第32話 孤児院


 若者たちが不意に殴りかかる。結果は一瞬だった。


 地面に倒れ込む若者たちを見下ろし、クライドは自分の拳を見つめた。


「……俺って、こんなに強かったっけ?」


 その呟きに、ローカンが愉快そうに笑い声を上げる。


「何だ、やればできるじゃないか! その調子で魔物相手にも堂々と戦えば――」


 だが、その言葉を遮るように村の警備員たちが駆けつけてきた。


「その男を拘束しろ!」警備員の一人がクライドを指差す。


「待て!」ローカンが一歩前に出る。静かだが、有無を言わせない口調だった。


「私の名はローカン。シシルナ島の警備総長だ。この男は正当防衛だ。それに――彼はオルヴァ村の村長だぞ!」


「え、村長? この薄汚れた……?」


 警備員たちは混乱した様子で顔を見合わせたが、ローカンの威厳に押されて一歩下がった。


「そこに倒れている連中を拘束しろ!」


 警備員たちは最初ためらったが、ローカンの鋭い一声で動き出した。


「警備総長のご指示だ!」


 その場には村人たちも集まり、ざわざわと話し始める。


「ローカン警備総長だってよ!」


「窃盗団の大事件を解決したって聞いたけど……」


「こんな小さな村に来たのは、何かの事件か?」


「大事件?」ローカンは疲れた表情でため息をついた。


「いやいや、解決したのヴァル君だし、俺たちはたまたま通りがかっただけだろ……」


 その後、一行は取り調べのために警備署へと向かうことになった。

 

村の大階段の中腹に位置する警備署は、陶器が所狭しと並べられており、村の特色が色濃く反映されている。


 ローカンは椅子に腰を下ろし、気の抜けた表情で若者たちに向き合った。警備員達に何故か取り調べの席を譲られたのだ。


「さて、何か言いたいことは?」


 一人の若者が恐る恐る机に陶器を置きながら言う。


「……これを作るように頼まれただけです。それだけなんだよ」


 ローカンは陶器をちらりと見た。その模様に目を止め、目を細める。


「ほう……この陶印……」


 陶器に刻まれた模様には見覚えがあった。ローカンの眉間にしわが寄る。


(ヴァル君? ……いや、その隣にノルドと書かれたサインがあるじゃないか)



 ノルドたちは、早速準備に取りかかった。


「場所はここを使ってくれ! 必要なものがあったら言ってくれ! 夜には戻る」


 ニコラは、用事があるらしくそれだけいうと出かけていった。ノシロとリジェも、別に頼まれた事の為に、出かけて行った。


 孤児院の広い部屋が提供され、作業のため、偽物のクリームが山と運び込まれた。ノルドの家や作業場では、狭いからだ。


「メグミさん、作業の説明をお願いできますか?」


「もちろんです」


 積まれた箱の中から陶器を取り出し、そこに残っているクリームを取り除いた後、陶器を丁寧に洗浄する手順をメグミが説明した。


「その前に、この部屋を清掃してから作業を始めてくださいね!」


「はい!」


 綺麗な作業服に着替えた数人の子供たちが、メグミの指示に従い掃除を始めた。


 ノルドは、その子供たちが怖がったり嫌がったりしないか、不安を感じていた。


「大丈夫よ、ノルド。みんな、あなたのことを尊敬しているわ」


 リコが微笑んでそう言うと、ノルドは驚いて変な声を上げた。


「へ? そんなわけないだろ?」


「みんな、怪我をしたり傷を負ったりすると、ノルドのクリームで治してもらってるからね!」


 リコはポケットから、ノルドの特製クリームを取り出してみせた。


「それに、リコはこの子たちに塗るたびに、『ノルドのおかげだ』って言っているんですよ」メグミが言葉を添えると、リコは少し照れくさそうに笑った。


「よし、じゃあ道具を取りに行こう。母さんにも話をしないといけないし」


 ノルドはヴァルとリコを連れて家に帰った。


「ただいま、母さん。実は……」  


 話を聞いたセラはうなずきながら言った。


「わかったわ。エルフツリーの樹液が足りなそうね。私が取って届けるわ」


「そんなことさせられないよ!」


「いいえ。ニコラ様にも会う必要があるから、ちょうどいいのよ」


「それと、チャリティでみんなの前で話をしろって……どうしよう?」


ノルドの声には、不安がにじんでいた。


「ノルドはどうしたいの?」


「……上手く話せるかわからないし、多くの人の前で話すのは怖いけど……」


 セラは一瞬、これまでに見たことのないような暗い顔をした。


「……ノルドが目立つのが怖いのよ」


 ぽつりとつぶやいた声には、隠しきれない不安が混じっていた。


 だが、それがノルドに伝わる前に、セラはすぐにいつもの優しい表情に戻り、静かに言った。


「わかったわ。でもその件は、お母さんに任せて」



 孤児院に戻ると、頼んでいた作業はすでに終わっていた。ノルドは製薬作業を始める前に、孤児院の子供たちと一緒に食事をとることにした。


 最初は少し緊張していたが、子供たちの無邪気な声にすぐ引き込まれ、楽しい時間を過ごした。


 子供たちは次々とノルドに質問を投げかけ、それに応え彼はできるだけわかりやすく説明すると、子供たちの目がますます輝いていくのを感じた。


 ヴァルは、我関せずと、もらった肉を食べている。


「もう、おしまい!」


「えー、もっと聞きたいのに!」


「ノルドがご飯食べられないでしょ。後でね。」


 リコが手を叩いて制止するまで、子供たちの「特別講座」は続いたが、ノルドにとっては全く嫌な気持ちにならなかった。


――あの学校よりもずっと楽しい。


 食事を終えると、ノルドは少し休むことにした。


「母さんが持ってくる樹液が届くまで、休もうか」


 椅子に腰掛けると、机に突っ伏してゆっくりと目を閉じた。孤児院の温かな空気に包まれ、緩やかな息をつき始める。


 ヴァルは足元で寝ている。


 やがて、ほんのり甘い匂いが鼻をくすぐる。目を開けると、セラの気配が近くに感じられた。


「母さんはどこ?」


「ああ、起きられましたか。セラ様は今、ニコラ様とお話しされています。あとで来られると思いますよ。」


 声の方を見ると、メグミが部屋の入り口に立っていた。静かに佇む姿はまるで見守

っていたかのようだ。


ノルドは耳を澄ませたが、セラたちの声は一切聞こえない。


「サイレントを使ってるんだろうね」


メグミが軽く頷き、手に持った大きな瓶を差し出した。


「セラ様から、樹液を預かっています。お話が長くなりそうですし、作業を始めませんか?」


「そうしようか。リコは?」


 リコには作業を始めるときに呼ぶよう頼んでいたが、メグミは微笑んで答えた。


「リコは、小さい子たちを寝かしつけながら、そのまま一緒に寝てしまいましたね。最近、ずっと忙しかったですから」


「じゃあ、起こさずにおこう」


 ノルドは作業に取り掛かり、メグミも手際よくサポートを始めた。彼女の器用さと的確な動きに感心しつつ、ふと聞いてみる。


「メグミさんも、この孤児院の出身なんですね?」


「ええ。両親が亡くなって引き取られました」メグミの声には温かな響きがあった。


「私はここで母さんに育ててもらったんです。だから今、こうして恩返ししているつもりです」


 その言葉には力強さがあった。彼女の静かな誇りに触れるようで、ノルドは自然と微笑んだ。


「そうなんですね」


 その後は無言で作業を続けたが、部屋には、どこか優しい空気が流れていた。


 

【後がき】


 お時間を頂き、読んで頂き有難うございます。⭐︎や♡等で応援頂きますと、今後も励みになります。又、ご感想やレビュー等も一行でも頂けますと、飛び上がって喜びます。 引き続きよろしくお願いします!  織部

























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