第35話 寂しいときは川の字に

 最近、一つ気づいたことがある。

 先生と寮でしょっちゅう会うことだ。

 彼女は近くのアパートに住んでいるはずが、なぜか頻繁に見るのだ。


 歯を磨こうと洗面所へと向かうと、その道すがらで先生と遭遇する。


「あ、先生……」

「羽黒ちゃーん! ニュヒヒッ」


 その格好は、前に先生宅に看病をしに行ったときに着ていたパジャマだ。


「寮で寝るんですか?」

「うん! お家と学校の行き来がめんどくさくなっちゃって~。それに、ここなら色んなものも備え付けられてるでしょー? だから寮に住むことにした!」

「えっ、住んでるんです?」

「そうだよー! 理事長ちゃんからも許可もらったし、大丈夫ー!」


 行き来がめんどうだとか言っているけど、きっと本音は寂しいからだろう。

 僕だって先生と同じ立場なら、寮に来たいって思うだろうし。

 休みの日でも気軽に会えると思うと、なんだか僕も嬉しい。


「そうだ! わーしの部屋においでよー!」

「いいんですか? あぁ、でも芽那ちゃんが――」

「ほんとベッタリだなぁ、ニュヒヒッ。南島なしまちゃんも呼んでいいよー!」

「ありがとうございます! それじゃ、歯磨きしたあとで呼んできますね」

「おっけーい!」


 ワクワクしながら歯を磨き、芽那ちゃんと一緒に先生の部屋へ向かう。

 場所は僕らのいる2階ではなく、3階のようだ。


 ノックすると先生が出てきた。


「ようこそー、わーしの部屋へ~!」

「お邪魔します」

「おっじゃましまーす!」


 部屋の中へ入ると、さっそくメルヘンな雰囲気が漂ってきた。


「おぉ……家からフィギュアとか持ってきたんですね」

「そう! やっぱりこれがないとねぇ~」


 彼女の家で見たものとたぶん同じ『魔法少女もちもちプリンセス』のフィギュアが綺麗に飾られている。

 他にもぬいぐるみやシールで部屋がデコレーションされており、すっかり先生の色に染まっているようだ。


「すごいですね……。そういえば相部屋じゃないんですね? こっちのベッドは使ってないみたいですし」

「うん、わーし独占! ニュヒヒッ」


 そう先生は笑っているけど、寂しくて引っ越してくるような性格なんだ。

 寮に来たとはいえ、一人なのは心細く感じているだろう。


 できる限り、先生のもとへ顔を出すようにしよう。


「ねぇねぇ! もちプリ観ようよー!」

「いいですよ」

「もちプリってアニメだっけ? ウチ、あんまり詳しくないけど聞いたことあるー!」

「もちプリは最高のアニメだよー! 絶対観ないと損っ! ほら観よ観よ~、ニュヒヒッ」


 3人で横並びになり、テレビの前に座る。

 配置は自然と僕を2人が挟むような形になった。

 ここは普通、先生が真ん中じゃないの……?


 始まる前に、先生がニヤニヤとしながら警告してくる。


「ち・な・み・に! 今日はホラー回だよ~っ! 羽黒ちゃんの弱っちいメンタルじゃお漏らししちゃうんじゃなーい? ニュヒヒッ!」

「ははっ、しませんって」

「そうそう! せいちんが漏らすわけないじゃーん。28分前に行ってたしね~。しかも結構量も多かったから、大丈夫だと思うよー!」

「え?」

「え?」


 ニコニコといつもの調子で笑う芽那ちゃんと対照的に、僕と先生は真顔で静止する。

 時間を覚えているのも大概だけど、量まで知ってるってどういうこと!?

 しかも正しいし……。


 ジッと2人で見ていると、ようやく芽那ちゃんは失言に気づいたのかとぼけ始める。


「あ……きゃははっ! なーんてねっ! マジに取らないでよー? もーう!」

「そ、そうだよね……あはは」

「南島ちゃんのギャグはレベルが高いなー……わーし、ビックリしてツッコめなかったよー!」


 アニメを観る前に変な空気になってしまった。

 別の意味でトイレに駆け込みたくなる。


 本編が始まる。

 先生の言っていたように確かにホラー回だ。

 でもあくまで子ども向けのものであり、怯えるような内容じゃない。

 主人公が悪霊のような見た目をした可愛らしい敵を追い払うというお話。


 しかし先生はそれを怖がっており、僕のほうへ身体をピトッとくっつけてくる。


「うううっ、うわぁううっ!?」

「……おっと」


 アニメにはビックリしないけど、先生の叫び声にビックリしてしまう。

 というかこれ、この回が怖いから僕らを呼んだってことなのかな。


 芽那ちゃんはどうなのかと思って様子を見る。

 すると彼女は僕のほうをジッと見ており、目が合ってしまった。


「芽那ちゃん……? なんで僕のほう見てるの……」

「えっ!? あぁ、ごめーん! テレビ観てたんだけどさ、いつの間にかそっちに顔が曲がっちゃってたぁ~、きゃははっ」

「そんなことある……?」

「あるのー!」


 そう言い、芽那ちゃんは腕に抱きついてくる。


「ウチも怖いから~、せいちんに慰めてもらお~っと! こわーい! やーんっ!」

「そんなこと言って……」


 微塵も怖がっておらず、むしろ嬉しそうにしている芽那ちゃん。

 でも弾力性のあるものを腕に感じてしまうと、僕も嬉しくなってしまった。


 先生はますます怖がり、ついには横から僕の腰に抱きついてくる。


「せ、先生っ!?」

「ふぁああううっ! 羽黒ちゃぁあん、助けてぇえ!」

「大丈夫ですから、ね! ほら、安心してください」


 あまりにも怖がっているので、僕は背中を擦って元気づけてやる。

 抱きついてくれるのは構わないけど、せめて下着をつけておいてくれないと、色々と感触がハッキリと伝わりすぎる。


 結局、先生も芽那ちゃんもこんな感じで、アニメを一番ちゃんと観ていたのは僕だった。

 前にも思ったけど、普通に面白い。


 番組が終了すると、先生の震えも止まった。


「先生、終わりましたよ――」

「スー、スー……」

「ね、寝てる……」


 まさかの爆睡。

 よくそんな身体がねじ曲がった変な体勢で寝られるなと思う。


「芽那ちゃん、先生寝ちゃったみたいだから……ちょっと運ぶよ」

「おっけー。やっぱお姫様抱っこー?」

「まぁ……」

「いいなぁー! ウチもしてー、ねぇねぇ!」

「わかったわかった。あとでね!」

「いやったー!!」


 寝ている先生をベッドまで運ぶ。

 そして離れようとしたとき、袖を引っ張られてしまった。


「ありゃりゃ? 先生、せいちんに離れてほしくないみたいだねぇ~」

「先生……」


 袖を握る小さな手。

 僕はそれを振り払うことなく、手を被せて包み込んだ。


 でもまだ先生は僕を離さない。


 どうしようかなと思っていると、芽那ちゃんもやってくる。


「じゃあさじゃあさ! もうここで寝ちゃおうよ」

「えっ、ここで?」

「そうそう! 川の字になってさ、きゃははっ」

「いいのかな……勝手にそんなことして」

「いいに決まってるよ! きっと先生も喜ぶって」


 さりげなく芽那ちゃんも一緒に寝ることが確定していることへのツッコミを忘れて、僕は先生の横に並んで寝転ぶ。

 そして間髪を入れず、芽那ちゃんもベッドに入ってきた。


 しかしこれは1人用のベッド。

 いくら僕と先生が小さいからといっても、3人で寝るとかなり狭い。


 こちらを向いて寝る先生のほうへ身体を向けて寝るのが僕。

 そんな僕を後ろからハグしてくるのが芽那ちゃん、という体勢。


「や、やばい……」

「なにがヤバいのー? きゃははっ」


 おっぱいをむにむにと後ろから当てながら、芽那ちゃんは思いっきり抱きついてくる。

 何回ハグされても本当に慣れない!

 いつも新鮮な興奮と嬉しさが襲ってくる。


 一方で先生は寝言を言いながら、こちらに顔を向けた。


「んむにゅぁ……おにぎりぃ、はぐろちゃぁん……うさぎぃ」

「なんの夢見てるんだろ……」


 関連性のないワードばかり飛び出す。

 でも表情は安らかなものだし、たぶん楽しい夢なんだろう。


 そう思っていると――。


「んぅ~……」

「ちょっ、ちょっと……!」


 先生は寝返りざまに、正面からハグしてきたのだ。

 ぷにぷにのちっちゃな胸が当たり、むちっとした脚も絡めてくる。


「これは……くっ!」


 後ろからもホールドされてしまっていて、ビクともしない。

 せめて芽那ちゃんに言って、少し手を緩めてもらおう。


「ごめん、芽那ちゃ……」

「スーハー、スーハー……うひひっ」

「こっちも寝てるっ……!」


 2人とも僕を抱き枕にして、爆睡してしまった。


「ヤバいって……ヤバいって……!!」


 でっかいおっぱい、ちっさいおっぱい。

 その2つに押し潰され、ドキドキしすぎて心臓が壊れそうになる。

 交感神経がビンビンに活性化し、眠気は彼方へ消え去った。


 結局、僕はそのまま一睡もできなかった。

 おまけに全身の筋肉や骨も悲鳴を上げる。


 でも……いい経験だったな。



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