第2話 ノルド


 その日から、ノルドは少しずつ学校の環境に慣れていった。しかし、それはあくまで表面的なことであり、心の中では母と共に歩む新しい生活に対する決意が日々固まっていった。


「あいつと同じ空気を吸うと病気になる。あいつの母親みたいにな!」


「貧乏が移るぞ!」


「魔物の森に入ってる母親を見たぞ! 魔物の仲間だぞ!」


 学校の隅で、こそこそと集まっては村の子供達は集会を開いていた。


 自分自身のことにはあまり関心がないが、母親が悪く言われることにはどうしても耐えられなかった。


 彼らはノルドの前で話すことを避けたが、ノルドにはそれがまるで風のように耳に入っていた。


 けれど、彼は反論せず、孤立を選んだ。喧嘩をして怪我をすれば、母を悲しませるだけだと思ったからだ。


 そして、何よりも、村の子供たちには共に学ぶ価値がないと感じていた。


 次第に、学校に行かなくなった。母親の元で学び、過ごす方が遥かに有意義だと思った。


「母さん、僕は貴女に教わりたい」


 セラは最初、ノルドがいじめにあって登校を拒否していると誤解していた。


 しかし、本当の理由は、それとは別のところにあった。


 セラは、非常に博学であり、村の教師よりも遥かに豊富な知識を持っていた。そして、教えることに長けていた。


 商人が運んでくる本も、セラが指定したものは非常に高度で、難解な書物の中には聖書さえも含まれていた。


 それは、のちに知ることになる高価な本も含まれていた。


 ノルドは、セラからの指導を受けていたことで、同年代の子供たちとは比べ物にならない知識を既に得ていたし、学校の勉強は既に知っていることだけだった。


 家での学びは、ノルドにとって最も効果的だと感じるようになった。周囲の環境とは無縁で、知識が広がっていくのを実感できたからだ。


「セラさんが病気じゃなければ……」商人は、いつもそう呟いていた。


 セラは外見だけでなく、体調も周期的に悪化し、しばしば寝込んでいた。


 ノルドが成長するにつれて、彼女が寝込む時間が増え、ノルドは家事をこなし、彼女の看病をするようになった。


「お母さんを病気から救いたい」


 その思いから、ノルドは早く大人になりたいと強く願い、時間を惜しんで勉強し、母の仕事を手伝いながら、わずか9歳でアルカディア世界の「子どもレベル」最大を達成した。これは、平均よりも3年早い成長だった。


 今や彼は、「天からのレアリティと職業」の選定を待つ身となった。


「エリス様、どうか冒険者になれるレアリティを……」


 ノルドは、毎日森の入口にある祠で、冒険者と呼ばれる魔物を討伐できる力を持つ者に選ばれるよう、神に祈った。


 この世界では、冒険者とそれ以外の者が明確に分けられており、レアリティは絶対で、覆ることはない。


 幼い頃、母親はノルドを背負って森に入り、魔兎を難なく狩り、薬草を集めていた。


「母さんは本当にすごい。早く追いつきたい」


 彼は、村に数人しかいない「魔物狩りができる母」の偉大さをよく理解していた。セラは冒険者としてのレアリティを持っていた。


 この世界で、100人に1人だけが与えられる、特別な力を持つ存在だったのだ。



 そして、ある日、天啓が降った。


ノルド 薬師 LV1、冒険者 LV1


「エリス様、ありがとうございます。」彼は創造神に感謝すると、ナイフ片手に魔物の森に入っていった。


 ノルドは、片腕はあがらないし、片足も引きずって歩く。


 魔物の森に入り、空気を胸いっぱいに吸い込んだ。独特の空気と匂いが彼の中に取り込まれる。


「やってやる!」


 彼には、狼人族の血が流れており、優れた聴覚や嗅覚が研ぎ澄まされている。


 不自由な体のせいで、その感覚は、より純粋な狼人族に近づいていた。魔物の少ない浅い森だが、冒険者になりたてのノルドにとって、どんな魔物とも戦う力はまだない。


「力が無いなら、知恵だ」


 彼は、魔兎の通り道を調べ、魔物について書かれた魔物大全を読み、魔兎に適した罠を作ることを考えた。


 ノルドは、深夜に寝床を抜け出し、森に入り、五感を鋭敏に働かせて「魔兎の通り道」をいくつか発見した。


 次に、罠作りだ。森の入り口を回ると、小川の側に打ち捨てられ、長く使われていない猟師小屋があることを知っていた。作業場が必要だ。


「誰もいらないなら、使わせてもらう」


 小屋には鍵がかかっておらず、中には狩猟や解体の道具が揃っていた。ノルドは、使えるものを探した。


 道具は、錆びた包丁や、破れて放置された網など、そのままでは使えないものが多かった。

 彼は小屋を修繕し、掃除して、作業小屋に変えることにした。


「ここが、俺の拠点だ」


 ノルドは、母親から「お菓子でも買いなさい」と貰っていた小遣いを貯めていた。


 セラは、不審に思ったが、何も言わなかった。その小遣いを使い、やすりや釘、金具、錠前、塗り薬の原料を村にある小さな道具屋で買った。


 やすりで磨いたり、網を修繕して、使える道具が増えていった。作業机や椅子も作り、部屋の中を一通り見回すと満足した。


 猟師小屋の改修を始めてから一ヶ月が経っていた。


「さて、実践開始だ!」


 魔物の通り道に待ち伏せしたが、人の気配に敏感な魔兎はなかなか近づいてこない。


 ノルドは、最初木の上で何時間も音を立てず隠れ、通る瞬間に細工をした網を落としたが、逃げられてしまった。


「この方法は非効率だな。やはり、きちんとした罠を作ろう」


 彼は細工した網を自動で落ちるようにし、逃げる方向を塞ぐ形に変えた。いくつかの修正を加え、数種類の網を設置した。


「やった!」夜に仕掛けた罠を早朝に確認すると、1匹の魔兎が捕まっていた。


「この形が正解だな」捕まえた1匹を処分し、調理してみたが、出来上がったものは酷い出来だった。


「これじゃ売れないな。母さんはやっぱりすごい」ノルドは、作業小屋で焼いて一人で食べた。


「でも、少し嬉しいな」


 捕まえた魔兎を狙う他の魔物に網を壊されたり、魔兎を取られることもあったが、それは森の中では仕方のないことだと諦めることにした。


 最初は失敗ばかりだったが、次第に成功率が上がった。


 魔兎を食べ飽きた頃には、売れるレベルの下処理もできるようになり、運搬用の道具も完成していた。

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