第35話 サナトリウム、再び 

 

 シシルナ島最大の祭り、冬の祝祭は、一週間続く。

 

シシルナ島の祭りの三日目、偽物保湿クリームの被害者がぱたりと姿を消したのは、この小さな町ならではの噂の早さゆえだった。


 二日間の混乱を経て、ノルドたちは全ての被害者を治療し終え、ようやく一息つけるようになった。


 四日目になると、ヴァレンシア孤児院の本物の保湿クリームが評判を呼び、倉庫に積まれていた在庫が全て売り切れた。その勢いは町中の話題になるほどだった。


「ノルド、お疲れ様。本当に助かったわ」


 リコが満面の笑みでノルドに感謝の言葉を伝える一方で、ふと困った顔を見せた。


「でも、次はお菓子を売らないといけないの……」


 垂れた尻尾がリコの本音を物語る。それでも、すぐに小さな笑顔を浮かべる彼女に、ノルドは肩の力を抜いた。


「大変だね。でも冬休みになったら、泊まりにおいでよ」


「うん、そうする。これ、セラ母さんに」


 リコはメグミたちと作ったお菓子の詰め合わせを差し出した。それを受け取るノルドの隣で、ヴァルは鼻先でリュックをつつきながら、どこかつまらなさそうにしている。


 だが、ノルドにはわかっていた。祭りの間中、ヴァルがあちこちの屋台を巡り、何かしら食べ物をもらい歩いていたことを。


「まったく、君は食いしん坊だね。でもちゃんとお返しをしないと」


 そう言って、ノルドはヴァルのリュックに『蜂蜜飴』の小箱を詰め込んだ。


「これを配るんだよ。わかった?」


「ワオーン!」


 嬉しそうに尻尾を振るヴァルは、一目散にまた出店のある通りへと向かっていった。


 その後ろ姿を見送りながら、ノルドは肩をすくめて笑みを浮かべた。


「まったく、祝祭を一番楽しんでるのは君じゃないか」


 

 祝祭の賑やかな雰囲気。しかしノルドはどうにも馴染めず、静かにその場を離れた。


「そうだ、サナトリウムに遊びに行こう!」

 

満腹になって戻ってきたヴァルを連れ、サナトリウムのある丘を目指す。途中、ノルドははっと気づいた。


「でも、困ったな。アマリに何もプレゼントが無いじゃないか」


「ワオーン」ヴァルがリュックを指し示す。


「何だこれは?」


 リュックの中には、ヴァルが興味を持たなかった豪華そうなチョコレートが入っていた。


「これと、リコにもらったお菓子をお裾分けしよう」


 丘を登り、サナトリウムの門番に訪問を告げると、すぐに門が開く。


「問題ありません。お通りください」


 サナトリウムの玄関では、アマリが元気に出迎えてくれた。ヴァルはその姿を見るなり駆け出していく。


「風邪ひいちゃうよ。中で待っててくれたら良かったのに」


「噂に聞いた腕の立つ薬師さんだもん。大丈夫よ!」


 サナトリウムのリビングで、二人のお茶会が始まる。話の中心は偽物クリーム事件のことだ。


「それで、それで……」とアマリは目を輝かせながら聞き入る。


「私も手伝いしたかったなぁ」


「次の機会に手伝ってくれればいいよ」


「うん」アマリの答えは、少し暗かった。


「ところで、ネフェルさんはどこ?」


「お姉ちゃんなら用事で出掛けたの。もうすぐお別れだよ」


「寂しくなるね」


「でもね、次の春にはお姉ちゃんが迎えに来るんだって!だから、それまでに私も強くなるって決めたんだ」


「病気は大丈夫なの?」


「うん、サルサ先生の治療のおかげ。それに……」アマリは少し俯き、力強く続けた。「姉さんに心配をかけたくないから、強くなりたいの」


「ワオーン」ヴァルが協力を約束する。


「わかった」ノルドも頷いた。


 しんみりとした空気を破るように、悪戯好きの老人三英雄が現れる。


「丁度よかった。遥か東の国のゲームでな、四人じゃないと面白くないのだ。やろう!」


「ルールは簡単じゃ。この牌というのをだな……」


「そうそう、これが点棒といってな……」


 全然簡単ではないゲームのルールに戸惑いながらも、ノルドは老人たちとゲームを始めることになった。思いのほか熱中してしまい、結果的にはノルドの大勝ち。


「勝ち逃げはダメだ、もう半荘!」


 アマリはその様子を見ながら眠そうな顔をしており、メイドが寝かしつけに来る。


「じゃあ、ノルド。またね!」執事に背負われ、アマリは部屋へ戻っていった。


 ゲームは夜遅くまで続き、ヴァルはノルドの伝言を母親に届けるため、一足先に帰ることになった。


「ワオーン!」退屈から解放されて嬉しそうに、駆け出して行った。


 深夜になってネフェルが帰宅する。珍しく疲れた様子だ。


「あ、ノルドだ!何してるの?」


「ゲームをして……」


「おじさん達、いじめちゃダメよ、ほどほどにね。じゃあ、ノルド、アマリが待ってるからまたね!」


 まともに会話もできず、ネフェルはそのまま部屋へ向かった。


 元英雄の老人たちは眠そうなのに勝つまでやめようとせず、ゲームは深夜に突入する。ノルドは、牙狼族、夜中になる程、目や頭が冴える。


 執事達も、世話を焼きながら、ゲーム観戦をしている。彼らの間でチップが‘やり取りされているようだが……


「もう一回じゃ」


「こやつ、ドラゴンよりも手強いぞ」


「悪魔の手先か!」


 最終局面。ノルドは最下位だったが、手は役満。勝利目前だったその時――


「おい!何してんの?」


 早朝の散歩に降りてきたサルサ医師に見つかり、ようやくゲームは終了。勝利はふいになったが、解放された。


「ノルド、またな!」逃げ足の早い老人たちはすぐに姿を消した。

 

 サルサ医師と庭を歩きながら、ノルドは薬や呪いについての話をする。わからなかったことが解決し、有意義な時間だった。母を苦しめる呪い……


「そうだ、セラが体調を崩したら連れておいで」


 その言葉だけが、ノルドの心に深く残った。



【後がき】


 お時間を頂き、読んで頂き有難うございます。⭐︎や♡等で応援頂きますと、今後も励みになります。又、ご感想やレビュー等も一行でも頂けますと、飛び上がって喜びます。 引き続きよろしくお願いします!  織部

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