第30話 偽物


 ノルドがヴァルとともに警備員のいる門を通過すると、セラが待っていた。


 彼女は心配してあちこち探し回ったのだろうか――ヴァルの首輪が微かに光っていた。


 ヴァルは駆け出し、セラに飛びついて戯れる。


「こら、ヴァル!」ノルドは不満げだ。


 しかし、セラがノルドに駆け寄り、


「ノルド、帰りましょう」と手を差し出すと、彼は途端にご機嫌になった。


 なぜ、元気そうな老人たちや、大人しいが病気を寄せつけないアマリが、あの場所にいたのか。


 その理由を聞くのは、はばかられて謎として残ってしまった。


「あのね、母さん、グリフォンに乗ったんだよ!」


「そうなの。その話、聞かせてくれる?」


 セラ親子は、ゆっくりと峠を下り始めた。冬の短い光が彼らの影を伸ばし、それがやがて暗闇に溶け込んでいった。



「ノルド! ノルド! 大変だよ!」


 森の中の隠れ家の扉を勢いよく開けて、犬人族の少女リコが飛び込んできた。


「うるさいなあ。やっと寝られると思ったのに!」


 ノルドは大きな欠伸をしながら立ち上がる。冬の島では一年に一度の祝祭の日が近づいており、彼は数日間かけて、ニコラに頼まれた商品を作り上げたばかりだった。


「一体どうしたんだい?」


「これよ、これ!」


 リコは隅に丁寧に積まれた陶器を指差す。


「何か問題でも?」


 ノルドの表情が少し強張る。


「偽物が出回ってるの。それで急いで知らせに来たの!」


「なんだ、そんなことか。よくあることじゃないか」


 ノルドは軽く肩をすくめたが、リコの真剣な表情に少し考え直した。


「でも、詳しいことはわからないから、一度孤児院に来てほしいの!」


「わかったよ。ちょうど納品に行こうと思ってたところだ。手伝ってくれるか?」


「もちろん!」


 リコは張り切って出来上がった保湿クリームを特別な箱に詰め、ひょいと持ち上げた。


「へへへ、こういうの作業は得意なの!」


 海が見える、小高い丘の立派な屋敷にある、ヴァレンシア孤児院。


 ノルドがリコとヴァルともに到着すると、案内されたガーデンルームには院長のニコラが待っていた。


「悪いな、坊主」


 ニコラは静かに言葉を切り出した。


「言い訳になるが、お前の保湿クリームを孤児院のブランドで売って、運営の足しにしてるんだ。ところが、近頃、偽物が出回っておる」


 テーブルには保湿クリームが数個並べられていた。よく似た陶器に入っており、見た目だけでは違いがわからない。


「どれがお前の作ったものか、わかるか?」


「はい。もちろん」


 ノルドは微かな匂いの違いにすぐ気づいた。色々な香りが混じっている。


「これは、全部ニセモノです」


「当たりだ!」


 ニコラは頷き、一つの器を手に取ると裏返した。その底には、ノルドの描いたものよりも精巧な狼の絵柄があった。


「……」


「ほっほっほ」


 ニコラはおもしろがるように笑う。


「中を見ても良いですか?」


 ノルドが尋ねると、ニコラは頷いた。ノルドは蓋を開け、中身を確認した。


 それは彼の作る保湿クリームよりも色が濃く、蜂蜜の粘度が強いものだった。


「これを使うとな、こうなるのだ」


 控えていたメイドのメグミが手を差し出す。その手は赤く腫れ、発疹が浮き出ていた。


 ノルドは偽物のクリームを指先で捏ねると、自分の手に塗り広げた。


 しばらくすると、同じように赤みが広がり、ヒリヒリとした痛みが走る。


「これをどうぞ」


 ノルドは鞄から取り出した、今回納品のサンプルの保湿クリームをメグミに渡した。


「ありがとう。でも、大した事ないわ」


「いいえ、跡が残るといけません」ノルドは優しく言葉を添えた。


 彼にとって保湿クリームは特別なものだった。それは、母セラのために心を込めて作ったものであり、彼女の痛みを和らげるための品だった。


 それが商品として扱われていたとしても、その思いは変わらなかった。


「混ざり物が多くて、粗悪な蜂蜜を使っています。匂いはきついだけです。人によってはアレルギーが出ます。こんなの、薬師の基本です」


「薬草の匂いもするが?」


「少し薬草を入れていますが、エルフツリーの樹液を使っていないので、魔力が定着しません。ポーションとしても、全く性能を発揮しません」


 薬師の仕事を馬鹿にしていると感じ、ノルドは腹を立てていた。


 彼の言葉にニコラは眉をひそめ、偽物をじっと見つめた。


「これを売りさばいている連中、やはり許さんぞ」


 ニコラの声には、どこか怒りが含まれていた。



「母さん、帰りました」ガーデンルームに新たな客が到着した。


 その声の主はリジェだった。後ろには、ノシロが疲れた顔をしている。二人とも、珍しく冒険者の装いをしていた。


「用事は済んだかい?」


「ああ、市場にあった偽物はすべて回収してきたよ!」 ノシロは自慢げに、後ろの荷台を指さして話す。


「何言ってるの? あなた、ほとんど値引きもしなかったでしょ!」 リジェは、不満を口にした。


「何やってるんですか、兄さん! どうしてそんなことするんですか?」 メグミは呆れた声で尋ねた。


「だって、損すると生活できないだろう? 祝祭前に可哀想だろうが。その代わりに、買ったお客さんには返金対応するように言っといたぞ」


「よくそんなやり方で商売ができるな」


 三人のやり取りを呆れた様子で見ていたニコラが、ノシロから伝票を取り上げ、メグミに渡しながら「支払いしておきなさい」と目で指示した。


「まあ、良い。お前たちには次の仕事を頼むぞ!」


「人遣い荒いなぁ」 ノシロは文句を言いながら、椅子に腰掛けた。


「とっとと行きな!」


「わかったよ。少し休んだら、向かうよ」


 メイド服に着替えたリコが、自慢げにティーサービスをしている。


「ノルド、お茶をどうぞ!  何か食べる?」


「ああ」


 ヴァルはつまらなそうに不貞寝をしていたが、リコが干し肉を渡すと、尻尾を振って、話の邪魔をしないよう静かに食べていた。


 ニコラはノルドにわかりやすく事情を説明した。


「ヴァレンシア孤児院の、ノルドの保湿クリームは、祝祭で行われる孤児院のチャリティの目玉商品として大々的に売り、運営資金にする予定だったんだ。だから、お得意先や貴族たちにも配った。当然、有料でね。それが評判を呼んで、偽物が出回ったらしい」


「でも、今回ニコラさんに頼まれたのは、体力も魔力も解毒も炎症も怪我も治す最上級のものですよ。効能が今までのものとは段違いです。自信があります」


「そうだね。でも、今回の件で、ヴァレンシア孤児院の商品に対する評判が悪くなってしまった」


「偽物のせいですか?」


「そうだ。しかし、風評被害は避けられない……だが、もう偽物が出回らないようにするよ」


「この偽物の山はどうする? どこに捨てようか?」 大量の偽物を見て、ノルドは考え込む。


『このままでは、大損だ……なんとかしよう!』


【後がき】


 お時間を頂き、読んで頂き有難うございます。⭐︎や♡等で応援頂きますと、今後も励みになります。又、ご感想やレビュー等も一行でも頂けますと、飛び上がって喜びます。 引き続きよろしくお願いします!  織部

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