第17話 小さい先生を看病しよう

 僕は今、胸の高鳴りを感じながら先生の家の前にいる。


 どうしてこうなったのか。


 とある平日。

 授業を受けようと待っていたら、隣のクラスの先生が来た。


 彼女が言うには、僕らの担任である剣田つるぎだ先生が熱を出して休むことになったらしい。

 そして自分が代わりに授業をするものの、半分は自習になると。


 先生の容態が心配だな、なんて思っていると……その隣のクラスの先生が授業後に僕を呼んで、こう言った。


 剣田先生のお見舞いに行ってあげてちょうだい、と。


 なんで僕にそう言ったのかはわからない。

 単にクラスで唯一の男子だから目立ちやすかったからなのかも。

 驚きはしたけど、任せてもらえて嬉しかった。


 それで、僕は自習の時間を早めに切り上げてお見舞いに行くことになったのだ。


 芽那ちゃんも行きたがっていたけど、うつると迷惑をかけてしまうと思って断った。

 でも彼女は行きたいと駄々をこねていたものの、もし僕が風邪を引いたときは看病してと言えば、ものすごく聞き分けのいい子になったのである。

 福里さんにも同行したいと言われたものの、同じ理由で断ったのだった。


 で、先生の家も教えてもらったわけだけど、なんと学校のすぐ近くのアパートだった。

 前に遅刻したときは遠くから来ていたからかと思っていたのに、本当に単なる寝坊だったらしい。


 とにかく、一度コンビニに行って飲み物とレトルトパウチのおかゆを購入して持って行く。

 マスクも忘れずにした。


 お見舞いといっても、女性の家を訪ねるのは緊張する。

 ここへ来て5分、ずっとドアの前でウロウロしていた。

 こんなことをしていたら不審者だと思われる。


 意を決してインターホンを鳴らすと、しばらくして声が返ってくる。


「はーい……なにー」


 掠れた声からして弱っているのがわかる。


「先生? 僕です、羽黒です」

「んえ? 羽黒ちゃん? ちょっと待ってー……」


 ドアが開くと、顔を熱で赤くした先生が出てきた。

 髪もくくっておらず、全部下ろしている。

 目に力が入っておらず、とろんとしてしまっている。


「大丈夫ですか、先生? あの……お見舞いにきました」

「あぁ……ありがと。んぁー……」


 そのまま先生は床で寝そうになる。


「ちょっと! こんなとこで寝ちゃダメですよ……!」


 僕は咄嗟に彼女を抱える。

 その身体から伝わってくる熱は確かに高い。

 高熱ではないものの、大人になれば微熱でも苦しいと聞く。


 ベッドまで運んでいくか悩む。

 このまま許可もなく、勝手に入ってもいいんだろうか。


 でも――。


「迷ってる場合じゃない……!」


 先生をお姫様抱っこし、そのままベッドに連れて行く。

 天蓋付きの小さなプリンセスベッドだ。


 そしてゆっくりと下ろし、布団をかけた。


「んあー……ごめん。わーし、ふらふらー……」

「いいんですよ。病院には行ったんですか?」

「午前中、まだ少し元気だったから行ったよー。たぶん風邪だって……」

「……そうですか。安静にしててください」


 なるほど、午後になって体温が上がってしまったらしい。

 ひとまずは風邪だということで少し安心した。


 目を瞑る先生は、いつものようなハツラツさがない。

 僕を小馬鹿にする元気もなく、悪寒で身を震わせている。

 早く体力を取り戻して、また僕をからかう姿を見せて欲しい。


 部屋を見ると、いかにも女の子って感じの明るいファンシーなレイアウトだ。

 ミニチュアが好きなのか、そういった人形や家具のジオラマが飾られている。

『魔法少女もちもちプリンセス』と書かれたプレートのあるショーケースには、二足歩行をした猫が魔法少女の格好をして、両手で決めポーズを取るフィギュアが飾られていた。


「これが……もちもちプリンセス」


 好きな人は好きなんだろうな、って感じのデザインだ。

 正直結構可愛いと思ってしまった。


 再び先生に目を戻す。

 そこで自分が買ってきたものを思い出した。


「そうだ、水とか買ってきたんですけど飲みますか?」

「うん。喉乾いたー……」

「じゃあちょっとだけ身体起こしますよ」


 先生の小さい背中に手を添え、水が飲める体勢にする。

 彼女は口を少し開け、僕が注ぐのを待っていた。


「……僕がやるんですか?」

「やってー」

「わかりました」


 ペットボトルの蓋を開け、先生の口に近づける。

 実は誰かに飲み物を飲ませるのは初めてじゃない。

 そう、あの焼き肉を三人で食べたときに二人にしたことがあったのだ。


 そのときの経験を元に、先生にも水を飲ませる。


「んはぁ……ありがとー」

「もういいんですか?」

「うん。あんまり飲んだらおしっこ行きたくなっちゃう……」

「それでも飲んだほうがいいですよ。水分補給はしとかないと」

「はーい」


 素直に水をコクコクと飲む先生。

 こうして見ていると、ミニチュアに負けないぐらいお人形さんっぽい可憐さがある。


「なぁに?」

「あっ、いいえ! なんでもないです」


 危うく気づかれるところだった。

 ここは話題を出して誤魔化そう。


「あと、おかゆも買ってきたんですよ。温めるだけのやつですけど。これ、食べますか?」

「そうだね、もうおうかなー……。お腹空いたー」

「じゃあ待っててください、作ってきますから! レンジ借りますね」


 おかゆを用意し、先生の元へ持って行く。


「どうぞ、できました」

「あー」


 先生は口を開け、僕に食べさせろと言わんばかりの目を向けてきた。


「わ、わかりました。食べさせればいいんですよね。ちょっと熱いんで冷ましますよ……」


 フーフーと息を吹きかけていると、その様子をジッと見てくる。

 さっきまではぼやっとしていた目が、妙にシャッキリしているように見えるのは気のせいだろうか。


「よし、これで大丈夫なはず。はい、入れますよー……」

「あーむっ。むぐむぐっ、んあー、おいし」

「よかったです」

「もうひとくち! んあー!」

「はいはい、冷ますんで待ってくださいね」


 変な話、僕には妹はいないけど、いたらこんな感じでお世話をしたのかなと思う。

 性別は逆だけど、亡くなったお姉ちゃんも僕が小さいときはこうやって相手してくれてたから。


 一杯二杯で終わるのかと思いきや、先生はなんと全部平らげた。

 よほどお腹が空いていたらしい。


 そして食べ終わるころには、心なしか彼女の顔色も少し良くなっていた。


「そろそろ『もちプリ』始まるから、羽黒ちゃんも一緒に観ようよ~」

「いいですよ、観ましょう」


 先生に誘われ、『もちプリ』もとい『魔法少女もちもちプリンセス』を視聴することになった。


 ベッドの近くにある椅子に座っていると、先生が声をかけてくる。


「そんなとこじゃ見えないでしょー? こっちに来なさーい!」

「えーっと……ベッドにですか?」

「そうー」


 断ることもできず、先生の座っているベッドに並んで腰掛ける。


 やっぱりこうして並ぶと小ささが際立つ。

 そう思って見ていると、パジャマの胸元が緩んでおり、中が見えそうになってパッと目を逸らした。

 前にお尻ペンペンをしたときに先生の胸が触れたときもそうだったけど、間違いなく下着をつけていない。

 まだその大きさじゃないから、ということなんだろうか。


 邪念を取り払い、アニメを視聴する。

 途中からなので話の展開もよくわからないけど、主人公が猫の女の子ということ以外は、ごくありふれた設定のお話だ。

 でもこのベタな感じが求められているのも理解できる。


 先生はアニメを観ているあいだは口数が少なくなり、ずっと目を輝かせていた。

 間違いなくそれは、少女がプリンセスを見るときの憧憬の目だ。


 アニメが終わると、僕は帰り支度を整える。


「ありがとね、羽黒ちゃん! わーし、お陰さまで元気になったみたいだー!」

「それはなによりです! 明日は来られそうですか?」

「うん! まっかせて! なんかお返し考えとくー!」

「いいですよ、そんな。元気になってくれたらそれで十分です。それに先生とお話できて楽しかったですから」


 そう言うと、先生の顔がほんのり赤くなる。

 それは熱のせい……なわけがない。

 ちょっとキザなことを言い過ぎたかと、ボクまで恥ずかしくなってきた。


 照れ隠しに笑って、ボクはドアを開ける。


「それじゃ、また明日!」

「まったねー!! ばいばーい!」


 先生の元気な声に応じるように頭を下げながら、僕はその場をあとにしたのだった。


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