第19話 もう一人の男子

 学校生活にも、島の暮らしにも慣れてきた頃。

 もう暦の上では夏に入りそうだというのに、まだ外には青い桜が咲いている。


 僕も気になってネットで調べたところ、あれは『アオノハジマリ』という品種らしい。

 まったく桜には詳しくないけど、まず間違いなくこの島独自のものだろう。


 本当に不思議な島だなと思いながら、朝のホームルームが始まるのを待つ。


 すると隣に座っている芽那ちゃんが話しかけてきた。


「ねぇねぇ、せいちん! 今日の帰りさぁ、シュークリーム食べに行かない? なんかぁ、商店街のほうにできたらしいよ、新しいお店!」

「そうなんだ、いいね! でも……昨日もクレープ食べたよね? 連続で甘いものでも大丈夫なの?」

「あったりまえー! 甘いものならいくらでも食べちゃえるよ~、きゃははっ」


 芽那ちゃんが朗らかに笑うと、スマホにメッセージが届く。

 福里さんからだ。

 彼女は話せる距離の席じゃないから、こうやって送ってくれることがある。


 いつ連絡先を交換したのかといえば、実は『タイマンオンライン』でタイマンをした相手は、自動的に連絡先へ登録してくれるらしい。

 連絡先を気軽に聞けない僕みたいな人間にとっては、ありがたい機能だ。


 改めてメッセージの内容を見る。


「『アタシも行く。昼は少なめにしときなよ?』」


 そう書かれ、その次にはライオンがクレープを食べるという最適なスタンプが添えられていた。


 僕はそれに笑いそうになりながら返信していると、教室のドアが開く。


「おはよ~う! ようよ~う」


 先生が眠そうに目をこすりながら入ってきた。

 犬が歯磨きしている謎のTシャツを着ている。

 そして教壇に立ち、人差し指を立てて宣言した。


「今日は~、なんと! 転入生がきました~!」

「転入生……」


 僕以来、初めての転入生だ。

 まぁ普通はそんなに頻繁に来るものじゃないと思うけど。

 この汐海しおみ学園以外にもいくつか高校はあるようで、そこからやって来たんだろう。


「しかも~、羽黒ちゃんに次ぐ男の子? らしいよー。ぱちぱちー」

「……えぇ!?」


 唐突な報告に、クラスの僕もみんなも驚愕してざわつく。


 まさか僕以外に男子が転入してくるとは。

 また京蓮寺さんの差し金かと思ったけど、あの人の知り合いって僕以外にいないような気がする。

 本当に失礼な話なんだけど。


 男子だからといって友だちになれるかどうかはわからないものの、互いに希少な存在として話ができるかもしれない。


 なんてことを思って、芽那ちゃんにも話しかけてみる。


「男子の転入生だって。びっくりだね」

「ふーん。それよりさ、見て見て! これさっき言ってたシュークリーム屋さんなんだけど~、この『デラックスイチゴボンバー』っていうのめっちゃ美味しそうじゃな~い?」

「そ、そうだね!」


 そう言って、スマホに映る爆弾のようなシュークリームの画像を見せてきた。


 芽那ちゃんはあんまり、というかまったく興味がなさそうだ。

 女子からしてみれば、そんなもんなんだろうか。


 じゃあ僕が来たときに嫌悪感を示していた福里さんはどうだろう。

 彼女のほうを見てみると……。


「スー、スー……」


 でっかいおっぱいを枕にして寝ていた。

 いや、今は起きとかないとダメでしょと思ったものの、席が遠いから起こすこともできない。

 メッセージを送っても気づかないだろうし。


 再び前を向いて、転入生が入ってくるのを待つ。


「あれぇ? そろそろ時間なんだけどなー? わーし、ちょっと呼んでくるー」


 ドアを開け、キョロキョロと廊下を見渡す先生。

 そして転入生を見つけたのか手を振った。


「おーい! こっちー! そんなんじゃ、弱っちい判定食らっちゃうよ~」


 なんだそれは、と思いながら見ていると、先生と一緒にその子が入ってきた。


「おぉ、あの子が……って、ん?」


 髪は茶色のショートで、背はやっぱり高い。

 目はカラコンなのか金色をしており、チラリと見える白い歯がギザギザとしていた。

 肌は健康的な色で、スポーツをしているのか引き締まっている印象。

 両耳には金色のピアスを開けていた。


 そして僕と同じ、男子用の制服を着ている。


 着ているけど……。


「悪い! 教室間違えちゃってさ! あぁ、俺の名前は清藤 翠玲きよふじ すいれん! 気軽に翠玲って呼んでくれ! 好きな食べもんは牛乳! 得意な教科は体育だな! そうだ、タイマンに自信がある奴は言ってくれ! 俺が相手になるからよ!!」


 すごいフレンドリーで、僕とは比べ物にならない完璧な自己紹介をした清藤……くん。


 でも、僕はある違和感を覚えていた。


 周りを見てみれば、その違和感をみんなも抱いているらしく、歓迎の拍手をしながらも首を傾げていたのだ。


「おぉ! よろしくな!」


 眩しい笑顔で手を振る。


 そして僕の目は確かに捉えたのだ。


 ぷるん、と揺れる……おっぱいを。


「いや……気のせい、かな?」


 何かで押さえつけて誤魔化してはいるけど、薄っすらと膨らみがある。

 声も低かったけど、高2にもなった男子の声かと言われると……難しい。

 そう思って目を凝らすと、まつげも男子にしてはクリクリすぎるし……。


 芽那ちゃんはどう思っているのかと、横を見る。


 すると彼女は口をぽかーんと開けていた。


「せいちん……あの子って」

「……やっぱ、そうだよね?」

「うん。どう見ても……女の子、だと思うよウチ……」


 心が男子、とかいう事情があるならわかる。

 でもきっとそうじゃない。

 だって先生もビックリしているんだから。


 どういう意図があるのかわからないけど、清藤くんは自らを男子と偽ってやって来たんだろう。

 ものすごくバレバレの状況で。


 このクラスの中で男子だと認識しているのは、彼女だけだ。


 やがて席を決めようかと、僕がやって来たときにもした流れになる。

 すると清藤くんと目が合ってしまった。


 彼女はこちらを認識するやいなや、まっすぐ歩いてくる。


「よう! あんたがこの島でたった一人の男子なんだってな?」

「そうだね……。よろしく、清藤くん」

「おいおい! さっき言ったろ? 翠玲って呼んでくれってさぁ!」

「じゃ、じゃあ……翠玲」


 人を下の名前で呼び捨てなんてしたことがなかった。

 でも彼女の陽気オーラに負け、あえなく口にしてしまう。


「そうそう! そう呼んでくれ!」

「うん。……あぁ、僕の名前は――」

「ってことで! よろしくな、青霄せいしょう!!」


 翠玲はそう言ったかと思えば、いきなり肩を組んできた。


 僕の腕にむにゅうっと当たる横の膨らみ。

 これが男の胸なわけあるか!


 しかもめちゃくちゃいい匂いがする。

 香水のようなタイプじゃない、体臭か洗剤由来のものだろう。

 こんな匂いのする男子がいるはずがない。


 そして当たり前のように知られている名前。

 僕はこの島では、唯一の男子として有名だ。

 だからSNSやネットで、顔や名前はあらかた出てしまっている。

 もうプライバシーのない、フリー素材の男と化していたんだ。


「ほら、青霄も肩組もうぜ?」

「僕はちょっと……」


 自称、男子の翠玲とこれから上手くやっていけるんだろうか。

 僕は腕に伝わる柔らかさにドキドキしながら、そう案じるのだった。


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