第23話 強制執行

「それでね、公爵様がどうしてもと仰るから、こうして迎えに来たわけなんだけれど。でも俺、君と一緒にこうして登園できることがずっと待ち遠しくてね! 学園が始まる日を指折り数えていたっていうわけさ!」


 ハイリガークリスタル学園登園初日。ヒルデはアルフレートと共に馬車に揺られながら、彼のマシンガントークを聞いている様で……全く聞いていなかった。


「アマリアとも幼馴染同士で仲がいいけれど、それでも俺は君と一緒にいることを選んだって訳さ! この意味、わかるよね!?」

「ええ、そうね」

「ひょっとして、君も同じ気持ちなのかい!?」

「ええ、そうね」

「俺達、両想いなのかなぁ!? いや、照れるなぁ!!」

「ええ、そうね」

「君は殿下の婚約者だから、これって禁断の恋って奴なのかなぁ!?」

「ええ、そうね」


 空返事をしているわけだが、話がどんどんとんでもない方向にいっている事すら、ヒルデにとってはどうでもいい事だった。


 ゲームオーバーを迎えて再スタートとなったらしいが、どうやら好感度ステータスはそのまま引き継がれている様だ。アルフレートは熱い眼差しをヒルデに送っている。


 勿論、ヒルデはそんなことに全く気づいていないばかりか、頭の中はジルの事でいっぱいだった。


 つまらなそうに馬車の外へと向けた瞳が、僅かに腫れている。だが、それは今朝、泣き過ぎて腫れあがり、別人の様になっているヒルデを、フローラが試行錯誤して辛うじて『僅かに腫れている』程度まで持ってきたという、努力の結晶である。


——ジルの馬鹿っ!! 絶対見つけ出してやるんだからっ!! ヒトのファーストキス奪っておいて、消えるだなんて、許すはず無いでしょうっ!!


 ヒルデは落ち込むどころか怒り狂っていた。メラメラと闘魂が燃え上がり、あまりの熱気に近くに居たアルフレートも暑そうに手でパタパタと扇いでいる。


「今日は暑いね。俺達の愛情がそうさせているのかな?」

「ええ、そうね」


 ヒルデの答えに感激したようにアルフレートが瞳を輝かせたが、ヒルデは難しい顔をしながら考え込んでいた。


——ジルは神様で、あの学園の敷地内から出られないはずよね? それなら、姿を隠しているだけで、私の様子は見えているんじゃないかしら。だとしたら、ジルが姿を現したくなるような状況に持って行けばいいってことだわ! でも、一体どうやって……?


 友達も居なければ、恋愛初心者のヒルデには難し過ぎる難題だ。


 ゲーム上、ジルの登場回数は極めて少ない。

 次にメインストーリー上でジルが登場するのは、アマリアに聖なる力を与えるシーンだということになる。


——そんなのゲームの後半じゃない! そんなに待ってなんかいられないわ。今すぐ会いたいのにっ!!


 ヒルデの顔は先ほどからニヤついたり阿鼻叫喚になったり、悲しんだりと、百面相を繰り広げている。その様子を見つめながら、アルフレートはポツリと言った。


「ヒルデは表情豊かで可愛らしいね。俺のもう一人の幼馴染のアマリアとも、きっと仲良しになれると思うんだ。学園についたら彼女を紹介するよ」

「ええ、そう……でもないと思うわよ!? 私がヒロインと仲良くですって!? そんなのあり得ないわっ!!」


 『アマリア』というワードに食いつき、ヒルデはやっとアルフレートとまともに会話した。アルフレートは人の良さそうな笑みを浮かべながら、ヒルデを見つめている。


「ヒロインって、アマリアの事かい? 大丈夫さ、彼女は心優しいからね! 誰とでも仲良しになる才能を持っているんじゃないかって思うくらいさ」


ヒルデは「仲良しになる才能……?」と、ポツリと言った。


 前回は出来る限りヒロインや攻略対象と関わらない様にと避けていた。それがそもそも失敗だったのかもしれない。結局のところ、ゲームのストーリーに沿った形で、強制的に関わらざるを得ないならば、アマリアと敵対しない様にするというのが無難だろう。


——お友達になれば、聖なる力で浄化されずに済むかもしれないわよね!?


「決めたわ! 『アマリアさんとお友達大作戦!』といったところかしら!? 私、頑張るわ!!」

「わぁ、よく分からないけれど、やる気がみなぎっていて凄いねヒルデ!」


 アルフレートに拍手で称えられながら、二人を乗せた馬車が学園へと到着した。


 緑青色の屋根に白亜の壁の建物は、この国の権力者達を育て上げる学び舎として相応しい佇まいだ。

 そして、園舎の前に威風堂々と置かれた、ハイリガークリスタル学園のシンボルである巨大クリスタルは、光が差し込むと七色の輝きを影として落としている。


 アルフレートにエスコートして貰いながら、馬車から降りたヒルデは、改めて学園を見つめて美しいなと思った。

 この裏手には、ジルの住処の泉がある。


——ジル、貴方に早く逢いたくて堪らないわ。人をこんな気持ちにさせておいて消えるなんて、絶対に許さないわ。


「我が婚約者、エルメンヒルデ・ハインフェルト嬢。入学初日は是非私のエスコートを受けてはくれないだろうか」


 アッシュブルーの髪をサラリと靡かせて、レオンハーレンがベルーノを引き連れて颯爽と現れると、ヒルデに手を差し伸べた。


 周囲の生徒達がどよめく中、アルフレートは一瞬躊躇したものの、この国の第一王子相手に逆らうわけにもいかず、身を引いた。


——変ね。アルフレートと登園するのはストーリー通りだけれど、レオンハーレンがこんな風に登場なんかしないはずなのに……。


 ヒルデは不思議に思いながらもレオンハーレンのエスコートを受け、他の新入生から羨望の眼差しを向けられる中、キョロキョロとアマリアの姿を探した。

 一刻も早く『アマリアさんとお友達大作戦!』を成功させなくてはと、躍起になっているのだ。


 落ち着かない様子のヒルデに、レオンハーレンはコホンと咳払いをした。


「ヒルデ、婚約者であるにも関わらず、今までこうしてまともに顔を合わせる機会を作らなかったから、拗ねているのか?」


 レオンハーレンが顔を近づけ、囁く様に言葉を放った。ヒルデは耳元で突然囁かれた為、こそばゆくて「ひゃあ!」と叫んだ。


——なんなの!? この、腹黒エロ王子っ!!


 婚約者であり、第一王子でもある彼に対し、はっきり言って不敬である。


 ヒルデはジロリと睨みつける様にレオンハーレンに視線を送ろうとして、爽やかスマイルに気圧され、するりと視線を滑らせて、傍らに居るベルーノを見た。


——この男がジルを殺したのよね。絶対に許さないわ……。


 怨恨を込めてベルーノを睨みつけていると、彼はその視線に気づいて不思議そうに見つめ返し、照れた様に黒髪を撫でつけて頬を染めた。

 何か勘違いをしている様だが、ヒルデにはそれが全く理解できていない。


 攻略難度最高ランクの攻略対象である、神々しいレオンハーレンの姿を一目見ようと、集まった生徒達の人だかりが、あっという間に出来上がった。

 そしてその中に、栗色の髪の女生徒の姿を認め、ヒルデはパッと顔を明るくした。


 正直栗色の髪の女生徒など余る程居るわけだが、ヒロインであるアマリアの姿を、ゲームヲタクのヒルデが、見間違えるはずがない。


「アマリアさぁーん!! アッマリッアさぁ――ん!!」


 ぶんぶんと勢いよく手を振るヒルデの様子にぎょっとして、レオンハーレンとベルーノは目を点にした。そして周囲の生徒達の視線がアマリアへと集中し、アマリア本人は「きゃあ!!」と声を上げてその場に座り込んだ。


 なんとも不憫なヒロインである。


 ヒルデはレオンハーレンからパッと離れ、座り込むアマリアの前へとずんずんと歩いていくと、その真ん前へと立ちはだかった。

 その様子といったら、儚げなヒロインを虐める悪役令嬢そのものである。


——ええと、お友達になるにはどうしたらいいのかしら?


 友人が一人も居た事のないヒルデは少し考えたが、さっとアマリアに手を差し伸べた。


「アマリアさん、私とお友達になりましょう!!」


 直球である。

 友人を作る時に、そんな宣言をして友人同士になるなど聞いた事も無いが、ずっとぼっちだったヒルデにはそれが精一杯なのだ。


 とはいえ、根は心優しいヒロインのアマリアは、その申し出を断る事などできるはずもない。そもそも第一王子の婚約者から友人としての申し入れがあって、この大人数の視線を前に、断れるはずがないわけだが。


「え……ええ。光栄です!」

「まあ、良かった! お友達を作るのも、案外楽勝ね!」


ヒルデとアマリアはがっしりと手を繋ぎ、強制的に友情を誓い合った。

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