第31話 陶芸の村 ジロナス


 ノルドが提案したことは二つだった。


 一つは、偽物の保湿クリームを作り直すこと。もちろん、チャリティで売るような富豪や貴族向けのものではなく、普段使いする、保湿だけのクリームだ。


「それって、一から作った方が簡単じゃない? ノルドが大変じゃない?」リコが心配そうに尋ねる。


「やったことはないから、上手くいくといいんだけど。自信はあるよ。でも、作業が大変で一人では難しいんだ」


「でも、製薬スキルが無いと無理じゃないのか?」


「ええ、勿論。その部分は私がやります。器からクリームを取り出したり、器を洗ったり、詰めたり、そういったことをお願いしたいのです」


「それなら、手伝う!」リコが手を挙げる。


「メグミ、お前も手伝いなさい。必要なら他の人間も。足手纏いになるかもしれんが、子供たちにも手伝わせたい。それでこそ、ヴァレンシア孤児院製だ。お願いできないか?」


 ニコラが、珍しく頭を下げた。周りの人間は、その態度に驚き、しばらく沈黙が流れた。

 

 もう一つは、チャリティの場での実演販売だ。


「全ての効能は実演できないけれど……」


「それは良い考えだ。式典の途中で紹介しよう。ノルド、頼めるかな? 招待客は数百人もいないよ」


「え……いや……」考えただけで、ノルドは緊張して顔面蒼白になりそうだった。


「お前の説明は素晴らしい。みんな納得するよ」


「考えさせてください」


 自分で提案しておきながら、こんなことになるとは思っていなかったのだ。


 そして、その時、今まで大人しくしていたヴァルが、ノルドに擦り寄った。励ましているようだった。


※※


 警備長のローカンと、ノルドの住むオルヴァ村の村長クライドは、陶芸の村ジロナスを目指して歩いていた。


「警備長、疲れました。危なかったですね……」


 ぼろぼろに破けた服を着たクライドは、今にも倒れそうにふらふらしている。剣も武器もすべて失い、見るからに情けない姿だ。


「しっかり歩け! お前、何もしてないだろう!」


 ローカンが苛立ちを隠さず声を上げる。


 二人は島主の指示で魔物の森に赴き、討伐を命じられた。いや、正確には強い魔物から逃げ回る日々が続いているのだが。


「ゴブリンすら倒せない奴を村長として置いておけないぞ!」


 島主のそんな一言が発端だった。


「はい、ですが、一人では修行も難しく……」


「そうだな」


 クライドの言い訳に巻き込まれる形で、ローカンも同行を命じられる羽目になった。


「ローカンがサポートしてくれる。すぐに行動に移せ!」


 島主はクライドの言い訳を軽く流しながら、ローカンにも無理やり同行を促す。


 せっかちで頑固な島主は、一度決めたことを覆すような人間ではない。ローカンも、雇い主で恩も尊敬もしている島主の命令は絶対だ。


 クライドはため息をついた。それに釣られて、ローカンもまた深い息を吐く。


 祭りの準備で賑わう季節、ドルチェメンテが市場に並び始めたというのに、二人はこんな森の中を歩いているのだ。


 シシリア島には中級ダンジョンがあり、そこは癖のある地形や魔物の巣窟として知られている。


 そのため、冒険者としての職を持たない初級者が入るのは禁止されている。島主が事故率の高さに対応するため新しい規則を作ったのだ。


 それに、オルヴァ村の近く、ノルドの家の裏手では、村長クライドが格好がつかない。


「島主様の要請だ。仕方ない。魔物討伐に行ってくる」


 村に戻ったクライドは財務官にそう告げた。


「さすが村長、ご指名とは!」


 尊敬の眼差しを向けられる。


「……間違ってはいないが」


 クライド自身、このままではいけないと思っている。だが、行動が伴わないのが現状だ。


 そうして、島の各所にある魔物の森の中でも難易度が低いと言われるジロナス近くの森に挑んだのだが――いま、ちょうどその帰り道にいる。


「今日は何を食べますか?」


 既に、魔物討伐よりも食事のことで頭がいっぱいらしい。


「お前はそればかりだな。どうせ俺の奢りだろう。今日はカポナータとライスコロッケだ」


「さすが、独身貴族様ですからね」


「間違ってはいないが、男爵家の七男だ。そんな話したか?」


「ええ、昨日、ホットワイン飲みながら」


「そうだったか」


 ローカンは、この島が気に入り移住してきた、相続権のほとんどない貴族だった。特にこの島の食事を気に入っているのは言うまでもない。


「さ、宿で着替えて、レストランを探しましょう♪ 警備長!」


 やっぱり、こいつもシシルナ島の男だな。ローカンは内心、呆れ混じりにそう思った。


※※


 数人のガラの悪い若い男たちと、頑固そうな職人気質の男が、道の真ん中で口論を繰り広げていた。


「お前らだな! 俺の図柄と器の形を真似しやがったのは! やっと日の目を見た商品なんだぞ!」


 怒りを抑えきれない様子の職人が、突きつけるような視線を浴びせる。


「真似って言われてもなあ」と、若者の一人が肩をすくめ、半笑いを浮かべる。


「たまたまだよ、たまたま」


「たまたまだと? ふざけるな!」職人は詰め寄った。


「同じ意匠に加えて、このひどい出来栄えだ! 俺の仕事だと思われるのが我慢ならねえ! それに、元型もぬすんだろう!」


「落ちていた元型なら、拾ったがな」


 別の若者が軽く笑いながら、懐から小銭袋を取り出して見せびらかす。「これだけ稼げたんだ。良い商売だよなあ!」


 その瞬間、職人の顔が怒りで真っ赤に染まった。


「おい、その発言、警備に届け出てやる! 今すぐ――」


 しかし、若者たちは取り合わない。それどころか、職人を囲み、地べたに倒し、足蹴にしている。


「警備が、俺達を捕まえる? できる訳ないだろう」


「へんな言い掛かりは辞めろよ!」


「もういいだろ、ジジイ。邪魔なんだよ」


「そこまでだ!」


 村では有名な荒くれ者たちを、村の人々は知らないふりをしていたが、どこからともなく響いた声が場を凍りつかせた。


 汚れた上着を羽織り、どこかくたびれた男――クライドが一歩踏み出して割って入る。


「お前には関係ないだろう?」


 若者の一人が眉をひそめ、クライドを見下ろす。


「何だ、この薄汚い野郎。俺たちにケンカ売る気か?」


 他の若者たちも、互いに視線を交わしながらニヤついた。「何だ、やるのかよ!」

クライドは周囲を見回し、助けを求めてローカンをちらりと見た。


 だが、ローカンは腕を組んだまま無視を決め込む。


「……おい、俺ひとりで?」と小声でライドはぼやいた。



【後がき】


 お時間を頂き、読んで頂き有難うございます。⭐︎や♡等で応援頂きますと、今後も励みになります。又、ご感想やレビュー等も一行でも頂けますと、飛び上がって喜びます。 引き続きよろしくお願いします!  織部


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