第37話 ギャルのママ
青い桜は未だに咲き続けるも、季節は冬に移ろいだ。
雪と桜の花びらが混じるように舞うのは奇妙な光景だけど、とても綺麗に思える。
学校は冬休みに入り、授業は一旦休み。
夏でもちらほらといたけど、冬になると実家に帰る人の割合が増えた。
先生、福里さん、翠玲もそれぞれ実家に戻れと言われているらしい。
なぜか福里さんだけは浮かない表情をしていた。
僕らとの別れ云々じゃなくて、単に帰りたくないような顔。
でも引き止めるわけにもいかず、僕はその背を見送った。
芽那ちゃんも例外ではなく、彼女も実家に帰るらしい。
それで今はその準備をしていた。
「寮から持って行くのはこんなもんかなぁ~。あっ! お菓子も持っていかないとー!」
「芽那ちゃん……そんなにたくさん持って行くの?」
「もっちろん!!」
大きい芽那ちゃんは、さらに大きいリュックにパンパンになるまで荷物を詰め込んでいる。
どう考えても持って行き過ぎる。
そう思いながら見ていると、彼女はニヤニヤとしながら顔を近づけてきた。
「あれあれー? もしかしてぇ……せいちん、ウチが出て行っちゃうの寂しい~?」
そんなことない、と建前を言おうと口を開く。
でも、本音を誤魔化せるほど僕は器用じゃなかった。
「そうだね……寂しいよ」
顔を見て言えなくて、うつむきがちでそう呟いた。
すごく今の僕、ダサい気がする。
返事をしたのに芽那ちゃんからの言葉が帰ってこない。
どういうわけだろうと思い、ふと顔を上げる。
すると――。
「もぉおおおおっ! ごめんねぇ、せいちぃいん!」
「ちょっ、ちょっと……!」
タックルでもするぐらいに飛びかかってきたかと思えば、熱烈なハグをしてきた。
頭を何度も撫でられ、顔を胸に押し付けてくる。
「かわいいっ、かわいいっ! 超可愛いよぉ、せいちんっ……! んぅううう! ウチ、ちょっとからかいたくなっただけなのっ! 本当は、せいちんに寂しい思いなんてさせたくないからっ……」
「芽那ちゃん……」
からかわれているのはわかってた。
でも、彼女と離れてしまうのが寂しいのは事実だ。
だからこうして抱きしめられて熱を感じていると、胸の奥が温かくなって……。
僕も芽那ちゃんを優しく抱きしめ、その鼓動に耳を傾ける。
こちらの頭に頬ずりした彼女は、なにかを思いついたように声を出した。
「……そうだ!」
「どうしたの?」
「せいちんもウチん
「えっ!? いや、でも……」
「いいでしょ~? ウチとずっと一緒にいられるんだよ~?」
「僕がいたら……せっかくの家族団らんが……」
「なに言ってんのー? ママだって、せいちんに会いたがってるんだからさ!」
「え、芽那ちゃんのお母さんが? そうなんだ……」
芽那ちゃんのお母さんとは何度か幼い頃に会ったことがある。
仕事の都合で急に会えなくなったのは、芽那ちゃんだけではなくお母さんも同じ。
別れの挨拶もできないまま、何年も経ってしまっていた。
ここは一度顔を見せ、お世話になったことへの礼を伝えるべきなのかもしれない。
「じゃあ……お言葉に甘えて」
「やったぁあああ! せいちんとお泊りっ、せいちんとお泊り~っ!」
「ははっ、いっつも一緒に寝てるでしょ」
「お家でお泊りするのはまた違うの~っ!」
正直、ホッとした。
一人にならずに済んだ。
お姉ちゃんが亡くなってからずっと一人だったのに、ここ最近は一人になることが寂しさを通り越えて怖い。
誰かの温もりを感じていないと落ち着かないんだ。
そんな贅沢な性格になってしまった。
僕も荷物をカバンに詰め、身支度をする。
そんな姿を、芽那ちゃんはルンルン気分で見てくるのだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
島の中には路面電車が走っている場所がある。
それに僕らは初めて乗り、芽那ちゃんの実家を目指した。
電車に揺られること20分程度。
いつも行き来している商店街や学校とは違い、人も少ない場所に出る。
田舎ってほどじゃないけど、熱烈な視線もあまり感じないしリラックスできる。
そこから数分歩くと、大きな一軒家が見えてきた。
「ここだよ~!」
「へぇ……すごいね」
建物自体は新しめな印象を受ける。
芽那ちゃんが島外にいたときに住んでいた家には訪問したことが何度かあるけど、あちらはこじんまりとしていたような記憶があった。
あとのことを考えれば、あれはきっと仮住まいだったんだろう。
芽那ちゃんがインターホンを鳴らすと、それに出る前に扉が開いた。
「おかえり~、芽那~」
ウェーブのかかったダークブラウンの長い髪が揺れた。
片方は耳にかけられ、目元のホクロが強調される。
見た目はいかにもギャルな芽那ちゃんと異なるものの、ニットに包まれた大きい胸やふんわりとした雰囲気は間違いなく親子の血を感じさせた。
昔、会ったときとほとんど変わらない。
先生といい、この島の人には加齢という概念もないのだろうか。
綺麗な姿に見入っていると、その垂れ目が僕のほうを向いた。
「あぁっ!? あら~! 青霄くんよねぇ? んまぁ、大きくなって~」
「ご、ご無沙汰してます!」
「素敵な眼鏡ねぇ。声も低くなったかな~? でも可愛い感じは昔とちっとも変わらないわぁ、うふふっ」
恥ずかしい。
なんなんだろう、この気分。
手を頬に当て微笑む芽那ちゃんのお母さんの顔を見れない。
久しぶりに会ったからなんだろうか。
「さぁ、入って入って~。外寒かったでしょう~」
「めーっちゃ寒かったよー! 電車の中は暖かかったけど、歩いてたとき凍えるかと思ったー!」
「うふふっ、コタツもいい感じにあったまってるわよ~」
「お邪魔します……」
一歩家の中へ入ると、暖かい空気が包み込んでくる。
寮にいるときも暖かいけど、それとはまた違った暖かさだ。
とても心地良い。
「お部屋は余ってるから、好きに使ってちょうだいね~」
「ありがとうございます」
「せいちんはウチと一緒の部屋にするから大丈夫だよ、ママ~」
「あらそう? うふふっ、仲がいいのは昔と同じね」
「今はも~っと仲いいもんねぇ~?」
「う、うん」
僕は顔を赤くしながらそう答える。
昔も三人で話をしたことはあったけど、こんな恥ずかしい感じはしなかった。
なんでこんな気持ちになってるんだろう。
「あぁっ~、寒すぎておしっこ行きたくなっちゃった! ちょっと行ってくるねー!」
わざわざ僕に宣言して、芽那ちゃんは荷物をポイポイっと放り投げるとトイレに向かった。
リビングに残されたのは僕と彼女のお母さんの2人。
さすがに気まずい。
「荷物を置いたら、そこに座ってちょうだい? 今、あったかいお茶入れるからね~」
「あ、ありがとうございます……!」
椅子に座り、芽那ちゃんのお母さんの後ろ姿を見る。
そうだ、昔もこんな感じで見てた気がする。
僕はお母さんってものを知らないから、もしいたらどんな感じなんだろうって考えてた。
みんながみんな、芽那ちゃんのお母さんみたいに優しい感じじゃないのはわかってる。
けど、僕にとってのお母さん像は彼女みたいな優しい存在なんだ。
そうぼんやりと見ていると、いつの間にか芽那ちゃんのお母さんの顔が近くにあった。
「あら? 大丈夫? ボーっとしてるけど……」
「だ、大丈夫です! すみません!」
僕は慌て、それを誤魔化すようにアツアツの湯呑みを握った。
「あっつ!?」
「あらあら! 大変! やけどしてないかしら……お手々、見せてくれる~?」
彼女に手を取られ、熱くなった手のひらを擦られる。
その感触は優しくて、柔らかい。
なにより……ドキドキする。
「ヤケドはしてないみたいねぇ~、よかったよかった」
すると芽那ちゃんのお母さんと目が合った。
そして彼女は、娘と同じ妖しい目をして笑う。
「うふふっ……可愛いわねぇ、青霄くん」
「えっ?」
彼女の手がねっとりと舐めるように動き、そのまま僕の手を握ってきたのだ。
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