第33話 三者会談


 その時刻、ニコラの部屋には三人がいた。セラ、ニコラ、そしてサナトリウムの院長で医師のサルサだ。


「初めてお目にかかります。セラと申します」


「こちらこそ。ノルド君には何かと世話になっているよ」


「チャリティでノルドが話をする件についてですが……」


「ああ、その件だね。君たちの事情は一通り把握している。心配しなくていい。この島に来たのも、そのためだろう?」


 ニコラはすでに調べていた。


「シシルナ島は中立地帯であり、どの国も政治的な干渉や軍事行動は許されないと伺っています」


「その通りだ。政治犯や犯罪者であろうと、この島では独自のルールに従ってのみ処分が下る。ただし、犯罪を犯して逃げてきた者を保護するわけではないがね」


「ですが、外部から圧力がかかることもあるのではないでしょうか?」


 セラの不安げな問いに、ニコラは軽く笑った。


「島主は頼りないし、冒険者としても大したことはない。しかし、政治家としては一流だ。それに……」


 少し言葉を区切ると、彼はセラをじっと見た。


「君のことを特別に気にかけている。まあ、そういうことだ」


 セラの顔がスカーフの下でわずかに赤らむ。


「暗殺者が動く可能性はないのでしょうか?」


 その問いに答えたのは、傍らで黙って聞いていたサルサだった。


「サナトリウムに誰がいるか知っているか? かつての勇者たちだ。魔物は倒せても、無益に人は殺したくない。だからここに身を寄せているんだ。もし敵が紛れ込んだら、すぐに来るといい」


「ありがとうございます。ただ、迷惑にならないでしょうか?」


 セラは少し微笑み、肩の力を抜いた。それを見たサルサは冗談めかした調子で言った。


「暇を持て余してる奴らだ。むしろ、相手をするのを楽しむさ」


 その言葉に、セラはかすかに笑みを浮かべた。しかし、サルサの視線は鋭く彼女に向けられる。


「それより、お前、身体の調子が悪いな。顔色でわかる」


 そう言って、サルサはセラの腕を取り、魔力を流して問診を始めた。


「もう少しだけなんです。もう少し、ノルドが自分の足で立てるようになれば……きっとそれで十分です」


「わかっている。だが、自分の体も大事にしろ」


 その言葉はセラだけではなく、ニコラにも向けられていた。サルサは鋭い目で彼女を睨む。


「ははは。寿命には勝てんよ」


 ニコラは苦笑しながら肩をすくめ、さらに続けた。


「だが、セラ、お前は違うだろう。ノルドの成長を見届けたいのではないか?」


「ええ」


 セラは静かに頷いた。これまで重荷のように感じていたものが、少しだけ軽くなった気がした。


「あの子はやがて旅立つだろう。その時に備え、お前も準備をしているのだろう?  本人の意思に任せてやるのが一番だ」


「……分かりました」


※※


 すっかり大人しくなった若者たちだったが、ジロナス村の警備隊長と村長が飛び込んできたことで、場の空気は一変した。


「お前たち、誰を捕まえているのか、わかっているのか?」警備隊長が部下の警備員たちを厳しく問い詰める。


「はい、村長の息子です」


「じゃあ、すぐに釈放しろ!」ジロナス村の村長が眉をひそめて怒鳴った。


「ですが、オルヴァ村の村長に殴りかかったとのことです」


「はぁ? そんな潰れかけの村長のことなんて知ったこっちゃない。おい、そこの、尋問室にいるやつ達、何をしている?」


 ボロボロの服を着た男が、隣にいる男を叩き知らせる。


「何をしているかだと?取り調べ中だが……」


 ローカン警備総長が振り向く。


「へ?」


「島主様以外に、そんな口を俺に聞くやつがいたとは。お前、偉くなったんだな」


 ローカンは冷笑を浮かべる。


 島の警備のトップに、なぜか登り詰めた男、ローカン。彼は階級社会の力を見せつけ、島主様の懐刀でもある。しかし実際は、竹光のような存在だ。


 そして何より、貴族としての威厳を示す方法は心得ている男、それがローカンだ。

「いえ、気の済むまでお調べください!」と警備長が急いで言う。


「そんな息子、知りません。勘当しております」と村長が言い切る。


 形式だけの取り調べは次第に本格的になり、事件が明らかになった。


「単なる贋作作りで特に大問題では無いようだが……ただ、セラさんに納める商品の偽物作りとなると……」ローカンにしては珍しく鼻が利く。



「よし、クライド、行くぞ!」


 ローカンは他の警備たちに協力不要を告げ、クライドを連れて警備所を出た。


「えー、警備長様、飯は……」


「戻ってますよ……」


 クライドの文句も耳に入れず、ローカンは足早に向かう。教えられた密造所は、彼らが出てきたジロナス村の魔物の森の近くにあった。


 裏口から侵入しようとしたそのとき、ローカンは何者かに肩を掴まれた。驚いて振り返る間もなく、口を押さえられる。


「シロノです。お久しぶりです」


 低い声とともに現れたのは町の雑貨屋の店主――確か元冒険者だったか……。


「何をしている?」


「母さん、ニコラ様のご命令で、孤児院の商品に紛れている偽物の現場を確認しにきました。偽物が健康被害を出しているのです」


「そうなのか?」


「助かりました。人数が足りないので、取り押さえるか、殺すか、悩んでいましたので」


 物騒なことを口にするシロノに、ローカンは目を細めた。


「冗談ですよ。殺して森に捨てるなんて、ね……」


 しかし、その薄ら笑いには冗談ではない何かが滲んでいる。ローカンが来なければ、本当にやりかねなかっただろう。


 苛立った声が割り込んだ。シロノの妻、リジェだ。


「すみませんが、ローカン様たちは表から突入をお願いします。ノシロは裏から入ります」


 リジェの冷静な指示に、ローカンも黙って頷いた。全員がそれぞれの持ち場に散る。

 ノシロの合図で突入が始まった。


 その密造所は、薄暗く大きな古い倉庫だった。中に入ると、蒸し暑さが肌をじっとりと覆う。


 埃が舞い散る作業場では、陶器造りとクリーム作りが並行して行われていた。

 壁際には、完成した商品が所狭しと並べられ、出荷を待っている。

「警備総長、ローカンだ! 動くな、手を上げろ!」

 声を張り上げると同時に剣を突き上げる。これが役目だと分かっていても、胸がむずがゆい

 クライドはローカンの後ろに隠れるように突入した。突然の突入に混乱した密造所内で、無理矢理働かされていた者たちはその場で立ち尽くし、手を上げた。


 しかし、首謀者たちは、すぐに逃亡を図ろうとした。


 裏口は、タンク職のノシロに封鎖され、表から運良く逃げた者は、リジェの矢で足を撃ち抜かれ、その場倒れ込んだ。


 ローカンや、クライドさえも、大活躍し取り押さえた。

 

 贋物は、市場から消えた。

 

【後がき】


 お時間を頂き、読んで頂き有難うございます。⭐︎や♡等で応援頂きますと、今後も励みになります。又、ご感想やレビュー等も一行でも頂けますと、飛び上がって喜びます。 引き続きよろしくお願いします!  織部

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