姉貴が姉貴じゃなかったらよかったのに。

小鳥遊なごむ

最も仲のいい他人。

 俺にとって姉貴は1番仲のいい友だちである。


「姉貴、俺のアイス食べただろ?」

「……ちょっと何言ってるかわかんないっすね」

「いやわかるだろ、口元に付いてるぞ」

「はぁ、そうっすか」

「まあ、姉貴がぶくぶく太っていっても俺のせいじゃないからいいか」

「行き遅れたら三日三晩泣いてやる。岳人たけとの部屋でな」

「近所迷惑過ぎる……」


 姉貴はとても愉快な奴だ。

 姉というより友だち。それがどうしてもしっくりくる。

 音楽の趣味や好きなお笑い芸人まで一緒だし、トマトの悪口をお互いに言い始めたら2時間は平気で潰れる。


「結婚かぁ〜。考えられないなぁ。てかわたしにできる気がしない」

「なんで? 姉貴は顔も良いし胸もあるしスタイルいいじゃん。面白いし」

「ふふん、弟よ。わたしの良さをわかってくれるのは岳人だけだぜ。愛してるぜっ」

「……たぶん、姉貴のそういうところがダメなんだろうな」

「おい、わたしの目を見てもっかい言ってみろ」


 姉貴は普段からモテる。

 高校1年の俺は入学して早々に姉貴を紹介してくれと姉貴と同学年の3年生や2年生に言われる事がよくあった。


 普段の姉貴はノリがよく面白い。

 だが学校では基本的に黙っているらしい。

 姉貴曰く「清楚になりたい」とのこと。

 黒髪ロングにしているのもそのためだという。


 だけど家ではお笑い芸人のようつべ動画を見てゲラゲラ笑うし、俺を顎で使うし、清楚の欠片もない。

 部屋着だって基本的に短パンにノースリーブで清楚と言うにはあまりにも活発的過ぎる。

 なんなら弟の俺でもたまに目のやり場に困る。


 故に姉貴に清楚感は皆無であり、清楚の対義語が姉貴であると断言してもいい。


 まあ、だからこそ俺は姉貴を友だちと認識できているというのもある。めっちゃ仲のいい女友だち。


「あ〜あ〜。昔の岳人は可愛かったのになぁ〜ショタな岳人くんは「お姉しゃんと結婚しゅる!!」って言ってくれてたのになぁ〜」

「2歳しか違わないんだから姉貴だって当時はロリだろうが」

「それが今や「姉貴」ってしか言ってくれないし?」

今日日きょうび姉を姉貴って呼んでるだけでも十分だろ。俺のクラスメイトに姉の事を「ブス」って呼んでる奴いるぞ」

「た、岳人はわたしの事、ブスって言ったりしないよね? ね?」

「人のアイス食ってふてぶてしく俺のベッドで胡座あぐらをかいてるような奴をブスって呼んでも許されるとは思ってる」

「酷い!」


 姉貴が俺のご機嫌を取ろうと俺の腹部に抱き着き「ごめんて〜」と全く反省の意の見えない謝罪をしてくる。

 豊満な胸を押し付けるようにベッタリとくっつく姉貴にはいつも困っている。


 普段から距離感の近い姉貴なので仕方がないのかもしれないが、それでも俺の下半身はまだ1度も反応したことは無いのできっと大丈夫ではあるとは思うが、それでもたまに姉貴が姉貴じゃなくて、幼馴染とかだったらとは考えることはある。


「一発ギャグで許してやる」

「アイーン」

「……女の子がしていい顔じゃないな。許そう」

「せめて笑えよ!」

「いやなんか、女捨ててる感が見てて悲しくなったというか」


 こんな事をお互いに普段からやってるわけだが、こんなんで許そうと思ってしまうくらいには嫌悪感とかそういうのは無いわけで。


「誰が女捨ててるって?! わたしほどの可愛くて美人ないい女は滅多にいないからね?!」

「あ〜はいはい」

「おい童貞、こっち見ろこら」

「なんだと処女? やんのかこら?」


 そうしてお互いに思い思いのイカついであろう顔をしながらガン飛ばしながら額をくっ付けてにらめっこ。

 至近距離でガン飛ばし過ぎてどっちも互いの顔なんてまともに見えていないのに「ああん?!」「やんのかオラァ?!」とか言い合ってるというなんとも滑稽な絵が出来上がっている。


 そうしてお互いに疲れ始めて、怒号を言い合うこともなくなり、無言の末にふたりして笑い出す。

 なんとも下らない姉弟ケンカ。


 そんな絵をお互いに客観的に想像してしまって笑うのだ。

 下らなくて馬鹿馬鹿しい。


 姉貴はベッドに寝転がって笑いこけて、俺はベッドに座って同じく笑う。

 ただの愉快な日常だった。


「あはは〜くだらなっ」

「全くだな」


 笑い疲れてため息にも似た息を吐く。

 アイスを盗られたことなんてのは些細な事で、もはやどうでもよかった。


「ねぇ、岳人」

「ん? なに? 姉貴」


 いつの間にか触れていた姉貴の指先が少しずつ熱を帯びていくのがわかった。


「なんで、わたしたちは姉弟なんだろうね」

「……なんでだろうな」


 何を思ってそんな事を言ったのか、俺にはわからなかった。

 ただ姉貴の少ししっとりとしたその声は俺の脳を錯覚させるだけの色気があった。


 本当に思う。

 どうして姉貴は姉貴なのだろうかと。

 1番近くて、1番遠い。

 意識しないようにしていても、不意に感じてしまうのは俺がきっと異常者なんだろう。


「ま、少なくともわたしが先に結婚するだろうから? 岳人にはわたしのウエディングドレス姿を見て号泣する準備でもしててもらおう」

「姉貴が行き遅れて号泣するのがオチだな」


 しっとりとした空気感を壊すようにお互い煽り合ってまた笑う。

 そうして姉貴は立ち上がって俺の部屋を出ていこうと歩き出す。


「わたしもう寝るね。おやすみ岳人」

「おやすみ、姉貴」


 姉貴の背中を見送って、俺も眠ろうと横になった。

 姉貴の残り香が心地よくて、そのまままぶたは落ちていく。


 まどろみの中で、何度も思う。


 なんで姉貴は姉貴なのだろうか。

 姉貴が実の姉でなければ、もしかしたら俺は人を好きになれたかもしれないのにと。


 しかしそれすらまどろみの中へと消えていく。





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姉貴が姉貴じゃなかったらよかったのに。 小鳥遊なごむ @rx6

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