第7話 スタンレー伯爵夫人

「私たちがあちこち行くよりも、こちらで大きなパーティーを開けば一回で済みませんか?」


 ギルバートもファーガソンも、この発言にはびっくりして目を丸くした。


「つまり、ここで大規模な舞踏会を開こうと、こういうわけかい?」


「いえ、別に舞踏会じゃなくてもいいんですが」


「いやいや、結婚披露パーティーともなれば、多くの人を招待して舞踏会の体裁を取るのが普通だ。この屋敷ならそれだけの規模はあるが……」


 使用人の数が少なく、運営できるだけの人員がないと続けたいのだろう。イヴォンヌはほとんど口から出まかせで言ってしまったことを恥じた。具体的にどんなものかも分からず口走ってしまい後悔する。


「何も知らずに提案してしまってごめんなさい……。実は社交界のことよく分かってないんです」


 ギルバートは、おや? と思いながらイヴォンヌを見た。義母のクロエからは、社交好きであちこちのパーティーをほっつき歩いていると、まるで尻軽女と言わんばかりの内容を説明されていたのだ。


 そこへ、横からファーガソンが口を挟んできた。


「よくよく考えれば、そう悪くない話かもしれませんよ? 準備は面倒ですが、確かに一回で済みますし」


 準備が面倒、と聞いて、またもやイヴォンヌはしまったと思った。社交イベントの小さな企画すらやったことない自分が、大規模な結婚パーティーなんてできっこないではないか。何を考えていたのだろう?


「あの、本当にごめんなさい。こういうのは準備に手間とお金がかかるってことすっかり忘れてました。負担が大きすぎますよね。今のは忘れてください」


「いいや、そういうことを言ってるんじゃないんだよ。パーティーを開くならいくらだって出してあげる。幸いお金は余ってるのでね」


「別にパーティーをやりたいわけじゃないんです。それに、具体的に何をすればいいのか分かりませんし――」


「それなら、詳しい友人を知っているので紹介しようか? それがいい。彼女ならあなたとも気が合いそうだ」


 ギルバートの意外な提案に、今度はイヴォンヌが目を丸くする番だった。


「本当にいいんです。私にはホステス役なんて荷が重いですし」


「パーティーのことは一旦脇に置いといて。この先、いい友人知己を得ることは必ず助けになる。まだクララがいた頃、夫婦共々仲良くさせてもらった女性がいるんだ。あなたにも紹介したい」


 そういうことならとイヴォンヌも了承した。いくら白い結婚だからと言って、夫の交際関係を全く知らないのは不自然だ。彼がそれほどまでに言う人ならば信用できる気がした。


 こうして数日後、二人は、スタンレー伯爵夫人の元を訪ねた。


 スタンレー伯爵夫人は、歳の頃は40をいくつか越えたところだが、見た目には若々しさを保っており、ウィットとユーモアにあふれた知性ある女性として人望厚いと聞いていた。


「まあ! あなたがギルバートのハートを射止めた女性なのね! 本当に愛らしい方だこと!」


 スタンレー夫人は二人を目にすると、両手を広げてイヴォンヌを軽くハグした。まさか、自分が愛らしいと言われる日が来るとは。クロエからは散々かわいげがないと言われ続けてきたのに。


「ずっとご無沙汰で大変失礼をした。以前は頻繁に会っていたのに、どうか非礼を許してほしい」


 ギルバートがかしこまった態度で頭を下げると、スタンレー夫人はコロコロと笑った。


「やだ、そんな堅苦しい謝り方しなくていいわよ、水臭いじゃない。それより、あなたが再び人前に出るほど元気になって嬉しいの。クララが亡くなった時は、こっちが心配になるくらい憔悴しきっていたから」


 本当のところは、イヴォンヌを助けるための便宜的な結婚に過ぎないのだが、ギルバートはそんなことおくびにも出さず、微笑んで見せただけだった。


「実はね、夫人とクララは、女学校時代からの友人なんだ」


「えっ、そうなんですか?」


「その通りよ。それもあって夫婦共に交流してたのだけど、ギルバートと会うのは本当に久しぶり。いくら何でも、悲しみから立ち直ってほしいと願っていたもの。だから、彼の心の扉を開いたあなたに興味があったの。イヴォンヌと呼んでいい?」


「ええ……もちろんです!」


 ギルバートの言う通り、スタンレー夫人は感じのいい女性だった。今までクロエやオーガスタと同居していた身からすると、こんな素敵な人が本当に存在するの? とすら思ってしまう。


「今日来たのはね、イヴォンヌを見せたかったのもあるんだけど、君にパーティーの企画を手伝ってもらいたいからなんだ」


「えっ! その話は脇に置いとくっていったじゃないですか!」


 イヴォンヌは慌てて否定したが、スタンレー夫人はパッと顔を輝かせた。


「いいじゃない! そう言えば、あなたたちまだ披露パーティーをしてなかったのね。式だけだったものね」


「本当にいいんです。私にはホステスなんて無理だし……」


「あら、いい考えだと思うわよ? 第一、みんなの持っている偏見を払拭できるし」


「え? そうなんですか?」  


 イヴォンヌは驚きを持ってスタンレー夫人を見つめた。


「実際、独身や先妻を亡くした中高年の男性が、経済的に苦しい若い女性をお金と引き換えに娶るのは珍しくないの。だから、どうしても白い目で見られがちで、式が終わったらすぐに引きこもるケースも少なくないわ。それを逆手に取って、大々的にお披露目すれば、あなたたちを変な目で見る人もいなくなると思うの」


「そのようなもの……でしょうか」


 イヴォンヌにはいまいちピンと来なかった。だが、自分のせいでギルバートが後ろ指を差される事態は避けたい。彼自身はそんなのどうでもいいと考えているらしいが。


「隠れるから変に疑われるのであって、正々堂々としていれば周りの見る目も変わる……ということですか? それならやってみる価値があるかも」

 

「おいおい、私のことはいいんだよ」


「よくないです! あなたが影で悪く言われる謂れなどありませんもの! 私一人ではとても無理なので、スタンレー夫人、どうか手伝っていただけないでしょうか?」


「もちろんよ! 何でも聞いて!」


 イヴォンヌは真剣な顔になってスタンレー夫人に頼み込んだ。ギルバートは無私の精神で、恩人の娘の窮状を救ってくれたというのに、そのせいで根も葉もない中傷に晒されるなどあってはいけない。


 そんな気持ちからの言葉だったのだが、スタンレー夫人は、イヴォンヌがギルバートを心の底から愛している現れだと受け取ったらしかった。


「結婚はね、必ずしも幸せなものばかりとは限らないの。我々貴族は、衣食住に困ることは少ないけど、自由恋愛で伴侶を決められる機会は少ない。豊かさを取るならば、自由意思は犠牲にしないといけないところがある。そんな制約の中で愛情も得られる人は幸せだわ。彼を大事にしてね」


 その通りだ。貴族なんてそのほとんどが家同士の利害関係が優先された政略結婚なのだ。そんな中で本物の愛情を育める夫婦なんてほんの一握りなのだろう。


(私たちの関係も、ずっと変わらないままなのかしら? この結婚で普通の愛情なんて生まれるのかしら?)


 ふと、そんな考えがよぎったが、二人の手前表情には出さなかった。

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