第23話 僕はただのスケベ男子

 翠玲すいれんの初タイマンということもあって、ギャラリーの注目も集まる。


「せいちん、翠玲ちゃんに勝ったらなにする気なのかな~?」

「お尻ペンペンっしょ」

「きゃははっ! お尻おっきいらしいから叩きやすいだろね~!」


 脳天気な観客席とは対照的に、僕らのあいだには緊張感が漂っていた。


 彼女はナイフを6本作り出し、それぞれの両指に3本ずつ挟んだ。

 それを確認して僕が駆け出すと、翠玲も同じようにして駆けてきた。


 縮まる距離、速まる鼓動。


「まずはこうだっ……!!」


 翠玲は両の手からナイフを飛ばしてくる。

 それはまっすぐに飛ぶのではなく、カーブを描くようにしてこちらに向かってきた。


「っ……!」


 空を斬るそれを、身体を捩り、通り過ぎるさまを見ながら避けていった。

 ナイフはフィールドに接すると、爆発物のように煙塵を巻き上げる。


「まだまだぁっ!!」


 彼女は追加でナイフを1本生成すると、それを強く握りしめてぶん投げる。


 光に煌めき、高い音を立てながら推進してくるナイフ。

 僕は枝を握り、それを叩きつけるようにしてぶつけた。


「はぁっ!!」


 枝は当たった部分から先が吹き飛ぶ。

 一方でナイフは軌道を逸らされて、フィールドをえぐりながら突き刺さり爆ぜた。


 翠玲はその様子を見ながら笑い、さらにナイフを2本生成する。


「あ~、はははっ!! まさか、あのと戦えるなんてなぁ! 本当に夢みたいだ……」

「楽しそうでよかったよ」

「……あぁ、本当になぁ!!」


 今度はナイフを持ったまま、僕のほうまで突進してくる。

 その目の動きから、どこを狙ってくるのかを予測した。


「はぁあっー!!」


 空中でナイフを逆手に持ち替えた翠玲は、それぞれ掴んだ刃を振りかざす。


「ぐっ……!」


 僕は彼女の腕を手首の表面で押さえた。

 ジリジリと刃が顔に迫ってくる。


「楽しいけどな、あんたはこんなもんじゃないだろ!? モニター越しに観てたあんたは……どんな奴だって瞬殺してたぞ! なぁ……あの頃の意気を取り戻してくれ! お願いだ……!」

「僕は……なにも変わっちゃいない!!」


 翠玲の腕を思いっきり押し、それぞれを蹴り上げると、ナイフが手から離れて飛んでいく。


 ナイフを失った彼女は、首を横に振りながら僕に訴える。


「……変わったよ、青霄せいしょうは。狐の面越しで表情は見えなかったけどよ、同じ目をしてるとは思えない……。情け容赦ない、クールなあんたはどこにいったんだよ? 女と乳繰り合ってる、ヌルいあんたのままでいいのか!?」


 呆れと憤りを含んだ言葉に、僕は自嘲気味に答える。


「ははっ……クールな僕なんて、最初からいない」

「いたよ!! 俺が憧れたあんたの姿は、夢まぼろしなんかじゃないだろが!」

「いいや、いないんだ。僕は昔から……女の子が大好きなだけの、生ヌルいヤツだよ!」


 僕は嘘を言っているつもりはない。


 芽那ちゃんがいなくなって、お姉ちゃんが病気で倒れた。

 孤独な中、ただ願いを叶えたくてトップだけを見ていたんだ。

 その状況が第三者から見れば冷徹なプレイヤーとして認識されただけで、根っこの部分は今と同じ。

 失望されても仕方ないけど、これが僕のありのままなんだ。


 僕はもう二度と不幸になる気はないから。


 しかし、翠玲は何度も首を横に振る。


「そんなわけない……そんなわけあるかっ!!」


 ナイフを再び生成し、それを真横から顔に突き刺そうとしてくる。


「っ……!」


 僕は腕でガードし、彼女の顔を見る。

 心底、納得のいっていないような表情だ。


「翠玲の憧れた僕に、今の僕が合わせようとしてもできない! 仮にどれだけそうなりたかったとしても、誰もはなれないんだ!」

「うぅっ……くっ」


 翠玲はその言葉に目を開くと、次第に伏し目になった。


 その隙を突いて、僕は彼女の手首を払う。


「なにっ!?」


 驚く彼女を尻目に、宙に浮いたナイフを奪う。

 そして脚を引っ掛けて転ばせ、翠玲をフィールドに押し倒した。


「はっ!」


 彼女の頭の横に、ナイフを突き刺す。

 もう片方は手を伸ばし、動けないようにした。

 翠玲は怯えることもなく、僕の目を見ている。


「なんでトドメを刺さないんだよ……それもヌルさか?」

「違うよ。まだ翠玲と話がしたいと思ったから」

「あははっ、なんだそれ……」


 僕は彼女に馬乗りになり、枝を握る。


「僕はなにも変わってない。けど翠玲は……僕を知って、なにか変わったの?」

「……全部だな。あんたの姿を観て……憧れて。そうしたら近づいてみたくなった。タイマンの腕を上げたくて鍛えた、あんたみたいになるために。この学園にいるって噂に聞いたから転入試験に受かるように勉強した、あんたの隣に立ちたくて。……たぶん、そういうもんなんだろ? 誰かに憧れるってことはさ」

「翠玲……」


 彼女がしてきたことを考えると、首を横に振るのが苦しくなる。

 それほどまでに憧れとは強烈なもの。


 じゃあ僕が憧れた人は?

 ……間違いなくお姉ちゃんだ。

 そう考えると、翠玲の気持ちもさらに理解できる。

 僕はお姉ちゃんと一緒にいたけど、それでも憧れているときは遠くに感じたから。


 その距離を縮めたくて懸命に追いかけ続けたんだ、その背中を。

 ゲームが上手だったお姉ちゃんの名前まで借りて、トップを目指した。

 ゲームができなくなるぐらいに弱ったお姉ちゃんを見て、一緒にゲームを楽しんでいたあの頃に戻って欲しいって常に思っていた。


 ほら、僕だって一緒だったんじゃないか、翠玲と。


 元に戻ってほしいのに現実はどうにもならなくて。

 それがたまらなく苦痛で、押し潰されそうになった。


 でも、今の僕は痛みなんて無縁だ。

 京蓮寺さんのお陰で芽那ちゃんと再会し、福里さんや先生、クラスのみんなと出会えたから。

 苦しさを紛らわせてくれるのは、情けない話だけど僕にとっては女の子の存在だ。


 じゃあ翠玲の胸のうちにあるであろう、やるせなさを紛らわせられるのは。


 僕しかない。


「翠玲、僕は昔の僕にはなれない。だから……今の僕に憧れさせてみせる」

「青霄……」


 彼女の顔が少し弛緩した。


「まぁ、女の子のお尻ばっかり追いかけてるヤツのどこを憧れるんだって話だけどさ! でも、それを帳消しにできるぐらい……カッコいいところを見せられるように努力するよ!」

「あはは、できるのか? そんなこと」

「やってみせる! それに、カッコいいことだけが憧れるものじゃないでしょ? たとえば、楽しそうにしてるのを見せるのだって、僕なら憧れちゃうよ」


 話をしていくほど、翠玲の強張った顔から力が抜けていく。


 そして次第に口元も緩みだした。


「さっきも言ったけど『ベストバウト』を続ける理由はもうない。でも、『タイマンオンライン』を続けて、この島にいるのには理由が……目標があるんだ」

「……目標?」

「そう、学生生活を謳歌することだよ!」

「ふふっ、なんだよそれ」

「京蓮寺さんからの受け売りなんだけどね! 要は楽しむってこと。あの人の真意はわからないけど、少なくとも僕はこれを目標にしようと思うんだ。だから――」


 僕は枝を取り、そのまま彼女の胸のあいだをゆっくりと突き刺した。


「『Gameゲーム setセット matchマッチ』」


 終了のブザーが鳴り響く中、僕は翠玲に微笑みかける。


「学生生活を謳歌するために……翠玲、君にも協力して欲しい。これまで努力してきたものに見合うぐらい、目一杯楽しもう! やりたいことをリストにでもまとめて、全部やってやろうよ! 僕と、みんなと一緒にさ! ね!」


 そう語りかけると、彼女は大きく息を吐いた。

 そして元気に笑う。


「……あははっ! いいぜ。その話、乗った!」

「翠玲! ありがとう……」

「礼を言うのは俺のほうだ。誘ってくれてありがとな! やりたいことか……なんでもいいんだな? 本当にリストに書いちまうぞー?」

「うん! 書けたら見せてよ」


 翠玲の綺麗な笑い顔に引き込まれるようにして、僕まで笑ってしまう。

 やっぱり女の子は笑っているときが一番素敵だ。


 そう思っていると、ミシミシと翠玲の衣服が音を立てる。


「あ」

「……あ」


 察した瞬間、彼女の上の体操着は弾け飛んだ。


 青と白のストライプ柄の大きな下着に包まれた胸が、ブルルンっとまろび出る。

 無理矢理押し込んでいたせいか、揺れが凄まじい。

 なのに形はハチャメチャに綺麗で、息を呑んでしまう。


 隠さないと、と思った瞬間――。


「んぶぶぅっ!?」


 僕は翠玲の胸に抱きしめられていた。

 暴力的なまでに柔らかいそれが、火照った顔をさらに温めてくる。


「す、翠玲っ……!!」

「動くなって……バレちゃう、だろ?」

「そうは言っても……」

「俺が……女の子でビックリしたか?」

「いやっ、そういうことじゃなくて!!」


 ダメだ、身体の力が抜けていく……。

 やっぱり女の子には勝てない。


 すると、翠玲は僕の頭を撫でてきた。


「……昔の青霄に憧れたんだ、きっと今の青霄にはもっと憧れるはずだよな! 今日、俺はその確信が持てた……。あんたは間違いなく、俺の理想の相手だ……」


 優しく彼女に抱かれる一方で、観客席はざわつく。


「あっ! せいちんがまたおっぱいにダイブしてる~! いいなぁ~、ウチもや~り~た~い~!!」

清藤きよふじのやつ……アタシとおんなじぐらいデカいし。てかどうやって隠してたの……」


 なんて女子たちの声を聞きながら、僕は柔らかさに埋もれるのであった。


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