第30話 百発百中

 唐揚げを食べて腹ごしらえをしたところで、次のエリアに向かう。


 ここには輪投げやクジ、スーパーボールすくいなどが並んでいるようだ。

 特にスーパーボールのゴムのニオイからは、なんだか懐かしい気分をおぼえた。


 しばらく歩いていると、福里さんが足を止める。


「どうしたの? 福里さん」

「あ、いや……」


 彼女の目線の先には、猫のぬいぐるみがあった。

 もしかしてあれが欲しいのだろうか。


 さらに目線を上げると看板が目に入る。

 ここはどうやら射的の屋台らしい。


「やってみよっか!」

「アンタがやりたいっていうなら……」


 素直になりきれていない福里さんを微笑ましく思いながら、僕らは射的に興じることにした。


「はーいどうぞー! この札を倒せたら、書かれてる番号の景品をゲットできますからねー!」


 屋台のお姉さんにコルクを使う銃を貸してもらう。


 まずは芽那ちゃん。

 狙いはお菓子らしい。


「このへんかなー、それー!!」


 ポンッと射出されたコルクは、明後日の方向へ飛んでいった。


「えー!? ちょっとむずかしくなーい? 今絶対当たったと思ったのに~」

「どんまい! 慣れてないと難しいと思うよ」


 次は先生と翠玲。

 狙いはそれぞれ、怪獣の人形とお菓子。


「うーんっ、そりゃー!」

「それっ!」


 しかし、残念ながら外れる。


「んもー! 惜しかったのにー!」

「やっぱ俺は銃よりナイフだな! あははっ!」


 最後に福里さん。

 狙いはもちろん、あの猫の人形。

 目玉商品なのか、札は他のものよりも大きい。


「このへんっしょ……えいっ!」


 狙いは大きく逸れ、芽那ちゃんの欲しがってたお菓子の札にヒットする。


「はーい! おめでとうございまーす! はい、どうぞー!」


 お姉さんからお菓子を受け取る福里さん。


「あ、どうも……」

「愛凪ちゃんすごーい! どうやって当てたのー?」

「いや、当てたっていうか……勝手に当たったっていうか。……これあげる、欲しかったんでしょ」

「いいの? やったー!」

「わーしの分も取ってー! ねーねー!」

「だから狙ってやったんじゃないですって……」


 福里さんは先生を受け流しながら、芽那ちゃんにお菓子を渡した。

 でもその目は名残惜しそうに人形を見つめたままだ。


 すると、もう一つの視線に気づく。

 翠玲からだ。


「……な、なに?」

「得意分野だろ? もったいぶらずに、俺にも見せてくれよ!」


 その声に、みんなの注目も集まる。


 僕は恥ずかしがり屋だけど、期待を裏切るのは苦手だ。

 メガネを外すと、待ってましたと言わんばかりに芽那ちゃんが手を差し出す。

 彼女の手の上に置き、代わりにライフルを受け取った。


 福里さんの欲しがってた人形の数字が書かれた札を見据えて構える。

 みんなの撃つ様子を見て、このライフルの癖もよくわかった。

 息を吐き切り、呼吸を止める。


 そして、ゆっくりとトリガーを引いた。


 射出されたコルクは空中を揺らぎ、的に接近する。

 その着弾点は的の中央ではなく、右上だ。


 小気味よい音を立ててヒットすると、クルクルと的が回り、後ろに落ちた。


「……お、おめでとうございまーす!!」


 お姉さんが驚きながら拍手をする。


「どうわぁあ!? せいちんすごー!?」

「うわぁあうっ! 羽黒ちゃんうまー!」

「いやー……やっぱいいな、青霄の射撃は……!」


 みんなに褒められ、僕は恥ずかしくて頬を掻く。

 そしてお姉さんから猫の人形をもらった。


 福里さんはぽかーんと口を開けたまま。

 そんな彼女のほうへと向かい、人形を手渡す。


「はい、これ!」

「……い、いいの? もらっちゃって……」

「うん! そのためにしたんだから」

「あ、ありがと……」


 福里さんは顔を赤くして、その人形を抱きしめる。

 その顔はどこか幼く見えて、愛らしい。


 そう思っていると、お姉さんに話しかけられる。


「いやー、お兄さんすごいですね……」

「いえいえ、そんな……」

「あっ、そうだ! おまけとしてあれもあげちゃいますかー。だからこれ以上はご勘弁をー!」


 お姉さんはカウンターの下から、なにかを取り出した。


「はい、どうぞ! 副賞です!」

「あぁ……ありがとうございます」


 渡されたのは白い狐の面。

 それを見た瞬間、みんなの声が遠のく。


 お祭り、狐の面……。

 あの頃と一緒だ。

 お姉ちゃんと一度だけ訪れた、あのお祭りと。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 小学4年生のとき。

 僕とお姉ちゃん、そして施設の女性スタッフさんと一緒に地元のお祭に来ていた。

 浴衣をそれぞれレンタルし、慣れない下駄に苦労しながら歩く。

 初めて来たお祭に、僕は大層心を踊らせたのを今でも覚えている。


 もらったお小遣いを握りしめ、並ぶ屋台に目を輝かせていた。


「せいくん、なにか欲しいものがあったらお姉ちゃんにも教えてね」

「うん! どうしようかな~。あの赤い飴も美味しそうだし、たこ焼きも美味しそう~!」

「青霄くん、ほら綿あめもあるわよ~!」

「わーほんとだ!」


 目に映るものすべてが新鮮で、見ているだけで満たされた。


 でも僕の心をもっとも惹き寄せたのは、コルクの軽快な音が響く射的の屋台だったんだ。


「お姉ちゃん、あれなに?」

「ん? あれはね、射的っていうのよ。バーンって撃って、倒したらお菓子とかオモチャとかがもらえるの」

「へぇ、そうなんだ! 面白そう!」

「やってみる?」

「うんっ! やってみたい!」


 そして僕は店主さんにお金を渡し、小さい身体には大きすぎるライフルを貸してもらった。

 撃ち方を教えられても正直よくわかっておらず、見様見真似で構える。


「せいくん、どれがお目当て?」

「うーんとね、あの黒いお面!」

「あぁ、きつねさんのお面ね。いいわね、カッコいい」

「でしょー! 絶対に当てるんだー!」


 目を細め、狙いを定める。

 勢いよくトリガーを引けば、コルクはまったく関係のない場所に飛んでいってしまった。


「あー! 当たんなかったー!」

「ふふっ、惜しかったね」

「うーん、もう一回! もう一回!」

「頑張って。お姉ちゃん、応援してるから」


 お小遣いを追加で払って撃つ。

 しかし、どれもこれも上手いこと飛んでいかない。


 そして、いよいよ最後の一回になってしまった。


「お姉ちゃーん! 全然当たんないよー!」

「ちょっと惜しかったね。もう少しすれば当てられそうだけど」

「ねーねー、お姉ちゃんがやってよー!」

「いいの? 私がして。せいくんのお金でしょ?」

「やってやってー!」

「もう、しょうがないなぁ」


 そう言いながら、お姉ちゃんは自分のお金を店主に渡してライフルを取った。


 次に構えた姿は、まだ覚えている。

 いつもの優しい感じとは違う、カッコいいお姉ちゃんの姿だった。


 その面持ちに見惚れていると、コルクが発射される。

 次の瞬間、狐の面の耳の部分に当たって、それは回転して落ちたのだった。


「……わぁああ!? お姉ちゃん、すごーい!!」

茜音あかねちゃん、上手ねぇ!」

「あははっ……」


 お姉ちゃんは照れ笑いをしながら、店主からお面をもらう。


「はい、せいくん」

「わははっ、ありがとう! お姉ちゃん、僕これ大事にするね!」

「うんっ」


 大きめのお面を頭にかけてもらい、僕は精一杯の笑顔でお姉ちゃんに感謝した。

 僕にとってあのときのお姉ちゃんは、まさにヒーローだった。


 僕も、あんなふうにカッコよくなりたい。

 だからこの面は、そうなるためのアイテム。

 いわば、ヒーローにとってのマスクだ。

 そう信じ、僕は面の下の目をキラキラと輝かせていたのだった。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「……青霄? 大丈夫か?」

「ん? あぁ! 大丈夫大丈夫!」


 また昔のことを思い出して、心ここにあらずになっていたようだ。

 ダメだな、こんなんじゃ。


「……狐の面、白だな」

「うん」

「黒のほうがよかったんじゃないのか?」

「いいや、白でよかったよ」


 僕は翠玲にそう言い、狐の面を斜めにして頭につけた。


 そのとき、大きな音とともに花火が打ち上がる。


「うわぁあ! 綺麗……」


 芽那ちゃんが感嘆の声を漏らし、みんなも空を見上げる。

 彼女らの目に映るそれはとても綺麗で、僕はそちらに見入ってしまいそうになった。


 それでも自分の目でも直接見ようと、顔を上げる。


 花火が一つ、また一つと暗闇へ打ち上がり、彩りを加えていく。

 そのたびに僕の心は、暖かくて優しい思い出に満ちていくのだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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