第29話 浴衣ギャルたちとお祭り
夏にしたいのは、プールに行くことだけじゃない。
僕も考えてはいたものの、特に女子たちはお祭りに行きたいと言っていたのだ。
お祭りで必要なものといえば浴衣。
当然、浴衣を持っていなかった僕は京蓮寺さんの作ってくれた通販サイトで注文した。
正直、僕自身の浴衣なんてどうでもよくて、みんながどんな感じなのかが気になる。
男の僕は準備にそう時間もかからないこともあり、ひとあし先に待ち合わせ場所で待機していた。
砂利の混じった地面の感触、屋台で料理を焼いている匂い、人々を照らす温かい灯り。
この風景を目の当たりにすると、お祭りに来たなっていうのが実感できる。
しばらく待っていると、こちらに近づく音が聞こえてきた。
ふと顔を上げると、そこには浴衣に身を包んだ彼女らがいたのだ。
「……羽黒、早いね」
「やっほー、せいちーん! この浴衣っ、どうどうどうー?」
「ニュヒヒッ! 羽黒ちゃんを大人の魅力でノックアウトしちゃうよ~!」
福里さん、芽那ちゃん、そして先生。
それぞれ綺麗な浴衣を着ている。
水着みたいな刺激的なのもいいけど、こういった奥ゆかしさを感じる装いもたまらない。
福里さんは黒の浴衣を着ており、白い花の模様があしらわれている。
いつも出しているお腹も胸元も隠れていて、雰囲気が随分と違って見えた。
後ろで結われている髪も、落ち着きを引き立てている。
芽那ちゃんは暗めの赤の浴衣で、鶴が描かれている。
可愛い系のイメージが強い彼女だけど、今回はシックな印象を受けた。
髪は低い位置でサイドテールにしており、なんだか母性を感じる……。
先生は優しいクリーム色をした小さい浴衣に、金魚の意匠が施されている。
普段着や水着であったようなキャラものではなく、すごくお上品だ。
いつものツインテールは解かれ、綺麗に下ろされている。
それぞれの浴衣姿を目に収めた僕は、笑顔で告げる。
「みんな……すごくいいよ! うん!」
今さらだけど、僕は褒めるのが下手だ。
もっといろんな言葉を伝えたいのに、結局単純な言葉しか出てこない。
それでも彼女らにはしっかりと伝わったようで、目や口元からは照れがうかがえた。
「ま、時間かかったんだから当然っしょ……」
「きゃははっ! せいちん、こういうお清楚なのも好きなんだ~?」
「わーしのエレガンスさに気づいたかっ! ふふーんっ」
受け答えは様々でも、根っこにある感情は同じ。
人に褒められるっていうのは、やっぱり嬉しいものだ。
そう思っていると、肩をトントンっと叩かれる。
振り向くと、そこには翠玲がいた。
「よっ! みんなも早いな! まだ集合時間の15分も前だぜ?」
翠玲はシンプルなブラウンの浴衣に身を包んでいた。
もちろん男性用のはずなんだけど、色気が隠しきれていない。
髪型はいつもと同じ……に見えて、セットしてきている。
彼女からは浴衣がどうかとは聞かれてない。
けど、僕の口は勝手に言葉を零してしまった。
「翠玲も……いいね」
「えっ!? あ、あははっ……お、男を褒めてどうすんだー?」
僕からの賛辞が予想外だったのか、驚きながら照れている。
女の子の照れ顔はいいものだ。
そう思っていると芽那ちゃんが近づいてくる。
「せいちんの浴衣も……なんだかえっちだねぇ~?」
「な、なんで……?」
「この隙間から~、手を入れたくなっちゃうっ」
妖しい笑顔を浮かべながら、ねっとりとした視線を浴びせてくる。
それは他の子たちも同じだった。
「ぼ、僕のことはいいから! ほら行こう!」
そう仕切り直したところで、みんな一緒に出店の方へ歩く。
並んでいる食べ物はどれも美味しそうで、お腹がぐるぐると鳴りそうになる。
でも店主がみんな女性、というのはこの島では当たり前だけど僕には新鮮に映った。
大抵、強面のおじさんがいたイメージがあるからだ。
「りんご飴ー! わーし、りんご飴食べたいー!」
「りんご飴ですか、いいですよ」
先生のリクエストに応えて、りんご飴を購入する。
この丸くて赤いフォルム、本当に久しぶりに見た。
お祭り以外で食べる機会もなく、どんな味なのかさえもう曖昧だ。
買ったりんご飴を先生に渡す。
「はい、どうぞ!」
「わーい! ありがとー!」
「どういたしまして」
大人なんだから先生が買うのが普通では、と思わなくもないけど、彼女の笑顔を見ていたらそんなことはどうでもよくなる。
美味しそうにペロペロと舐める姿に、自然と僕の顔も綻んでしまった。
すると、先生はそのりんご飴を僕のほうへ向ける。
「はい! 羽黒ちゃんにも一口あげるー!」
「ひ、一口……ですか?」
りんご飴の一口なんて、どうやってもらえばいいんだろう……。
かじったりなんかしたら歯が欠けそうだし。
どうしたものかと思っていると、先生はなぜかドヤ顔をする。
「ははーん。もしかして、りんご飴の食べ方知らないの~?」
「いやっ、それは知ってますけど……」
「ペロペロするんだって! ほら、舐めて!」
「……じゃ、じゃあ」
先生が突き出したりんご飴に舌を乗せる。
それだけで猛烈な甘さが味蕾を突き抜けてくる。
するとその瞬間、他の三人が目を大きく開けて見てきた。
「せいちん……さすがにそれはえっちだよ……」
「えぇっ!? 僕はそういうつもりじゃ……」
「アンタがそう思ってなくても、周りからすれば……ね」
「俺は男だからなんとも思わないけどな、あははっ……」
顔を赤くしながら言う彼女らに困惑しつつ、先生はどうなのかと思って見る。
「ニュヒヒッ、羽黒ちゃんってなんか赤ちゃんみたーい」
「ど、どういうことですか……」
よくわからない先生の感想にさらに混乱してしまう。
「はーい終わりー!」
先生はりんご飴を僕の元から遠ざける。
そして舐めた場所をジッーっと見てから目を瞑って、そこをなぞるようにして舐めはじめた。
「ちょっ……先生」
「なーにー? どうして羽黒ちゃんってば、顔が赤くなってんのー?」
「いや、だって……」
「わーしにはわかんないなぁ~、ニュヒヒッ」
小悪魔っぽい顔をしながら、先生は僕に見せつけるようにして飴を舐める。
こういうときは子どもが大人のフリしてるんじゃく、普通に大人なのがズルい。
そしてまたしばらく歩いていると、ものすごく香ばしい匂いが漂ってきた。
僕が反応するより先に、芽那ちゃんが声を出す。
「あっ! 唐揚げだー! あれ食べたーいっ!」
「ウチも食べたいかも。やっぱ肉っしょ」
寮で肉ばかりが出ることもあり、すっかり僕も肉食になってしまった。
唐揚げは元から好きだけど、ここへ来てからは大好物だ。
「翠玲も食べる? 唐揚げ」
「そうだな! 味付けもあるのか~。マヨネーズと岩塩ってのがウマそうだぞ」
「いいね、僕もそれにしよ」
全員分の唐揚げを買い、道の外れで頬張ろうとする。
しかし――。
「あっつ!!」
めちゃくちゃ熱い。
できたてホヤホヤという証ではあっても、中から溢れる肉汁をまともに受けると火傷してしまいそうだ。
そう思っていると、芽那ちゃんが僕の腕を握る。
「熱いんなら~、ウチがフーフーしてあげるっ!」
「あっ、ちょっと……」
「フーフー、フーフー……」
僕の唐揚げは芽那ちゃんの吐息に冷まされていく。
「フーフー……んちゅっ」
「えっ!?」
「きゃははっ、どうしたのー?」
「いや……」
冷ましながら、どさくさに紛れて唐揚げにキスをしたのだ。
りんご飴の一件を見て思いついたんだろうか。
「はい、もう食べられると思うよ~」
「……うん、ありがとう」
そう言うと、芽那ちゃんはニッコリと笑った。
そして彼女に見つめられながら、唐揚げを口に運ぶ。
中が柔らかく、外はパリパリで美味しい。
岩塩とマヨネーズのトッピングも、ジャンキーな感じが増していてベストマッチだ。
でもそれ以上に、芽那ちゃんの唇がこれに触れたことを考えてしまう。
ドキドキしながら目線を上げると、彼女はゆっくりとウィンクをしてきたのだった。
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