第7話 悪役令嬢に剣の腕は不要ですわ
ハイリガークリスタル学園新入生基礎能力測定、二日目。今日の科目は剣術である。
女生徒はこの測定について棄権が認められる訳だが、ヒルデとアマリアはゲームのストーリー上参加する事となっている。と言っても、剣技大会の様に人と対戦するという訳では無く、教師の指導の下、投げられた的を素早く正確に切る事ができるかによって測定される。
緊張しながら待つヒルデの前に、艶やかな黒髪の男が教師に案内されながら颯爽と現れた。
攻略対象の一人、ベルーノ・グラルヴァインその人である。
「げ……」
思わず口走ったヒルデの方にチラリと視線を向けた後、ベルーノはツンと鼻先を高くし、顔を背けた。
髭を蓄えた屈強そうな肉体の教師がコホンと咳払いをする。
「新入生の皆さんにご紹介致します。彼はベルーノ・グラルヴァイン君。剣術の腕はこのハイリガークリスタル学園随一で、教師陣すら適わぬ程です。本日は模範として来て頂きました」
教師からそう紹介され、ベルーノは「まだまだ未熟です」と謙虚に答えた。その様子をアマリアとアルフレートが羨望の眼差しで見つめており、周囲の生徒達は「ベルーノ先輩、素敵っ!」と、まだ剣の腕前を披露する前から黄色い声を上げていた。
確かに、ベルーノのルックスは攻略対象だけあってかなり高レベルである。
クールな物腰に黒曜石の様な瞳。体育会系だというのに肌は白く、すっと伸びた鼻筋にキリリとした唇。見上げる程の高身長に、均整の取れた筋肉と長い脚。十代であるはずだというのに男性らしい色気すら醸し出す、妙なキャラクターである。
「では、早速ですが」
教師の号令と共に、ベルーノが剣を構えた。余裕のある様子でいながら、一切の隙を感じさせないその姿に、皆注目した。
そして次々とあらゆる方向から飛んでくる的を素早く切り落とし、その太刀筋は剣の重さを全く感じさせない程の速さであった。しかも、驚くべきことに彼はその場から一歩として動く事無く、全ての的をいとも簡単に切り終えたのである。
ヒルデは苦手意識こそあれど、ベルーノに感嘆の声を上げた。
「すご……! うわぁ! すごーい!! カッコイイっ!! まるで神業じゃないかしら!? ホント、めちゃくちゃ凄いわっ!! 天才だわっ!!」
無意識のうちに拍手で称えており、ヒルデに続いて全ての新入生達から拍手を送られ、ベルーノは称賛の嵐に戸惑う様に頬を染めた。
——そう言えば、ベルーノはすごくシャイな性格だったっけ。あんなに凄いんだから、少しは得意気にしても良さそうなのに。
と考えて、ヒルデはハッとした。
——私ったら! 何を筆頭になって攻略対象を称えてるのよ!? 目立たない様に存在感を薄くしなきゃいけないのにっ!!
ヒルデは少しずつ拍手の音量を下げながら、自身の身体をそっと他の生徒の影へと紛れ込ませる様に退いた。
が、時すでに遅しである。ベルーノの目にはヒルデが感激しながらパリピの様に周囲を従えて称賛している姿がバッチリと目撃されていた。
「さあ、皆さんも彼を目指して頑張りましょう!」
教師の言葉に「先生、それはハードル高すぎです!」と、悲鳴の様にアルフレートが叫び、周囲がドっと沸いた。
——まあ、どんくさいキャラのあんたならそうでしょうね。
と、ヒルデは心の中で思って同情した。
とはいえ、アルフレートというキャラクターが後半涙ぐましい努力により凄まじい速度で才能を開花していく様子は、つい応援したくなる程なのである。イケメンではあるがお人好しなだけの、どんくさい男が必死になって成長する姿というものは、ファンの心を鷲掴みにするには十分な魅力だと言えるだろう。
幼馴染キャラの特徴だといえばそれまでなのだが。
「よーし、一番手は俺か。頑張るぞ!」
アルフレートが言葉とは裏腹に不安気に台に上った。教師が号令をかけて一つ目の的が飛んでくると、勢いよくそれに向かって剣を振り下ろし、空振りした。
スコン!!
的が顔面にクリーンヒットし、周囲は笑いの渦に包まれた。アマリアも申し訳なさそうにしながら笑っており、アルフレートは顔を真っ赤にして屈辱に耐えている。
『アマリア、君の側に居る為になら、俺はどんな努力だって惜しまない!!』
——ゲームの後半でヒロインにそんなキメ台詞を吐くシーンは、割と感動するんだけれど。今の赤毛猿には全然合わない台詞だわ。
ヒルデは溜息を吐くと、すぅっと息を吸い込んだ。
「模範のベルーノ先輩が凄すぎたから、アルフレートさんは皆の緊張を和らげる為にわざとそうしてくれたのね。優しいのね!」
ヒルデの言葉を聞き、笑っていた生徒達は「成程!」「お前、良い奴だなぁ!」と声を上げ、一気に場が和み、アルフレートの株も上がった。
ベルーノがアルフレートの側へと来ると、力んでいる両肩をポンと叩いた。
「剣の構え方はこうした方が良い。身体が安定するだろう。脚は体重移動しやすいように利き足を……」
沈黙を守っていたベルーノがアルフレートにアドバイスをし始めた。それを見ていた教師が感心した様に笑みを浮かべ、「彼が指導するのは滅多に無い。皆良く聞いておくように」と指示を出した。
ベルーノからのアドバイスを受けたアルフレートは、人並みに的を切る事が出来、それを見ていたヒルデはホッと胸をなでおろした。
——他人事でも、あんな風に笑いものになっている姿を見るのは気分が悪いもの。
「フォロー有難う」
待機席へと戻る途中、ボソリと小声で御礼を言うアルフレートに、「何のこと?」と、ヒルデは恍けて返した。
ヒルデの番となり台に上がると、ベルーノと目が合った。
——なんでまだ居るのよ!? いやいや、集中しなきゃ! アルフレートの二の舞になるなんて真っ平だものっ! 私をフォローしてくれる人なんか居ないんだし。
ヒルデはベルーノから視線を外し、剣を構えた。教師の号令と共に、的が飛んでくる。トンッ! とステップを踏み、ヒルデは的を次々と斬り落とした。それはまるで舞を舞っているかのように軽やかで、一科目目のダンスでの可憐さをそのままに、大道芸人の様にくるりと回転する姿は、見る者を虜にした。
——こちとら聖なる力を手に入れる為に鍛錬しまくったのよっ! こんな的くらいへでも無いわっ!
そしてヒルデの脳裏にはデジャヴュの様に『アマリアに追いつけない程の差を見せつけた場合、ゲームとして成立しなくなるわけで……魔女扱いされて……イコール断罪、即ち死』という言葉が浮かび、ピタリと動きが止まった。
——あ。しまっタ!
恐る恐る視線を向けると、ヒルデの剣捌きを唖然としながら見つめる生徒達の中に、漏れなくアマリアとアルフレートが居て、更に視線を横へとずらすと、驚いた顔つきをしたベルーノの姿が見えた。
「あわ……あわわたわわわ!!」
ヒルデは顔面蒼白になってダラダラと汗を掻き、ぎこちない笑みを浮かべてなんとか誤魔化そうとした。
「違うの、私っ!」
ヒルデが叫んだと同時に、パコン!! と、顔面で的を受け、そのままバッタリと倒れた。
「エルメンヒルデ・ハインフェルト!」
ベルーノが叫び、慌てた様子で台上へと駆け上がった。ヒルデは両鼻からどくどくと鼻血を垂れ流し、入学二日目にして医務室のお世話になる事となった。
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