第24話 混浴とまさかの事態

 翠玲すいれんに勝利した僕は、要求のことを思い出す。

 そう、背中を流してもらう、というものだ。


 一応、僕には女子であることがバレたものの、他の女子にはバレていないということになっている。

 だから彼女らが大浴場を使ったあと、誰もいないのを見計らって僕と翠玲はやって来た。


 脱衣所の前で、心音を大きくさせている僕は立ち止まる。


「ほ、本当に大丈夫? 無理なら全然――」

「大丈夫だ! 青霄せいしょうが気にすることじゃないぞ。せ、背中を流すだけだろ? そんた大したもんじゃないって! な!」

「そう……かな」


 気にしていないように振る舞う翠玲。

 しかし、彼女の手は少し震えていた。


「えーっと……僕が先に着替えたほうがいい? それとも後?」

「なに言ってんだよ? そんなに悠長なことしてたら、怪しまれるだろ。女子に気づかれたらどうするんだ?」

「そうだけど……」

「着替えるのは背中合わせなら大丈夫だって! た、たぶん……!」


 振り向かなければ問題ない、というのは自室でも同じ。

 芽那ちゃんは僕がいようとお構いなしに着替える。

 そういう場面に出くわすことが多いとはいえ、慣れているわけじゃない。

 想像するだけでドキドキしてきた。


 とりあえず脱衣場の中に入る。

 浴場のドアも開け、誰もいないことを確認した。

 でもなぜか湯は張られていた。


「あれ……? お湯、抜き忘れてるのかな」


 こんなこと初めてだ。


 翠玲の方を見ると、彼女の手には寝間着と下着が乗せられている。

 全体像はわからないけど、セクシーな黒い下着だ。

 見てはいけないと思いつつも目が離せないでいると、笑い声が聞こえた。


「あははっ! 本当に青霄はエロいのが好きなんだな?」

「ご、ごめん!」

「謝るなって! これもまぁ、勝者の特権ってやつだ」


 そう言いながら彼女はロッカーに荷物を預けていく。


 僕は背を向け、同じように準備を始めた。


 でもゴソゴソと後ろで服を脱ぐ音がして、気が気じゃない。

 お風呂に入る前にのぼせてしまいそうだ。


「振り向くなよー? 今ちょうど下着脱ごうとしてるとこだからさ!」

「言わなくていいって……!」

「ははっ! 青霄ってからううと面白いんだよ。他の女子もそう思ってるんじゃないか?」

「それは……どうなんだろね」


 その自覚はある。

 男という生き物を見るのが初めてな彼女らにとって、自身の身体や態度でどぎまぎする僕の反応は興味深いんだろう。

 本当におもちゃ扱いだ。


「なぁ、タオルってつけていいのか?」

「も、もちろん! じゃないとマズいでしょ……」

「でも水に濡れたら透けるぞ? もしかしてそういうのが好きなんだな!?」

「ち、違うって! ……いや、違わないけど」

「悪い悪い、からかっちまっただけだ、あははっ!」


 僕は顔を赤くしながら、タオルを腰に巻く。

 いつも緊急事態に備えてタオルは持って入っているけど、この薄さじゃ濡れると透けるのは間違いなさそうだ。


「よしっ、振り向いていいぞ!」

「う、うん……」


 ゆっくりと翠玲のほうを見る。


「おぉぁ……」


 胸が大きいために上のほうは出てしまっており、谷間を手で押さえている。

 男子用の服を着ていないと本当に女子の輪郭で、しなやかさが強調されていた。


 一方で彼女の目線も僕の身体に注がれている。

 それは目が上下する動きで丸わかりだった。


「これが男子の身体か……ゴクッ。やっぱ……俺とは違うんだな」


 生唾を飲む音までハッキリと聞こえてしまう。


「じゃ、じゃあ入ろっか」

「……おう!」


 なんとも気まずい空気が流れるまま、浴場に入る。


「背中を流す、ってのはどうやればいいんだ?」

「僕が座るから、その背中を後ろから洗う……みたいな?」

「オッケー! 任せろ!」


 椅子を持ってきてそこへ座る。

 翠玲は後ろに膝たちになり、ボディタオルを泡立て始めた。


「とびっきりに綺麗にしてやるからな! へへー」

「よ、よろしく……」


 至近距離でタオル一枚の女子がいる。

 この状況、非常によろしくない。


「洗っていくぞー! よいしょっ……ゴシゴシっと、こんな感じか?」

「うん……いい感じ」

「そうか! それにしても男子だから背中、ゴツゴツしてんのな! なるほどなるほど……」


 翠玲は優しく僕の背中を洗ってくれる。

 緊張していてもわかる気持ちよさだ。


 たまにわざとなのか、素手で背中をなぞられる。

 そのたびに僕の身体はわずかに動いてしまうのだった。


「おい! ジッとしてないと泡だらけになっちまうぞ?」

「ごめん……気をつけるよ」


 静かな大浴場で、水の滴る音と僕が背中を洗われる音だけが響く。


 それが耐えられなくて、翠玲に話しかけた。


「聞きたいことがあったんだけど……」

「ん? なんだ?」

「なんでその……男子として転入したのかなって。言うのが嫌なら別にいいんだけどさ」

「あぁー、別に大した理由じゃないぞ。タイマンのとき、俺は青霄に近づきたかったって言ったよな?」

「うん」

「で、どうすれば近づけるのかって考えたときに、女子じゃ厳しいと思ったんだ。元から知り合いでもなければ、話しかけても印象に残らないかなって。女子しかいない島なんだからよ。でも男子になっちまえば、それだけで激レアな共通点ができるだろ? で、興味も引ける! 実際、成功したしな!」


 確かに、男子同士だからということで翠玲と過ごす時間は増えた。

 女子として来ていたら、こうはなっていなかったかもしれない。


「……そっか、僕のために。ありがとう」

「い、いいって! 俺が好きでやったことなんだからよ……」


 その言葉と少し早くなった手の動きからは、照れがうかがえた。


 お湯をかけ、泡を流していく。

 温かさがなんとも気持ちいい。


「みんなには話さないの?」

「あぁ。俺と青霄だけの秘密だ! いいだろ、こういうの!」

「ははっ、そうだね」


 窮屈な生活になるとは思うけど、翠玲がそれでいいなら僕は賛成だ。

 彼女が僕のためにしてくれたぶん、それに協力するのが筋だろう。


 そう考えていると、脱衣場のほうで音がする。

 女子の話し声まで聞こえてきた。


「……え?」


 翠玲も耳にしたようで、その手が止まった。


「……おい。今の時間って女子は風呂、終わったはずだろ!?」

「そのはずだよ。どういうこと……? あ! そういえば……」 

「なんだよ? なんかあったのか?」

「お湯が張ってあったんだ、ほら」


 僕はお湯のほうへ指をさす。


「……ホントだ、気づかなかったぞ。ってことはなんだ……点検とか故障とかで時間がズレたのか!?」

「かもしれない……」


 いよいよ女子の声も大きくなってきて、僕らは焦る。


「どこかに隠れないとマズいよ!」

「つっても隠れる場所なんて……」


 二人で辺りをキョロキョロと見回す。

 すると翠玲は声を上げた。


「風呂の中だ! あそこしかない!」

「お風呂の中!? どうやって……」

「いいからこっちに来い!」


 手を引っ張られ、お風呂の前までくる。


「いいか、壁のほうを向いて入るんだ! 顔さえバレなきゃ、俺はただの女子。入ってても問題ないだろ。で、青霄は俺に隠れてくれ」

「す、翠玲に隠れるの!? それは……」

「四の五の言ってる場合じゃないぞ! 辛抱しろ!」

「わ、わかったよ!」

「よしっ、じゃあタオルを置け!」

「う、うん……」


 タオルは湯につけてはいけない。

 背中を見せながら、僕はタオルを取って縁に置いた。

 横目で見ると、翠玲も取ったようで重ねるように置かれている。


 目をぐっと瞑りながら、一緒に浸かる。

 真後ろから翠玲の熱気がやってくる。

 こんなにヤバい状況になるなんて……!


 するとそれと同時に、女子たちも入ってきたのだった。


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