第41話 新たな年と騒動の予感
冬休みが明日に終了するため、僕らは学園に帰ってきた。
1週間ちょっといなかっただけなのに、校舎を見るとすごく懐かしく感じてしまう。
寮で荷物の整理をしていると来客がやってくる。
「青霄ー! 帰ってきたんだろー!」
「うん、ちょっと待って」
ドアを開けると翠玲がいた。
僕を見るやいなや、手をがっしりと掴んできた。
「待ってたぞ!! おかえりだ!」
「……ただいま! そうだ、お土産あるから食べていってよ」
「おう! じゃあお邪魔するぜー」
翠玲とともに、お土産に買ってきたまんじゅうを食べる。
芽那ちゃんのお母さん、というか早葉子さんの住んでいる地域での名物っぽいやつだ。
中にはあんこではなく、クリームが入っている。
ちなみに芽那ちゃんは福里さんを呼びに行っている。
僕も一緒に行きたかったけど、まずは荷物をどうにかしないといけないために残った。
「うまいなこれ! もう一個くれ!」
「いいよ、はい」
「さんきゅーな!」
翠玲はまんじゅうが気に入ったようでモグモグと食べている。
でも目は僕のほうへ向けられており、それに気づいて首を傾げた。
すると彼女は食べるのをやめ、口を開く。
「やっぱ……あんたがいないとダメだわ、俺。実家に帰ったはいいんだけどよ、親と話すことも大切なのはわかってても……なんか物足りなくてな」
「僕も翠玲と会いたかったよ。こっちもこっちで色々あって楽しかったけど、そのぶんみんなと会えなかったしね」
「そっか……おんなじか」
芽那ちゃんと
メッセージでのやり取りができただけいいけど、顔を合わせたくなる気持ちは日に日に強まっていったんだ。
「なぁ、青霄……」
「ん?」
「……ギュってしていいか?」
「……い、いいよ」
そう言うと、翠玲はまんじゅうを口に放り込んでから僕にハグしてきた。
久しぶりの彼女の感触。
ドキドキはもちろんするけど、それ以上に安心感をおぼえる。
翠玲は僕を無言のまま抱きしめ続ける。
言葉は必要以上にかけなかった。
今はこうしていることが、なによりも互いのためになると思ったから。
そうしていると、バンっとドアが開く。
「うわぁあうっ!? 羽黒ちゃんと
「せ、先生!?」
相変わらず小さいままの先生が入ってきた。
寒いのかモコモコの服を着ているのが可愛らしい。
翠玲と顔を見合わせ顔を赤くすると、バッと離れる。
「あー……これは男同士の友情の確かめあい、って感じのなんすよ! あははっ!」
「そうなのー? ふーん?」
ジト目になって僕らを見てくる先生。
すると彼女は僕の胸元にジャンプして飛び込んできた。
「うわぁっと!?」
「じゃあ、わーしもこうするー! ニュヒヒっ! んー……」
先生のふわふわでぷにぷのボディが当たる。
翠玲より体温が高いような気がした。
「先生はどうでした? 冬休み」
「お家に帰ってー、最初は楽しかったんだけどー、あと何日で仕事かーってカウントダウンしてたら……終わっちゃったよぉおおお!! うえええん! うぉおおおんっ!!」
「……そ、そうですか。大変ですね、大人は……よしよし」
大泣きをする先生を撫で、社会人の辛さを分かち合う。
僕らと遊んだりするのは好きそうだけど、タイマンの授業のときとかはサボってるし、基本的に労働が苦手なんだろう。
というか先生……僕に励ましてもらっているのをいいことに、思いっきり匂いを嗅いできてますよね。
いつの間にか涙も止まってるし。
まぁ元気が出てくれたんならよかった。
「あ、先生もどうぞ。お土産のまんじゅうです」
「いいのー? もらうー! ありがとー。あーむっ! むぐむぐむぐ、んー! おいしー!」
僕の膝の上に座りながら、まんじゅうを美味しそうに頬張る。
しかもお行儀悪く寝そべり、身体を密着させてきた。
小さくて柔らかいお尻が当たり、いけない気分になりそうになる。
しばらく3人で過ごしていると、芽那ちゃんが福里さんを連れて帰ってきた。
「あ、福里さ――」
僕は彼女に挨拶しようとした。
でも、寸前のところでとまる。
福里さんの顔は、年明けのめでたい日にはふさわしくない、暗いものだったから。
隣に立っている芽那ちゃんは事情を知っているようで、福里さんと僕を心配そうに交互に見ている。
冬休み中にメッセージをやり取りしていた際、彼女は普通だった。
しかし年を跨いだあたりから連絡が少なくなり、ついには来なくなったんだ。
そのことを心配して芽那ちゃんに話すと、寮に戻ったら呼びに行こうという話になった。
やっぱりなにかよくないことが起こったんだろう。
「寒いでしょ、とりあえず中に入って。お土産も買ってきたんだ」
「うん」
彼女は頷き、芽那ちゃんと一緒に部屋に入ってくる。
2人用の部屋に5人もいるのは狭っ苦しいけど、今はそのほうがいい。
少しでも隙間ができれば、みんな寂しさを感じてしまいそうだから。
そして僕は改めて彼女に伺う。
「……福里さん、なにかあった?」
そう問うと、みんなも心配そうに彼女を見る。
異様な雰囲気を感じていたのは同じのようだ。
福里さんがこういう状態になるのは、彼女らからしても珍しいことなんだろう。
口を開いたり閉じたりしたのち、福里さんは顔を上げて僕らに話す。
「アタシ……転校することになるかも」
「えっ……!?」
驚きのあまり言葉を失う。
それはみんなも同様で、先生と翠玲は顔を見合わせて驚いていた。
芽那ちゃんは知っていたようで、目を伏せる。
なんとか心を落ち着かせようとしながら、僕は問う。
「……えっと、どうして? お母さんのお仕事の都合……とか?」
「いいや、お母さんじゃない」
「それじゃ……」
「……姉貴」
「お姉さん? お姉さんが関係してるの?」
福里さんは小さく頷く。
「アタシのタイマンの成績……下がっててさ。それが姉貴にバレて、もっとタイマンに力入れてる学校に転校しろって言われちゃって……」
「もしかして……僕と何回も勝負して
「まぁ……。でも結局、アンタとやり続けるのを選んだのはアタシだからさ。自業自得」
タイマンの成績ではTier1の優秀な成績を収めていた福里さん。
それが崩れつつあることをお姉さんに咎められたらしい。
自業自得って福里さんは言っているけど、タイマンの成績が落ちた原因は間違いなく僕の存在だ。
「その学校っていうのはどこ?」
「『
「虎岩? ちょっと待って……」
スマホで検索すると、その制服にどこか見覚えがある。
「この制服、どっかで……」
徐々に記憶の紐を解いていけば、あることに思い当たった。
「……あっ! そうだ! この制服、福里さんと前にゲーセン行ったときに絡んできた子たちの服だ!」
「あー、そうだっけ? ガラの悪いやつね」
福里さんの言ったように身なりに気を引かれていたため、制服の詳細までしっかりと覚えていなかった。
確かみんなグラサンをかけていて、身長は低めだった気がする。
あのときはアーケードゲームで戦ったけど、まさかタイマンが強い高校だとは。
妙なめぐり合わせもあるもんだ。
「聞くまでもないと思うけど、福里さんは転校したくないんだよね?」
「当たり前でしょ……せっかく面白くなってきたっていうのに」
「愛凪ちゃん……」
芽那ちゃんも心配そうに見つめている。
「お姉さんに説得できないかな?」
「無理だって……。姉貴は人の意見なんて聞きやしないから。その話が出てからずっと交渉しようとしたけど、結局ダメだったし……」
「僕が言ったとしても?」
「えっ、アンタが? でも、そんなの悪いし……どうせ聞いてくれないから――」
そう遠慮する福里さんの手を僕は握った。
「は、羽黒っ……!?」
「迷惑だっていうなら引き下がるよ、家族の問題だしね。でも、福里さんが助けが必要だっていうなら、僕は手を貸したい……それが友だちだと思うから。それに、まだ君と学園でやりたいことはたくさんあるんだ! ここにいるみんなだって同じはず、そうでしょ?」
彼女らのほうを見ると、もうその答えがわかった。
「わーし、大賛成! ここが教師の腕の見せどころー!」
「ウチも手伝うからっ! 白黒ギャルは永久不滅っー!」
「俺も協力するぜ! 犬仲間だしな!」
「アンタたち……」
福里さんの手に力が入る。
それだけで彼女の決意は伝わった。
この手を離さないために、僕らは福里さんの転校を阻止することに決めた。
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