第31話 帰省とホームシック
夏休みということで僕は一度、元の家に戻ることにした。
京蓮寺さんが電話で言っていたように、先生から許可をもらえば帰宅できるようだ。
もちろん連れてこられたときのように眠らされるのではなく、船着き場から中型の船に乗って目指す。
ただ、中にある小さい部屋は四方を黒塗りにさており、外を確認できないようになっていた。
トイレやお風呂は備え付けられていていることからも、移動距離の長さを物語っている。
それから2日ほど、僕はその船の上ですごした。
島にいるみんなとは連絡も取れない。
それがなによりもキツかった。
地元近くの船着き場に到着し、上陸する。
早朝かつ漁港というわけでもないので、僕の他に人はいない。
そこから始発の電車に乗り、家を目指した。
久しぶりに自分以外の男性を見ると、ここが島の外なんだと実感できる。
僕が家に帰ってこようと思った理由は一つ。
亡くなったお姉ちゃんに近況を報告したかったから。
それに、単純に会いたくなったからというのもある。
家は分譲マンションの一室。
お姉ちゃんと一緒に住もうと思って『ベストバウト』で得た賞金や契約金で購入した。
でもその前に亡くなってしまい、結局僕一人で住んでいた場所だ。
「ただいま、っと……」
返事が返ってくるはずがないとわかっていても、そう呟いてしまう。
最近は帰宅すると芽那ちゃんがいたり、そもそも二人で帰ってきていたから、その寂しさが際立つ。
部屋の中はがらんとしていて、なんだか人が住んでいたようにも思えない。
冷蔵庫の中もほとんど何も入っていないし、僕はどうやって生活してたんだろう。
「賞味期限は……まぁ切れてるよね」
わずかに残っていた食品を処分する。
もったいないけど、こればかりは仕方がない。
必要になりそうなものや、お姉ちゃんとの思い出の品だけカバンに詰める。
その最中、お祭りのときにお姉ちゃんにもらった黒い狐の面を手に取った。
「これ……どうしようかな」
僕は『ベストバウト』をしていたとき、この面をつけていた。
そうすればお姉ちゃんのようになれと思ったし、側にいてくれている気がしたから。
一方、今この面を見るとお姉ちゃんが亡くなったときのことを思い出して辛くなってくる。
でも、お姉ちゃんにこの面は大事にする、と誓ったんだ。
思い出すのは苦しいけど、覚えておかなくちゃいけないことだ。
そう胸に刻み、面も一緒にカバンに詰めた。
お姉ちゃんは亡くなる少し前に言った。
お葬式はしなくていいし、仏壇もお墓もいらない、と。
自分のためにお金を使って欲しいとも。
でも僕はそれまでお世話になった児童養護施設の人たちを招いてお葬式をした。
仏壇も小さなものを買い、お墓も建てた。
それは僕がお姉ちゃんの死を受け入れるためだ。
棺に入った姿を見て、スタッフさんが泣いて、骨になって。
住職さんが御経を呼んでくれて、仏壇と向かい合って。
そうしてようやく、お姉ちゃんが亡くなったんだって自覚できた。
だから紛れもなく、僕は自分のためにお金を使ったんだ。
荷物の整理を終えた僕は、花屋さんに寄ってからお墓に向かう。
随分と行けてなかったけど、住職さんが管理してくれているため、綺麗なままだ。
それでも掃除をして、綺麗な黄と白の花を供えた。
花には詳しくないけど、たぶんユリだと思う。
屈んで手を合わせながら、お姉ちゃんに挨拶と報告をする。
「お姉ちゃん、久しぶり。色々あって来られなかったよ、ごめんね。ジングウ島、っていう島……知ってる? そこに誘拐……じゃなかった、招待されてさ! そこの学校に通ってるんだ」
誘拐された、なんて言ったらお姉ちゃんに心配されちゃいそう。
危ない危ない。
「で、お姉ちゃんにも話したことあるけど、芽那ちゃんに会ったんだよね。あの大人しい子。で……すっごく美人さんになってた。びっくりしたよ。まぁ、昔から可愛かったけど……」
お姉ちゃんと芽那ちゃんには面識がない。
互いに会わせて欲しいと言われたけど、思春期だからか恥ずかしくて断ってしまった。
今思えば、一度会って欲しかったな。
「そこで僕より小さい先生に会ったり、初めは怖かったけど今は優しい子と友だちになったり、男子……って言ってる女の子とも仲良くさせてもらってるんだ。タイマン、とかいう競技をしたりプールに行ったり、お祭りに行ったりもしたよ」
彼女らのことを話していると、いつの間にか僕は笑顔になっていた。
「みんなと一緒にいるとすごく楽しいよ。……だから自分だけが楽しむんじゃなくて、みんなにも楽しんでもらいたいなって思ったんだ。なんたって僕の目標は『学生生活を謳歌する』だからね、ははっ」
そうして笑いかけていると、お姉ちゃんも笑い返してくれているような気がする。
きっと僕にはこういう顔をして欲しい、って思ってただろうから。
「……あぁ、そうだ。カッコよくなるのも目標かな。うーん、どうやったらカッコよくなれるんだろ? お姉ちゃん、なんかいい案があったら教えてね。参考にするからさ!」
ひと通りお姉ちゃんとの話を済ませると、ゆっくりと立ち上がった。
「じゃあそろそろ行くよ! いつでも帰ってこられるみたいだから、また来るね」
そう言い、僕はお墓をあとにした。
これでも長居しなくなったほうだ。
お墓を前にすると、何時間でもそこにいられる。
お姉ちゃんがすぐそこにいる気がして、動けなくなってしまう。
でも彼女はきっと、それを望んではいないだろう。
だから心に踏ん切りをつけて、立ち上がらないといけないんだ。
久しぶりに島の外へ出たけど、妙に落ち着かない気持ちが続いている。
ずっと住んでいた場所のはずなのに、遠い場所に連れてこられたような気分だった。
近くの売店でお土産を買ったあとは、他にどこも行かずにまっすぐ船着き場を目指す。
そして指定しておいた時間に乗船し、ジングウ島へとまた2日ほどかけて戻ったのだった。
早く着いてくれ。
もうそのことしか頭になかった。
ようやく夜になった島に着いて、大きく息を吸う。
そして吐き出せば、心が安らいでいくのがわかった。
足早に寮へ向かう。
よくわからないけど、身体が勝手にそう動いてしまった。
なんなら後半は走っていた。
寮に入り、一目散に部屋に入る。
「せいちーん!! おかえり、おかえりよ~! ウチ、めっちゃ寂しかったぁあ~!」
数日ぶりに芽那ちゃんを見た瞬間、なにかが胸の中で弾ける。
そして僕は無言のまま、彼女に強く抱きついてしまったのだ。
「ひぃええええっ!? せ、せ、せ、せいちんっ!? ど、ど、どうしたのぉっ!? どっか悪いところでもある??」
「ううん、ないよ……」
大慌てする芽那ちゃんの声に耳を傾けながら、その大きな身体にしがみつく。
とても温かくて柔らかい。
その感触がたまらなくて、さらに抱きしめてしまう。
これだ、これなんだ。
これがずっと欲しくてたまらなかったんだ。
しばらくそうしていると、彼女のほうは落ち着いてきた。
僕と同じように、優しく抱きしめ返してくれる。
「……もしかして、寂しくなっちゃった~?」
「そうかも……」
「そっかそっか! 男の子だって寂しくなるときはあるよねっ。うんうん、よしよし……。ウチがギュってしてあげるからねぇ」
髪を撫でられ、背中を擦られる。
そうすると、胸の中で渦巻いていた変なモヤモヤが晴れていく気がした。
芽那ちゃんの甘い匂いがする。
なにかと抱きしめられていたから、この香りの中毒になってしまったのかもしれない。
「ねぇ、せいちん」
「……なに?」
「おっぱいに甘えながらでいいんだけどさ~、後ろ見てみて~」
「……え?」
彼女の言うように、後ろを向く。
するとそこには――。
「……ごめん、お取り組み中だった? 邪魔だったかな、アタシら」
「わーしを差し置いてなにをしてるー! わーしも仲間に入れなさーい!」
「おかえり、青霄! 俺とも熱い抱擁を交わそうぜ! あっ……男と男のな!!」
「み、みんな……」
芽那ちゃんに思いっきり甘えているところを見られ、僕の顔は一気に赤くなる。
猛烈に恥ずかしいけど、それと同じぐらいに安心感が湧き上がってきた。
そうだ。
今の僕の家は間違いなくここなんだ、と。
そのことを噛み締め、僕は言葉にする。
「……ただいま!」
すると、彼女らの顔もキラキラと輝く。
そして僕は買ってきたお土産袋を掲げ、みんなと一緒に食べるのであった。
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