第34話 祝祭


「やっと、終わったぁ」


 数日がかりで、保湿クリームを作り直し、ようやく商品として販売できる形になった。


 リコ、メグミ、孤児院の子供たち、母さん、そして少しだけヴァル。みんなの協力があったからこそ、ここまでこぎつけた。


 セラは、ニコラ達と話して以来、以前にも増して元気になった気がする。何か吹っ切れたような笑顔を見せる彼女に、ノルドは少し安心していた。


 そんな空気の中、外から力強い声が響いた。


「おーい、お代わり、持って来たぞ!」


 ノシロの声だ。ノルドが急いで外に出ると、荷台にぎっしり積まれた木箱を目にして、その場に座り込んでしまった。


「これ、全部……?」


 木箱の中身は、見覚えのあるクリームの容器ばかりだった。ノルドは驚きと疲労で動けなくなる。


「馬鹿じゃないの、兄さん」


 能天気なノシロに苛立ちを抑えきれないメグミが毒を吐いた。「これ、偽物クリームでしょ? どれだけ持ってきたのよ」

 

ノシロは肩をすくめて、「そんな言い方しなくても……取り押さえた奴らから没収したんだ」と小声で返した。


 ニコラが間に入り、ノシロに向き直る。


「よくやったわ。お疲れさん!」


 その言葉に、ノシロは照れくさそうに頭を掻いた。「ああ……」


「で、偽造業者はどうしたの?」


「居合わせた警備総長に連れていかれたよ。これで偽造は止まるだろう」


 ニコラは荷台を指して言った。


「それなら、この荷物は倉庫に運んでおきなさい。祝祭が終わったら、その後の対応を考えよう」

 その一言で場の空気が和らいだ。



「いらっしゃいませ、保湿クリームの実演販売をしています!」


 港町の広場では、シシルナ島中から集まった人々で賑わう冬の祝祭が始まった。


 エリス神と精霊王に捧げる、一週間に及ぶ祝祭。


 一等地にあるヴァレンシア孤児院の屋台前で、声を張り上げるリコたち孤児院の子供に、通りかかった買い物客が足を止める。


「これ、本当に効くの?」


「もちろんです! 冬の乾燥にぴったりです。一度試してみませんか?」


差し出された試供品を手に取り、物見の客は半信半疑で手に塗り始めた。


「でも評判悪かったしな……」


「あれは偽物です。使ってみてください!」


 リコは気にせずに勧め、試した人たちの間から歓声が上がる。


「これはいい。一つください!」


 そこに、深刻な顔をした農家の親子が現れた。


「俺の母ちゃんに買ったら、手が腫れたぞ。どうしてくれるんだ?」


 日焼けした体格のいい男の隣には、具合の悪そうな老婆。


 リコが言葉を詰まらせた瞬間、メグミがすっと対応を代わった。


「それは大変でしたね。こちらにどうぞ」彼女は仕切られたテントの中に親子を手招きする。


「おい! 口止めなんてさせないぞ!」農夫が声を荒らげるも、メグミは冷静に応じる。


「薬師様に診てもらいましょう」中では、ノルドが居心地が悪そうに椅子に座っていた。


「おい、こんな子供に何ができる?」


 ノルドがいつものように手を動かそうとした瞬間、メグミが制して告げる。


「この方は、ニコラ様の薬師です。ご安心ください」


 懐からニコラのサイン入り証文を取り出し、農夫に見せると、彼は黙り込んだ。


 ノルドは老婆の手を取り、腫れ上がり、痒みで掻きむしられた跡にクリームを丹念に塗った。


「馬鹿野郎、母ちゃんになにしやが……ん……だ」


 老婆の口から安堵の声が漏れ、周囲の空気が和らぐ。


「ああ、治った。痒くない」


「お大事に」ノルドは小声で告げ、少し俯いた。


「ありがとう、坊主」


 農夫がつぶやくと、メグミが手元の商品を差し出す。


「今使ったのは特別製です。販売しているものも効果はありますが、そこまでではありません。それでも、冬の乾燥には十分ですので、ぜひお試しください」


「いや、買わせてくれ」


 農夫は感謝の気持ちを込めて代金を支払い、老婆を支えながらその場を去っていった。


 近くの雑貨店の出店では、リジェが看板娘として、その美しさで集客している。


「ハイエルフか……美しい……」


 感嘆の声を上げる客たちをよそに、ノシロは面白くなさそうな顔で黙々と商品を売っていた。


「まあ、これなら休んだ分の損は取り返せそうだな」


 シロノのそんな声はかき消せるほど、店の賑わいは盛況だった。


 広場の中心の舞台では、楽団の演奏が始まり、鮮やかな衣装の踊り子たちが舞い踊る。

 精霊王の伝説を描いた芝居が、この祝祭で一番の人気演目だ。


「見て見て、すごい!」


子供たちが歓声を上げ、大人たちも足を止めてその光景に目を奪われる。


「警備員さん、これ食べる?」


 出店のチュコを差し出す店主に、巡回中の警備総長が笑顔を見せた。


「頂きます!」


 ここで断らないのが、シシルナ島の警備員魂である。


市場も舞台も、人々の笑顔であふれ、シシルナ島は喜びと感謝の一週間を迎えていた。



「島の入国管理はどうだ?」


 ニコラは、港を眺める島主に声をかけた。


「ああ、今年は聖女様も来られるからな。厳重にしているつもりだが……」


 島主は少し難しい顔をしながら答える。


「心配いらん。うちの連中も総動員している。もう散って見回りしているはずだ」


「飲み歩いているの間違いじゃないのか?」


「ははは、そうかもしれんがな! それにしても、そっちは人材不足だな。お前の警備員、弱いんじゃないか?」


「何を言う!  母さんが見どころのある奴を全部手下にしてるせいだろうが」


「確かに、それは否定できん」


 二人は笑いながら、島主の部屋から次々と入港してくる船を眺めていた。



【後がき】


 お時間を頂き、読んで頂き有難うございます。⭐︎や♡等で応援頂きますと、今後も励みになります。又、ご感想やレビュー等も一行でも頂けますと、飛び上がって喜びます。 引き続きよろしくお願いします!  織部

 

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