第24話 満たされない

 ハイリガークリスタル学園登園初日の基礎能力の測定、第一科目であるダンスは、それなりの程度に終え、ヒルデはアマリアを旧園舎へと呼び出した。


 勿論、『必ず一人で、弁当持参で来る様に』との注意も忘れることなく付け加えており、どう考えてもカツアゲリンチ要素が色濃く、可哀想にもヒロインであるアマリアは、青い顔をし、怯えながら現れた。


「あ! 来てくれて有難う、アマリアさん!」


 ヒルデは満面の笑みで出迎えると、いそいそと床の埃を払い、アマリアの座る場所を用意した。

 旧園舎は薄暗く、歩けば床の軋む音もする。ヒルデに呼びつけられて、可哀想なアマリアは半泣きになりながら来たわけだが、思いのほか明るく出迎えられた為、拍子抜けしたのは無理もない。


「あの……私に用事って、何ですか?」


 床に腰かけ、遠慮がちに言ったアマリアに、ヒルデは「用事というか、お昼を一緒に食べたいと思っただけですわ!」と言って、美味しそうにパンに被りついた。


「まあ! 一人で食べるパンよりも二人で食べた方がずっと美味しいのねっ!」


 わざとらしさ全開で言ってみたものの、現実世界では友達どころか、まともな家族すらも居なかったヒルデにとっては、感動の瞬間である。


 割と不憫である。


——これって、友達になったのかしら!? そもそも友達って何なのかしら? 一緒にお昼を食べたり、お喋りしたり? 後は何かしら。何をすれば友達らしいのかしら!?


 ヒルデはパンに被りつきながらも、内心緊張で吐きそうになっていた。


 顔面蒼白なのに無理矢理に笑みを作っている姿は、恐怖といっても過言ではない。


 だが、アマリアは典型的乙女ゲーヒロインである。つまりは、『天然』であり、『純粋』である為、ヒルデの隣で自分の弁当の包みを開き、美味しそうに頬張った。


「本当ですね! 二人で食べたら美味しいわ!」


 ヒロインであるアマリアも、攻略対象の好感度が上がる前まではぼっちである。

 アルフレートとは同じ伯爵家で幼馴染であるものの、そこはやはりゲームである為、学園内では好感度が上がるまで、関われない様な補正がかかる。


 ヒロインも大変である。


「あら? アマリアさんの食事、とっても美味しそうね?」


 ヒルデはパンに噛り付きながらポツリと言った。アマリアが持ってきているのはごく普通のサンドイッチだが、ヒルデが手にしているのはパンのみである。

 今までずっとお昼ご飯があるだけ幸せだと思っていた為、特に気にした事が無かったのだ。


「ハインフェルト嬢」


アマリアの言葉にヒルデは頭の上に『?』を浮かべた後、ポンと手を叩いた。


「ああ、私のことなのね? 『ヒルデ』でいいわ。誰だか分からないもの」


恐れ多いと思ったものの、拒否すると怒り出しそうだったので、アマリアは「では、ヒルデさん」と言い直した。


「バスケットに、パン以外にも色々入っているみたいですよ?」

「!?」


 アマリアの指摘に、ヒルデは驚いてバスケットの中を見つめた。パンはいつもバスケットの一番上に布にくるまれて置いてあり、その下にある料理の存在に気づかなかったのである。


「……あら? 随分と重量のあるバスケットだと思っていましたわ」


 バスケットの蓋にはベルトでグラスとフルーツジュースの瓶が固定されており、パンの他にもカトラリーが布でくるまれ、ケースの中にはザワークラフトとソーセージやジャーマンポテト、シュニッツェルと、ドイツ料理が美しく盛り付けられていた。


 残念ながら、ヒルデはその料理名を全く知らない為、すっぱいキャベツとソーセージに、芋、揚げた肉、である。


——なんてこと!! 前回は全く気づかずにパンだけ食べていたわっ!! なんて勿体ない事をしていたのかしら!? 死に戻って良かったわっ!!


「美味しいわっ!!」


 もぐもぐと頬張るヒルデの姿が可愛らしく、アマリアはくすくすと笑った。

 ヒルデは恥ずかしくなって顔を赤らめたものの、食い意地だけは押さえる事ができず、食べる事を止めなかった。


『食い意地はってんなぁ……』


 ふと、ジルが言った言葉が脳裏をよぎった。あれは確か、この旧園舎で、同じく午前中の基礎能力テストを終えたお昼の時だった。

 落としたパンに三秒ルールだと言ってパクついたヒルデに、ジルがあきれ顔を浮かべて言ったのだ。


——食い意地だってはるわよ。だって、健康な身体じゃないと、貴方に会っても意味が無いじゃない。

 ジルの馬鹿っ! 死に戻ったって、貴方が居ないんじゃ意味がないのに、どうして居なくなってしまったのよ……。


 ヒルデが涙目になりながら食べるので、アマリアは驚いて「ヒルデさん、無理しない方が……」と声を掛けた。

 アマリアが声を掛けるのは無理もない。一人では到底食べきれない程の量なのである。


「残すのは絶対に嫌よ。勿体ないものっ!」

「でも、流石にこの量は……」

「あ、二人共、こんなところに居たのか。探しちゃったよ!」


アルフレートが割って入って来ると、明らかに顔色が悪いヒルデを見て、「わ!」と声を上げた。


「ヒルデ、大丈夫かい!?」

「ええ、うぷ……」


 絶対大丈夫ではない。


 アマリアから事情を聞いたアルフレートは、ケラケラと笑いながらヒルデの隣に腰かけた。


「俺、実はお弁当忘れて来ちゃったんだ。ヒルデの残り、貰っていいかい?」


流石、どんくさいキャラである。


「あら、それなら助かるわ。残すなんて絶対にできませんもの!」


 ヒルデの許可を貰い、アルフレートは無事昼食にありつけた。美味そうに頬張る様子を見ながら、他人がこうして食事する姿を見るのは、初めてかもしれないとヒルデは思った。


——そういえば、ジルが食事をする姿を見た事が無かったわ。神様だからかと思っていたけれど、本当のところ彼は一体何者なのかしら? ジルの住処に行けば、何か分かったりしないかしら……?


「流石、公爵家の料理人は腕が良いね。どれも凄く美味しかったよ、ご馳走様!」


 アルフレートが綺麗に平らげて言った。彼は伯爵家の嫡男だが、ところどころ庶民的な要素が多く、それが素朴で良いとファンの心を鷲掴みにしているのだ。

 食べ物を大事にするヒルデも、彼のそんな様子に素直に喜んだ。


「アルフレートさん、食べてくれて有難う。助かりましたわ!」

「俺の方こそ、お陰で食いっぱぐれなくて済んだよ」

「アルったら、そそっかしいんだから」


 和気あいあいとした雰囲気で笑い合っていると、ひらりと緑色のイチョウの葉が舞い込み、ヒルデのスカートの上に落ちた。


 旧園舎の窓は閉じている。一体どこから入り込んだのだろうかと不思議に思い、ヒルデはイチョウの葉を摘んで見つめた。


——そう言えば、ジルがベルーノに刺された時。大イチョウが大量に葉を落としたわ。辺りが深い緑の葉で埋め尽くされてしまう程に降り注いで、私はそれを見てジルが本当に死んでしまうと思った。


 ジルと大イチョウ。何か関係があるのかしら……?

 彼が送ってくれた黄金色のドレスも、イチョウをモチーフにしたデザインだったわ。


 こんこんと沸く泉……。


 大イチョウ…………。


「ヒルデ、ぼうっとしちゃって大丈夫かい?」


 アルフレートが心配そうにヒルデを覗き込み、慌てて「平気よ!」と答えたものの、立ち上がると、「ごめんなさい、ちょっと用事を思い出したわ!」と言って、アマリアとアルフレートをその場に残し、旧園舎から飛び出していった。

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