突如の終焉

 何が起こったのか理解出来なかった観客でさえ、突如訪れたノックアウトに歓喜の声を上げた。会場中が驚きと喜びで大爆発した。


 新堂は両手を挙げて嬉しさを表現した。のちに語り草となるであろうカウンターを放った男は、会場で一番冷静に喜んでいた。


 新堂陣営が思わずリング上に駆け上がってくる。肩車されて、周囲の観客に応えた。


「ただいまのKOタイム、4ラウンド2分35秒。パンチによるノックアウトで、勝者、新! チャンピオン! 新堂~零~!」


 アナウンスが終わるとともに、観客が大声で新堂の勝利を祝福する。会場には紙吹雪が舞い、金色の雪が降っているみたいだった。


 肩車をされた新堂のもとへ世界王座のベルトが持ってこられる。後ろから別のセコンドがベルトを装着させた。その姿を見た観客達が、再び大きな声で新堂の戴冠を祝福する。


「ああ、これが世界チャンピオンの見る光景ってやつなんだな」


 トレーナーに肩車された状態で、新堂は独りごちる。


「伊吹よ、見えるか? というか感じるか? すげえ景色だぞ」


『おめでとう、新堂。お前なら勝てると思っていた』


 伊吹の声が意識の中で響く。気持ち寂しそうな声だった。


「なあ、伊吹、正直に答えてくれ」


『なんだ?』


「お前、もう少ししたら消えるつもりなんだろう?」


 図星とでも言うように伊吹が数秒間口を閉ざした。


『いつまでも俺が脳内に住んでいたら嫌だろう?』


「いや、別に。なんならいつまでいてくれてもいいんだけどな」


『ありがとう。でも俺も行くよ。みんなが年を取っていくのを独りで眺めているのも寂しそうだからさ』


「そうか。さすがに俺も寂しいわ」


 新堂は周囲に笑顔で手を振りながら、伊吹にだけ本音を答える。


『新堂、俺からも一つ教えてくれ』


「なんだ、急にあらたまって?」


『俺はロブレスのパンチが来た時、「顎を引いて、首ごと後ろに引け」としか言わなかった』


「まあ、そうだったかな」


『それなのにお前は信じられない背筋力でスウェーして、そこから右アッパーをカウンターで打ち込んだ。あれが出来た理由というか、一瞬の間に俺のアドバイスをさらに上回る機転を見せられた理由は何なんだ……?』


「ああ、あれか……」


 新堂はなおも周囲へと笑顔を振りまき、しばらく考える。何秒も時間が経過してから、思いついたように答えた。


「まあ、なんとなくそうしようと思ったんじゃねえか?」


 新堂自身でも、どうしてあの瞬間にそんな閃きが出たのかも分からない。おそらくエジソンに「なぜ白熱電球を作れると思ったのですか?」と訊いているようなもので、閃いたものについてはその本人ですら説明が出来ないことが往々にしてある。


 おそらく何らかの神秘的な力が働いており、それこそ神の贈り物に該当するような形でその人へと舞い降りてくるものなのだ。


『そうか。まあ、ここにも怪物はいたってことだろうな』


「そうか、なんだかよく分からんが腑に落ちたのか?」


『ああ、いい冥途の土産になった』


「そうか」


 新堂はしばらく黙った。


 おそらく伊吹との別れは本当に近い。今度は文字通り永遠の別れだろう。死者と話しているこの状況こそが異常なのだから。


「伊吹、最後だからはっきり言うけど、お前は最高の友達だったよ」


『ありがとう、俺にとってもだ。この先がどうなるかは知らないが、俺は新堂のことを絶対に忘れない』


「俺も忘れないからな。先に行って待っていろよ」


「そうだな。それじゃあ元気にしていろよ。彩音を頼んだぞ」


「え? おい、おま……」


 慌てる新堂。伊吹の声は聞こえなくなった。


「ったく、最後の最後に……」


 新堂がブツブツと呟いていると、肩車から降ろされてインタビューが始まった。知らぬ間にリング上には報道陣が集まっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る