第3話
「先月から日本のヤクザが香港に入ってきてて、そいつらみんな日本製の銃を持ってる。お前が叩きのめした連中もそうだが、奴ら警察相手にも平気で撃ってきやがる。イカれてるのか」
手錠を掛けて歩かされつつ、陳刑事の愚痴に付き合わされる。
「今日なんか最悪だ。馬のとこの若いのが三人重傷で、民間人も五人が怪我してる。命の危険はなさそうだがな。お前ら、連中に銃売ったりしてねぇだろうな?」
「あいつらの銃、識別番号が残ってるんじゃないの?」
「だったら何だよ?」
「うちだったらそんなの消して売るけどね。どこで仕入れたか全部分かっちゃうから」
容疑を否認しつつ、ヒントを与える。といっても、日本製の銃がアジア諸国で犯罪に使われるのは、今に始まったことではない。陳刑事も手続きは理解しているだろう。
「じゃあお前らは関わってないんだな?」
「馬さんの縄張りでドンパチやるような馬鹿相手に商売なんてしないよ。あの人三合会じゃ結構大物なんだし、幇主とも仲良いんだから」
「まぁそりゃそうだわな」
三合会系の各派閥と王血幇の関係をよく知っているだけに、陳刑事はあっさりと相槌を打ってくれた。
「あの、陳刑事」
一緒に歩いてくる新顔の男が、陳刑事に声をかけた。
「どうかしたか?」
「随分と仲良さげですが、彼女マフィアなんですよね……?」
「お察しの通りだ。王血幇の祝黒蜂。聞いたことくらいあるだろ?」
陳刑事が共通語での発音で紹介すると、新顔は唖然とした。
「黒蜂、こちらは
周刑事はばつが悪そうに下を向く。マフィア相手に紹介されても嬉しくはないだろう。それにしても、随分と毒気のない顔だ。軍人だったから相応に精悍だが威圧感はないし、背格好も特別大きいわけでもない。良いとこ爽やかなスポーツマンといったところだ。
「幇主と歳近そうなのに、エリートじゃん。何で辞めて警察なんかになったの?」
「人生には色々あるんだよ。詮索するな」
興味本位の質問を横から挫かれ、背中を押されて止めた足を前へ踏み出す。紹介はしてくれたが、ここで立ち話はさせてもらえないらしい。
警官に案内されて、見慣れたセダンが通りに進入してきた。運転席の橙華を認めると、黒蜂は手錠をかけられた手を見せて、ついでに渋い顔を作った。
「こんばんは、陳刑事。いつもお手数をおかけします」
停車したセダンから橙華が降りてきて、陳刑事に苦笑で応じる。
「いつものことだ、気にしないでくれ。車に銃弾を撃ち込まれたんだって?」
「そうなんです。うちの車、拳銃の弾は防げるようにしてるから、多分ライフルで撃たれたんだと思うんですが」
「だったら心当たりがある。軍用ライフルを持ってた馬鹿が何人かいたから、そいつらの仕業だろうな」
「馬さんの手下ですか?」
「そんなわけないだろ。日本人だよ。言葉が通じないから、通訳連れてこないとな」
橙華と刑事とのやり取りを尻目に、黒蜂は後部座席の藍玫に目をやった。
ガラス越しの藍玫の視線は、まっすぐに一点を捉えたまま固まっている。いつもより微かに目が見開いていて、口は半開きのまま。まるで幽霊でも見たかのような表情だ。
その視線の先が自分の背後にあることに気付いて、黒蜂は振り返った。北京から赴任したという周刑事がそこにいて、さっきよりもばつが悪そうに目を伏せている。
武装警察の出身で、北京から赴任してきて、見た感じでは歳も近い。察するには十分だった。
「じゃあそういうわけだから、黒蜂」
意識の外にあった会話が、唐突に自分へ向くと、黒蜂は橙華達の方へ向き直った。
「え、何が?」
「明日の朝には迎えに行くから、それまで待ってて。可能な限り刑事さんに協力するんだよ」
どうやら逮捕は確定で、送検はされないらしい。
「もうちょっと粘ってよ……」
「陳刑事相手に粘るのはキツいって。取って食われるわけじゃないんだし、バカンスだと思って我慢して」
「留置所を別荘みたいに言うなよ」
陳刑事のご尤もな指摘に、橙華は舌を出して笑う。そんなお惚けが許される年齢ももうすぐ終わりだろうと言いたいところだが、それを言うと怒るから黙っておいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます