士官学校の出ですか?」
この若さで中佐に当たる階級まで登り詰めたということは、そういうことだ。否定も肯定もしないということは、間違いないのだろう。
「武装警察の頃から北京でお勤めだったんですか?」
「そうだけど、それが?」
「なら雪豹突撃隊に籍を置かれてた?」
鎌をかけてみると、周刑事は小さく首を振って笑った。
「そんなエリートに見えるかい?」
「正直見えません」
「ならそんな鎌かけは止してくれ」
そう言って周刑事は調書を閉じた。取り調べは諦めたらしい。
「君は喋らないだろうって、陳さんが言ってたけど、本当にそうだな。いつもそうやってはぐらかすのかい?」
「さあ? あまり警察と仲良くするなと、幇主には言われてますから」
「あんなに僕のことを聞き出しといて?」
柔和な笑みで呆れる周刑事。香港警察には珍しい手合いだ。厳しく取り調べるよりは、相手に心を開かせるのが得意なのだろう。
「私のことなら陳刑事から聞いているでしょう」
「まぁね。というか、君のことは北京の警察もよく知ってるよ」
そうだろう、と黒蜂も内心納得する。中国黒社会最悪の殺し屋、などと尾ひれが付いて噂されているのは、北京の友好組織から聞いたことがある。
「一緒にいた彼女、梁橙華だろ?
「銀雪は授業のレポートが立て込んでいますからね」
「そうか。几帳面な人物だと聞いているから、期日ギリギリまで課題に取り組まないなんてことはないだろうし、妙な話だな」
独り言のようにそう言って、
「君達が外出する時は四人一緒の時が多い。誰かがいない時は、その人物が必要ない用向きの時だ。となると、大学の課題で同席できなかったというよりは、事務担当が来なくても済む用事だったから連れていかなかった、というのが妥当だね。商談でもしてたのかな?」
当たりを付けた確認のような問いかけと笑み。どんな顔をしたら良いのか分からず、黒蜂は咄嗟に話題を変えた。
「私達のことをそんなに知っているなら、幇主のことも当然ご存知ですよね?」
問いかけてみると、周刑事は目を逸らした。また分かりやすい反応だ。
「君のボスのことを知らない人間なんて、武警にはいないよ。みんなの憧れだったからね」
「それは異性として?」
「それもあったよ。でも、彼女は軍人として尊敬されてた」
周刑事は懐かしげに言った。
「自爆しようとしてる被疑者と膠着状態を作って、その隙に部下を逃がす時間を稼いだり、仲間を庇って銃弾を受けに前へ出たり。そういう自己犠牲が咄嗟にできる勇敢な人だった」
周刑事の語る幇主は、会社に移ってきた武警出身者のそれとほぼ同じだった。
「君は僕を、彼女の上官とでも思ったんだろ? だから雪豹に籍を置いてたか確認した」
雪豹突撃隊は幇主が所属していた武警の特殊部隊だ。対テロ作戦の実行部隊で、中国では籍を置いているだけでも英雄扱いされる。
そこへチベットとウイグルで実戦経験を持ち、PKOとしてアフリカに派遣された実績を持つ幇主は、軍や武警の人間からは未だに尊敬の的だ。退役から十年が経ち、すっかり黒社会の人間として認知された今も、軍事関係のイベントには招待されているし、メーカーから製作中の銃について意見を求められる。
雪豹突撃隊と同じ北京に籍を置いていた武警のエリート。それなら幇主と同じ立場かと思いきや、当てが外れた。
「仕事で何度か一緒に活動したことはあるけど、それくらいだよ。上官として接してもらったことも、ほとんどなかったね」
何でもないことのような口振りで、懐かしげな面持ちを見せる周刑事。やがてそれを取り繕うように笑みを向けて、立ち上がった。
「まぁとにかく、君に教えてもらえるのはここまでかな。明日の十時には釈放するから、それまで大人しくしててくれよ。君も面倒事は御免だろ?」
釘を刺された黒蜂は、顰めっ面で周刑事を見送った。
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