第38話 経産婦+ウブ=最強 の方程式
芽那ちゃんのお母さんの手は止まることなく、僕の手首まで触り始めた。
その手つきは本能的なものであり、テクニックは感じない。
ここにいる女性はみな、単一生殖で生まれた。
つまり娘がいたとしても、男性と関わりがなかったのだ。
「め、芽那ちゃんのお母さんっ!?」
「これが……男の子、なのよねぇ……うふふっ」
ダメだ、もう僕の声が聞こえていない!
目が完全に芽那ちゃんそっくりになってるし、このままじゃ――。
「ふぃー、お待たせお待たせ~! ……って、あれ? どうしたの?」
「いいえ、なんでもないわぁ~。ほら、芽那もあったかいお茶飲みなさ~い」
「はーい! ありがとー、ママ~」
間一髪のところで芽那ちゃんがトイレから帰ってきた。
握られていた僕の腕はほんのり赤くなり、あれが夢や幻じゃないことを証明する。
芽那ちゃんのお母さんって……昔はそういうタイプじゃなかった気がする。
でもあの頃はまだ僕も小さかったから、本性を見せてこなかっただけ……なのかな。
湯呑みの中を覗きながら、僕は心を落ち着かせようとする。
隣には芽那ちゃん、向かいには芽那ちゃんのお母さん。
2つの異なる色気が混じり、僕の理性を飛ばそうとしてくるみたいに漂ってくる。
黙っていたらこのまま濃厚な欲望に飲み込まれてしまいそうだ。
そう思い、僕は自ら言葉を出す。
「あの……改めて、お久しぶりです。芽那ちゃんのお母さん。小さい頃は色々とお世話になって、今でも感謝しています」
「いいのよ~、そんなのは。礼儀正しい、いい子に育ったわねぇ~……」
その目は近所の子どもが育ったときに見せる目……とは少し違う気がした。
食べ頃になるまで獲物を見逃して太らせ、捕食のときがきたときに涎を垂らす猛獣のような……そんな目に思える。
芽那ちゃんのほうをチラッと見ても、彼女はいつもどおりな様子。
僕の考えすぎなんだろうか。
「あぁ、そうそう。謝っておかなくちゃいけないわよねぇ……芽那と一緒にいたかったでしょうに、急にお仕事の都合でこっちに来ることになっちゃって。せめてお別れの挨拶でもできればよかったんだけど……」
「いえ……あのときは寂しかったですけど、今こうしてまた会うことができましたから。のっぴきならない事情だとは、子供心にもよくわかっていたんで大丈夫ですよ」
「青霄くん……ありがとう」
芽那ちゃんのお母さんは申し訳無さそうに微笑んだ。
僕と芽那ちゃんは別れ際に号泣してたけど、それはお母さんにとってもいい光景には見えなかったんだろう。
この場で直接話しをして、わだかまりがとければそれで十分だ。
そう考えていると、芽那ちゃんが落ち着いた声で話す。
「お母さん……せいちんにお仕事のこと、教えてあげて」
「……そうね、隠す必要もないでしょうし」
そういえば芽那ちゃんのお母さんがなんの仕事をしているのかは知らない。
昔、それに近いことを聞いたときは薬を作ってるとか言ってた。
あの言葉で薬剤師かなにかかと思っていたけど、もしかしてそうじゃないのか?
「青霄くん、私はね……京蓮寺キュウさんの下で働いているの」
「……えぇっ!?」
僕は驚きの声を発すると、それ以上の言葉が出てこなくなった。
僕が『ベストバウト』のプレイヤーであった頃のスポンサー。
そして今通っている『
その彼女のところで働いているだって!?
ありえない。
あの人はいつも一人だった。
他の誰とも接触せず、姿を見せたこともない。
「京蓮寺さんがなにを研究しているかは知っているでしょう? まぁ、色んなジャンルに手を伸ばしているけど~、一番の功績といえばやっぱり――」
「単一生殖……ですか?」
「そう。主に私はそのお手伝いをしているのよ~。私も単一生殖で生まれたし、芽那もそう。でも安定性はまだ高いとはいえない。だから安定性向上を目的とした調査のために、私は島外に出たのよ~」
「そう……だったんですか」
単一生殖で生まれてくる子どもが死産になりやすいというわけではない。
子どもができるまでの確率が、従来の生殖法よりも低いんだ。
注射一本で可能といっても、それを何度も受けるのは精神的にも金銭的にも負担になる。
今ひとつ、島の外で流行らないのにはこういった理由もあった。
「調査って言っても、京蓮寺さんの会社で小さかった芽那を見ながらネットで調べていただけなんだけどね~……あぁ、会社っていっても従業員は私と彼女の2人だけよ、うふふっ」
「直接……会ってたんですか? 京蓮寺さんと」
「いいえ。彼女は私とも顔を合わせたことがないの。恥ずかしがり屋さんなのかしら?」
近くで働いていた芽那ちゃんのお母さんにさえ、その姿を見せたことがない。
なら、僕に見せてくれることなんてないんじゃないのか。
でも……僕はやっぱり直接会って、きちんと礼を言いたい。
「ウチ、ママの会社に行くの嫌じゃなかったんだけどさ~。なんていうか……外にも出たくなっちゃって。それであの公園で一人で遊んでたんだ~。せいちんと会ってからは一緒だけどっ!」
「そうだったんだね」
「危ないから一人じゃダメ、って言ったのよ~? それでも全然聞かないから、京蓮寺さんにも協力をお願いして、近くの公園ならってことでオッケーしたんだから~」
京蓮寺さんの協力。
おそらくは追跡デバイスや監視システムを使ったんだろう。
しかもかなり高性能なものを。
「そうそう、野良のワンちゃんが芽那に近づいたときがあったでしょう? あれも肝を冷やしたのよ~! すぐにでも駆けつけようとしたんだけど、京蓮寺さんが大丈夫だって言って」
「あのときも見てたんですか?」
「えぇ。芽那を助けてくれた青霄くんのカッコいいところを見て、私まで好きになっちゃったっ、きゃはっ!」
「なっ……!?」
娘そっくりな笑い方をした芽那ちゃんのお母さんは頬を赤らめ、顔を隠す。
これは……本気なのだろうか。
あのときの僕、まだ小学生だったんだけど……。
でもあれを見ていたのだとすれば、その後のことにも納得がいく。
すんなり僕を受け入れて優しくしてくれたのも、僕のことを前もって知っていたからだ。
それに……京蓮寺さんも見ていた。
じゃあ、僕は『ベストバウト』に参加する前から……あの人に認知されていたのか。
「今も京蓮寺のところで……?」
「そうよ~。といっても、リモートワークが中心なのよ。だから、これからは好きなだけ芽那と仲良くしてあげてねぇ~」
「そうそう! ウチらを引き裂くものは、もうなんにもないんだから~っ」
芽那ちゃんはそう言い、ギュッと腕に抱きついてきた。
一緒にいられると思うと、やっぱり安心する。
寄り添ってくれる彼女を見ていると、正面からも濃厚な視線を感じた。
「いいわねぇ……」
「うんっ! あ! ママもしてみたら? こうやってギューってするの!」
「ちょっ、芽那ちゃんっ!?」
「いいでしょ~? ママもせいちんに会いたがってた、って言ったじゃ~ん」
「芽那っ、もう……青霄くんが困ってるでしょ~?」
一応は窘めるような言い方をするものの、ニヤけた目は僕のほうを捉えていた。
とてもじゃないけど断れるような空気じゃない。
僕は少し芽那ちゃんのほうに寄り、お母さんに声をかけた。
「あ、あの……よかったら、どうぞ」
「本当に~!? うふふ、ママ嬉しいわぁ~」
こちらが許可を出すと、すぐに椅子を僕の隣にくっつけてくる。
同時に、ちょっと甘いような匂いもしてきて頭がフワフワしそうになった。
そしてそのまま、芽那ちゃんと同じぐらいの強さで腕を組んできたのだ。
「むぎゅ~!」
「んなっ!?」
ニット越しの大きなおっぱいが腕に思いっきりめり込む。
芽那ちゃんのほうも負けじとおっぱいをむにむにと当ててきた。
肘へ中心に、ドでかい膨らみが双方から押し寄せてくる。
ヤバ過ぎる、この親子……!!
僕が顔を真っ赤にしていると、いやらしい目つきをしたお母さんは顔をこちらに向ける。
「これからも、
「は、はいっ!」
興奮で声を裏返しながら返事をする。
その様子を肉食獣親子の2人はうっとりとしながら見てくるのだった。
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