第22話 過ぎ去りし日の姿に憧れて
真面目な顔を見せる
そうなると、注目を集めやすいここで話し続けるのは好ましくないだろう。
僕は彼女に手招きし、フィールドの隅のほうへ向かった。
そして改めて彼女に問う。
「……この島で僕が腐ってるって? なんでそう思うの?」
「自覚がないのか? 先生、それから愛凪ちゃんとの試合……
久々に、ということは僕を以前から知っているのだろうか。
そのことについて聞きたいけど、今は彼女の言い分を聞いてしまおう。
「……だから俺、悔しいんだ! 『ベストバウト』最強の称号、『ヘリテイジ』を持つあんたが! なんだって、こんなおままごとに付き合ってるんだよ!?」
「……誰に聞いたの? 僕が元ヘリテイジだったって。さっきも久々に、って言ってたけど……もしかして島外から来たとか?」
そう問えば、彼女は首を横に振る。
「俺はこの島の人間だ。外の情報はシャットアウトされてるけどな、色々と弄くれば見られるようにはなるんだよ。それで俺は……あんたの存在を知ったんだ」
やっぱり、彼女は僕のことを前から知っていたようだ。
そうなると説明がつくところもある。
名前を知ったのだって、僕がここへ来てからではなかったんだろう。
ただ、そんなことより僕は言いたかったことがった。
「そっか、僕のことを知ってくれてたんだね……ありがとう。でも、どう言われても僕はやめる気はないよ。最初は戸惑ったけど、みんなとゲームするのは……楽しいから」
「青霄……」
翠玲は悔しそうに眉間にシワを寄せる。
「もうベストバウトは無くなっちまったけど、あんたさえその気になれば……またあのゲームを作り直すことだってできるだろう!? 難しい話じゃないはずだ!」
翠玲はそう訴えかけてくる。
でも、僕にその気はなかった。
言葉に出すことなく、目でそれを伝えた。
その意図がわかると、翠玲はぽつりと呟く。
「……アカネ」
その言葉に僕は目を大きく開く。
「あんたが『ベストバウト』で使ってた名前だ。久しぶりに聞いたんじゃないか?」
「そうだね……」
アカネ。
僕のお姉ちゃん、
「狐の面を被っていきなり現れたかと思えば、どいつもこいつもぶっ飛ばして、ヘリテイジにまで上り詰めた最強のプレイヤー。それがアカネだった! 俺も、観客席にいたやつらも全員……その姿に憧れたんだ!」
翠玲の言葉を聞いていると、あの頃の記憶が蘇ってくる。
憧れてくれた人は大勢いた。
でも向けられた視線はそれだけじゃなかった。
僕はそれに苦しんでいたかといえば、そうじゃない。
どんな視線も、あの頃の僕にとっては変わらなかったから。
「アカネっていうカリスマが競技を下りて……ベストバウトの人気も一気になくなって、それで終わったんだろ? だからあんた次第なんだ! あんた次第で……またいくらでもやり直せるんだよ!!」
彼女の言っていることは、認めたくないけど合っている。
結局あのゲームは僕、アカネというプレイヤーのためだけのものだった。
大勢の人と、広大なフィールドで戦っているのに、なぜかとても窮屈に感じた。
「憧れてもらえるのも、喜んでもらえるのも嬉しい。でも僕は、そのために戦ってたわけじゃない。ただ……『ベストバウト』の頂点が欲しかっただけだよ」
「それって……スポンサーが叶えられる範囲内での願望を、一つだけ叶えてくれるっていうあれか?」
「そう。でも、その願望も今はもうないんだ。だから、ああいうのに参加する理由がない。それだけなんだ」
僕の考えを伝えると、翠玲は小さく頷く。
その表情はとても残念そうなものだった。
やがて、彼女の目に再び強い光が宿る。
「じゃあさ……俺とタイマンしてくれよ!!」
隅のほうへ言ったのに、大きな声を聞いて周囲もざわつく。
「……要求は?」
「俺が勝ったら……もう一回『ベストバウト』を作ってくれ! ……俺のためにっ! 参加する理由はそれで十分だろ!?」
翠玲は必死だった。
必死過ぎて、あまりにも独りよがりでむちゃくちゃなことを要求してしまっている。
彼女一人のために、僕をあの場に引きずり出そうとしているのだ。
「……わかった。負けられないね」
でも僕はそれに頷いた。
翠玲に納得してもらうには、経緯はどうあれタイマンでぶつかり合う必要があると感じたから。
上っ面だけじゃなくて、芯まで言葉を響かせてやるんだ。
「青霄が勝ったらどうするんだ?」
「どうしようかな……」
ベストバウトを作れ、なんて無茶な要求を飲むんだ。
ここは少し、こちらもぶっ飛んだものを要求しなければ。
そう考えていると、翠玲に寮を案内したときのことを思い出す。
そこからヒントを得た。
「じゃあ……せ、背中を流してもらおうかな!」
「えっ!? ど、ど、ど、どういうことだよ!? ふ、風呂に一緒に入るってことか!?」
「うん。お安い御用でしょ、男同士……なんだからさ」
「……ま、まぁな!! ははっ、なーんだ……簡単な要求すぎんだろ~」
翠玲は顔を赤くしながら、早口になる。
ごちゃごちゃと遠慮を考えることなく、欲望のままに口にしたこうなった。
自分で言ってて恥ずかしいけど、すごい勝ちたい気持ちが湧き上がってくる。
それに、彼女の表情がまた明るくなってよかった。
僕らは再びフィールドの中央に戻っていく。
スマホに触れ、武器を出した。
「『
もうこの枝も手に馴染んできてしまった。
今じゃ結構頼もしく見えてくる。
「青霄、そんな武器でいいのか? 理事長に頼んで『ベストバウト』で使ってたみたいに――」
「これがいいんだ! 使ってて楽しいんだよ」
「……そっか! ならいいや!」
そう言って、翠玲も同じようにスマホに手をかざす。
「『
発せられた光は小さめで、小型の武器であることがわかる。
やがて光が晴れると、左右それぞれの手に半透明の青白いナイフが握られていた。
「こいつが俺の武器だ! どうだ? カッコいいだろ!」
「そうだね、綺麗だ。個数は無限?」
「あぁ、いくらでも出せるぜ! ほら! ほらぁ!」
手を交差させたりひねったりすると、マジックのようにしてナイフが次々と出現したり消えたりする。
その動きだけで、彼女はタイマンの腕を磨いているのがわかった。
モニターに表示された
やっぱり最初は3からのスタートらしい。
試合を始める前に、僕は彼女に忠告する。
「翠玲!」
「なんだー?」
「『タイマンオンライン』の仕様は知ってると思うけど……これ、服が破けるから!」
「あ……あぁ!! そうだな! 女子に見られるとハズいよな! 気をつけるぜ!」
やや焦ったような反応を見る限り、この仕様のことが頭から抜け落ちていたようだ。
「なにか下に着込んでおいたら、多少はマシになると思うよ」
「いらねーって! 全部避けてやるからよ! あははっ!!」
僕はゲームでは手を抜かない。
だからいつも容赦なく服を爆散させてる。
翠玲が相手だろうと、絶対にそうする自信がある。
彼女の下着がどんなものなのか気になって仕方がなくなってきた。
やっぱり女性用のものをつけているのかな……。
なんてスケベなことを考えると、戦闘に対して大幅にデバフがかかるのが僕だ。
だから今は心を落ち着かせよう。
「そんじゃあ……いくぜ?」
「うん、始めよう!」
僕と翠玲は視線を交わし、モニターが点灯する。
「『
試合開始のアナウンスが鳴り響いた。
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31話以降のお話になります
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