第3話 商売

 

 ノルドは、夜の間に大量に罠を仕掛け、早朝から魔兎の下処理を行った後、町まで歩いて売り先を探した。


 本来ならば乗合馬車で行く距離だが、足を引きずりながら半日かけて歩いた。


「すいません。魔兎です。買ってもらえませんか?」ノルドは、町の立派な肉屋を見つけ、店員に声を掛けた。


「お前が狩ったのか? どれ、見せてみろ」肉屋は、傷が少なく綺麗に処理された肉に内心感心していたが、表情を険しくして価格を抑えようとした。


「駄目だな。一応魔兎だが、質が悪い。処理もイマイチだ。何匹あるんだ?」


「3匹です」ノルドは、箱から取り出した。


「じゃあ、全部買い取ってやる。手を出しな。」シシルナ島には独自の通貨は無く、この世界最大の王国の通貨が使われている。肉屋は銀貨を3枚ノルドに握らせた。


「もう少し何とかならないですか?」あまりにも不当な価格設定に感じた。


「がめついやつだな、また持ってこいよ」


 渋々、肉屋はもう3枚の銀貨を道端に放り投げた。


「俺は乞食ではない」ノルドは無視してその店を離れた。


「失敗した」それは、魔兎の値段のことではなく、自分の商売の姿勢に対する反省だった。


 次に、幾つかの店舗を見て回り、店の雰囲気や客の様子、店員の動きや対応を観察した。


 悩んだ末、決め手は店員の匂いと肉の質だ。ノルドは自分の臭覚を頼りに選んだ。


 その店は肉の専門店ではなく、小さな食料品店だった。店の名前はノシロ食料品店。


 肉、魚、野菜、果物、米類、木の実など、多くの食材が並んでいた。


「すいません」ノルドが恐る恐る店に入ると、腰に剣を差した大男の店主が出迎えた。


「やっと来たか。俺の店に何のようだ?」


 何度も店の前を通り、店の中を伺う様子を見ていたのだ。


 大男の見えない圧力に怯えながら腹から声を出した。


「ノルドと言います。魔兎を狩りました。見てもらえませんか?」


「わかった。俺はノシロだ。こっちに来い!」


 店の名と同じノシロと名乗る人間の大男の後をついて、その店の調理場に向かった。


 ノルドは自家製の保冷箱から1匹の魔兎を取り出し、調理台の上に置いた。


「うん。良い肉だ。お前が解体したのか?」


「はい。今朝やりました」


「処理の仕方は間違ってはいないが、慣れてないな。ところで、お前片手でやったのか?」


「そうです」そう答えると、ノシロは「この包丁を使って、そこにある肉を捌いてみろ!」と調理台の下から包丁を取り出し、ノルドに手渡した。


「簡単に綺麗に切れる」ノシロの指導の元、ノルドは肉を捌いた。


「当たり前だ。肉切り用だ。片手の力の無いお前でも使えるだろう。ところでその箱は?」


「僕が考えて作った運搬用の箱です。保冷剤も入れてます」


 普通の村人の家ではまず無い、大量の本が詰まった本棚のある勉強部屋で、母親が寝た後に薬学の本をあさり、メモをとり、作業小屋で箱を加工し、保冷剤を作った。ノルドは小遣いを使い果たして必要な薬の素を買っていた。


「ほう。面白い奴だな。ちょっと見せてくれ」ノルドは一瞬迷ったが箱を渡した。


「よく出来てる。これ、魔兎の量は……お前が狩ったのか? お前冒険者か?」


「はい」ノルドは胸を張った。


「凄いな。お前、狼人族っぽいもんな。わかった。全部売ってくれ!」


「幾らで?」


「そうだな。王国金貨1枚だ」


「それだけですか……」


「おいおい、10匹はいるじゃないか、金貨10枚だぞ!」


「え!! それはもらい過ぎです」


ノルドは慌てた。全部で金貨3枚でもなれば、薬の材料や色んな道具が買えると思って町にやってきたのだ。


「冒険者は魔兎を探して狩るより、ダンジョンに潜ってしまうからな。狩人だった元冒険者のじいさんも死んじまって、手に入り難くてな」


「はい。でも1匹だけは売りません。母さんに食べてもらいます」今まで自信が無く、食べてもらえていないことが急に寂しくなったのだ。


「それは構わない。これが一番美味そうだ。これを残しておけ。じゃあ、9匹で9金貨な。待ってろ、取引証文作るから」


「わざわざ、そんなことまでしなくても」


「馬鹿野郎! こういうことはきちんとやるべきだ。覚えておきな。もしお前が盗みを疑われたらどうする? 母さんはどう思う?」


「あ! そうですね。その通りです」


「また、おいで。それと、この包丁をお前にやる!」


「ありがとうございます。頂いたお金で買い物をしていきます」


「それはいい!」ノシロの大きな笑い声が中に響いた。


 ノシロの店は貴族や富裕層が買いに来る店で、金額が高いが良質な食材が数多くあった。


 調理法は、ノシロのエルフの奥さんが教えてくれた。


「母さんに食べさせたいものがいっぱいある」ノルドは目を細めて、温かい財布の紐を少しだけ緩めた。


 その足で、常連になりつつある薬問屋に行き、薬の材料を仕入れた。


 道具屋を回り、調合器具の値段を調べると、ノルドはその日は満足して家に帰ることにした。


 帰りは乗合馬車に乗った。遅くなって母親に心配をかける訳にはいかない。


 ノルドにとって、初めての商売が終わった。



「母さん、食事の時間だよ。兎のスープ、それに咳止めも」


「ありがとう」彼女は寝床から息子を見つめ、優しく微笑んだ。


「母さんみたいに美味しい料理はできないけど、満足してくれるかな。それと咳止めは効くだろうか?」ノルドは緊張で震えていた。


 セラはスープを飲み、兎肉を口にすると、その顔色が変わった。そして、咳止め薬を一口舐めた瞬間、驚きの表情を浮かべた。


「ノルド!」セラが普段は出さない大きな声をあげた。


「どうしたの、母さん?」ノルドは青ざめた。


「この兎は魔兎だね。それに、この薬も私が作ったものじゃない。もしかして?」


「ごめんなさい、母さん。魔物の森に入ったんだ。薬は、本を読んで母さんの手順を見ながら改良したら、効き目が良くなるかと思って」


「怒ってないよ。近くにおいで、ノルド」彼女は寝床を叩き、合図した。


「もうしないから、許して」彼は片目から涙を溢れさせた。


「だから怒ってないってば」セラは困った顔をした。


「教えて、ノルド。薬師に、冒険者になれたの?」彼は声にならず、小さく頷いた。


「おめでとう!大人になったんだね」セラは息子を抱きしめた。






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シシルナ島物語 織部 @oribe

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