第16話 焼き肉、間接キス味

 焼肉屋の店員さんは、ただならぬ雰囲気を感じたのか席を外そうとする。


「メニューが決まりましたら、お呼びつけください。それではごゆっくり~!」


 そそくさと出ていき、僕ら三人だけが部屋に取り残される。


「京蓮寺さんっ……!」


 こんなことだろうと思った。

 やっぱり簡単には餌にありつけない。

 僕の今の状況も、どこかしらで見ているのだろう。


 せっかく普通の焼き肉の食べ放題だと思ってきてくれた二人に、まずは謝ることにする。


「その……ごめんね、なんか変なルールがあるみたいで……」

「ウチはまったく問題ないよ~っ! 楽しそうじゃ~んっ! 愛凪ちゃんもそう思うでしょ~?」

「どうだか……」


 芽那ちゃんは待ち切れない様子だけど、福里さんはまだ喜びきれていない。

 そりゃそうだ、誰だってそうなる。

 でも嫌がっているわけでもないみたいだ。


「……てか、どうやって食べんのさ? 箸と皿が一つしかないって……しかも手、使っちゃダメなんだっけ?」

「どうやって食べるって……そりゃ~、ねぇ?」


 舌舐めずりをしながら、僕を見てくる芽那ちゃん。


 この一式で三人が食べようと思ったら、できる方法は二つに限られている。

 一つは箸と皿を回して食べていく方法。

 そしてもう一つは――。


「その……一人が箸を持って、他の二人に……食べさせるしかないんじゃない?」


 おそらくは期待されているのはこっちだ。

 よく言いましたと思っているのが芽那ちゃんの表情から伝わる。


 一方で福里さんは驚愕していた。


「あ、アンタ……マジで言ってんの?」


 彼女は褐色肌でもわかるぐらいに、頬を赤くして戸惑っている。


「嫌だよね、ごめん……!」

「べ、別に嫌とかじゃないって! ……ちょっと、その……ビックリしたってだけ。それしかないんでしょ? だったら……いいよ別に」


 やっぱり嫌ではないらしい。

 なんだかそう言われると嬉しく思ってしまった。


「もちろん、食べさせる係はせいちんだよねぇ~?」

「僕がするの!?」

「当たり前でしょー! 真ん中にいるわけだしさ~」


 もしかして、このことを見越して僕をこのポジションにしたんだろうか。

 それとも単なる考えすぎ……なのかな。


「……と、とりあえず注文しようよ!」

「だね。アタシはどうしよっかな」

「どれもこれも美味しそうで迷っちゃう~! そうだ! ぜーんぶ頼んじゃおー!!」


 各々、食べたい肉を店員さんを呼んで注文する。


 焼肉なんて久しぶりすぎる上に、こんなに高いところに来たこともない。

 なにを注文すればいいのかわからないけど、見た目がいかにも美味しそうなものを頼んでみた。


 しばらくすると、テーブルの上に肉が次々とやってくる。

 カルビ、ホルモン、ロース、ハラミにタンなどなど。

 どれも和牛であり、脂肪がかなりついている。

 ちなみに僕のご飯は並、二人は特盛りだ。


「せいちんは食べさせる係だから~、ウチが焼く係するねー!」

「うん、ありがとう」


 芽那ちゃんは慣れた手つきで肉を網に乗せていく。

 火が熱いのか汗を流しており、胸の近くを伝う汗にドキッとしてしまう。

 こんなところに来てまでスケベなことを考えてしまうとは。

 我ながらどうしようもない男だ。


「よ~し!! 美味しそうに焼けたよ~! 食べよう食べよう!」

「うぉおっ! すごい」

「いいじゃん、うまそう」


 皿にどっさりと乗っていく肉、肉、肉!

 持ち上げるもの重たいぐらいだ。


「あっ、そうだ。エプロンしなきゃ。二人はしないの? 制服、汚れちゃわない?」

「ウチは大丈夫~! 絶対に汚さないしー」

「アタシもいいわ。ファサファサしてくすぐったいじゃん」

「そっか……!」


 結局、僕だけエプロンをつけることになった。

 慣れない食べ方をするんだからつけたほうがいいと思うけど、二人がそう言うなら仕方ない。


「……で、僕が食べさせたらいいんだよね?」

「そうだよ~! まずはタレなしで、ハラミちょうだいっ。あーんっ」


 芽那ちゃんは僕のほうを向いて、口を大きく開けてくる。

 綺麗な舌と歯が見えて……また余計なことを考えそうになった。

 逆のほうにいる福里さんからも視線を感じる。


 そして緊張で震える箸で肉を掴むと、そのまま彼女の口へ持っていった。

 箸が柔らかい唇に挟まれる感覚が、僕の手に伝わってくる。


「あむっ! むぐむぐっ! ん~! おいひぃっ!!」


 芽那ちゃんは手を頬に当てながら、ニコニコしている。


「んふふっ、せいちんにあーんされちゃった~! きゃははっ」


 そう改めて言われると、こっちの顔まで赤くなってしまう。


 昔、芽那ちゃんに同じようにしたこともあった。

 確か、スーパーの試食の……焼き肉。

 彼女はまだあのときのことを覚えているんだろうか。


「じゃあ……次は福里さんに――」

「ちょっと待った~!! 先にせいちんが食べてよ! ね! ねっ!!」


 僕が箸を持つ手をガッチリと掴んできた芽那ちゃん。

 その圧に押されそうになりながらも、福里さんのほうをうかがう。


「フッ……いいよ、先に食べなよ」


 失笑しながら、そう答えてくれた。


「それじゃ、次は僕が……食べるね」

「うんうんうん!!」


 芽那ちゃんが張り切っている理由はわかる。


 間違いなく、間接キス狙いだろう。


 僕だってそれを意識してしまっているから、箸の使い方がいつも以上に下手なんだ。


 カルビを掴みながら、口へ持っていこうとする。

 その真横から、芽那ちゃんが瞬き一つせずに凝視してきた。


「め、芽那ちゃん……気になるんだけど」

「気にしないで気にしないで!! いいよせいちん……そのまま一気にいっちゃってっ!」


 言っても無駄なことを察した僕は、そのままカルビを口に放り込んだ。


「お、美味しいね……うん」


 ダメだ、せっかくいい肉なのに間接キスをしたという事実で味がぼかされてしまう!

 芽那ちゃんの唇、舌、唾液に触れたと思うと、賞味なんてできるはずがない。


 そう思っていると、持っていた箸をひったくられる。


「えっ?」


 パッと横を見ると、芽那ちゃんが箸に吸い付いていた。


「これがせいちんの味っ、せいちんの味ぃいいっ!! むぐむぐっ!! せいちんエキスうっまっ! うまうまうまっ!! ちゅちゅうううっ!! むほほほほぉっ!」

「おい!? キモいことすんのやめろ芽那っ! それアタシも使うんだけど!?」

「愛凪ちゃんには悪いけどっ、ちゅうちゅう……! こればっかりは譲れないから!! せいちんの涎の味だけでご飯全部食べられちゃうっ……!! バクバクバク!」

「め、芽那ちゃん! 恥ずかしいからやめてー!」


 芽那ちゃんは暴走し、僕の箸をねぶりながらご飯をかっ食らう。

 完全に彼女の目はおかしくなっていた。


「福里さんがまだ食べてないから! 悪いけど返してもらうよ!」

「うぁあああっ! やめて~!」


 なんとか芽那ちゃんから箸を奪還することに成功する。


「うぇっ……芽那の涎まみれでぐちょぐちょだ。羽黒、それなんとかしてよ」

「な、なんとかって言われても……」


 拭くものもないし困った。


「せいちん、そのままパックンってしていいよ!? ウチ、心の準備できてますっ!」

「……しないってば!」


 さすがにこのまま口に含むわけにもいかず、とりあえずホルモンでも食べることにする。

 そうすれば芽那ちゃんの涎を意識しなくて済む……わけないか。


 またもや彼女に凝視されながら、ホルモンを口に運んだ。


「……お、美味しいけどさ……」


 明らかにホルモンではない、ねっとりとした感触とほのかに甘い味もする。


「んはー!! せいちんがウチと間接キスー!! やばやばやばやばー!! ウチの身体の一部がせいちんの中にぃい! 逆も然りぃいい! ひゃあああっ!」


 僕も男だし悪い気はしない。

 むしろ嬉しいとさえ思う。


 でもこんな状況、恥ずかしがらずにはいられない!


 赤面しながら、福里さんに顔を向ける。


「……お、お待たせ、福里さんっ! なにがいい?」

「じゃ……ロースいっとくかー。タレつけといて」

「オッケー……」


 注文のとおりにタレをつける。


 そして福里さんのほうを見ると、彼女は無言のまま目を逸らしながら口を開けていた。


「はい……」

「んむっ……」


 箸が唇、そして舌にも当たる感触がした。


 しかしそのまま箸を引こうとするも、動かない。


 なんと彼女は緊張からか、箸を唇でホールドしていたのだった。


「ふ、福里さん? 箸、離してもらえる?」

「……ん? あぁ!! ご、ごめん……」


 そのやり取りを見て、すかさず芽那ちゃんが口を挟んでくる。


「愛凪ちゃんも、せいちんの味が好きなんでしょ~?」

「ばっ、バカ言ってんじゃないっての! アンタみたいな変態と一緒にすんな!」

「変態じゃないもーんっ! 乙女だもーん」


 微笑ましい言い争いをしているあいだに、僕はウインナーを取る。

 焼肉屋のウインナーは美味しいという話をネットで見たことがあったからだ。


 食べる寸前、また意識してしまう。

 今度は福里さんと……間接キスだ。


 そのことで頭をいっぱいにしながら、ウインナーを頬張った。


「……うん」


 噂どおり美味しい。

 パリッとした皮、ジューシーな中身。

 でもやっぱり福里さんのことで味に集中できない。


 僕は二人と間接キスをしてしまった。

 二人もまた、僕と……。


 どうもすごくいけないことをしている気分になる。

 でも、どこかそれが心地よくて……。


「せいちん! 次はウチだよっ、あーんっ!」

「羽黒、アタシも食べたいんだけど。あー!」

「わかったから順番! 順番にするから!」


 その後も雛に餌を与える親鳥のごとく、僕は二人の口の中に肉を放り込み続けた。


 意味不明なルールの食べ放題だったけど、結果的に僕らの仲は縮まった気がする。


 とはいえ、かなり不純な縮まり方だ。

 間接キスで仲良くなろうなんて……友だちの距離感でするもんじゃないはず。

 でも僕が今、楽しいと、満ち足りていると思えているのは間違いない。


 そうだ、いつだってそうなんだ。


 だから僕は、京蓮寺さんに振り回されるのをやめられないんだ。


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