第15話 肉食女子たちと焼き肉へ……?

 ある日の昼休み。

 僕は芽那ちゃんと福里さんと一緒に、購買で買ったお昼ごはんを中庭のベンチで食べていた。


「なんかさー、購買のご飯も美味しいんだけどさー、毎日だと飽きるよねー?」

「まぁね。てか、芽那って料理作れたっけ?」

「作れるよー! 得意料理はふわとろオムライスー! せいちんにも食べて欲しいな~!」

「いいね、美味しそう!」

「いっぱい愛を込めてぇ、ケチャップでメッセージ書いてあげる~! きゃははっ」


 無邪気に笑う芽那ちゃん。

 食堂は勝手には使えないものの、いつかご馳走になりたいな。


 そう思っていると、僕のスマホに着信がくる。

 ディスプレイを見れば、京蓮寺さんからだった。


「ごめん、ちょっと電話!」


 席を外し、通話に出る。


「……京蓮寺さん?」

「やぁやぁ、久しぶりー! 元気にしてたかな? ま、全部見てるけどねー!」


 相変わらずテンションの高い声を聞いて、僕は安心したような不安になったような、なんともいえない気分になる。


「元気ですよ、毎日タイマンするぐらいには。それで……用件はなんですか?」

「用がないと電話しちゃダメなのか~い?」

「そういうわけじゃないですよ。でも、京蓮寺さんから連絡してくるときって、いつもそうだったじゃないですか」

「それは確かに!!」


『ベストバウト』で選手をしていたときからそう。

 連絡が来るときは、決まって何かをさせられる。

 そして大抵ロクでもないこと……のように見えて、僕のためになっていることだった。


「キミたち、昼ごはんにかかわらず、出される料理に飽きたなー! なんて思ってたでしょう?」

「そうですね……ていうか、それも聞いてたんですよね?」

「まぁまぁ! それはいいとしてさ、そんなキミたちにディナーをご馳走しようと思ってね!」

「ディナー、ですか? ディナーを賭けてタイマンをする……みたいなことですよね?」

「違う違う! これはキュウちゃんからの些細な感謝の気持ちさー! キミには苦労をかけているからねっ!」


 二つ返事をしてしまうのは、ちょっと怖い。

 なんの見返りもなく、京蓮寺さんがディナーをプレゼントしてくれるはずがないからだ。


 それより、僕は聞いておきたかったことを思い出す。


「先に聞かせてください……この島から出るには、具体的にどうすればいいんです? タイマンを勝ち続けても出られないとなると、もう卒業するまで無理ってことですよね?」

「いやいや、そんなことはないよ! キュウちゃんの手紙に、『転入生として振る舞えば』って書いてたでしょ? ならキミはもうクリアしてるじゃないか、その条件を」

「じゃあ……」

「あぁ、いつでもここを出てもらっても構わない。担任の千咲クンに打診すればとおるはずだ」


 先生に言えば、僕は元の生活に戻れる。


 そう聞かされても、なぜかホッとしなかった。

 喜ぶべきはずのことなのに、微塵もそんな気になれない。


「どうしたんだい? 黙りこくって」


 僕の心を見透かしたかのように、京蓮寺さんは優しげな声で聞いてくる。 


「……卑怯ですよ、こんなの。僕がもうこの島に愛着が湧いてるって知ってるから、連絡を寄越したんでしょ?」

「ワハハっ! バレちゃったかー! キミなら我がジングウじまを気に入ってくれると思ったよ!」


 まんまと京蓮寺さんの罠にハマってしまった。


 ここにいろと動きを実際に縛られるより、僕にとって第二の故郷のようにしてしまったほうが、ずっと身動きが取れなくなることを彼女は知っているんだ。


「それに……僕を景品扱いするのは、目的じゃなくて手段ですよね? この島に僕を留まらせて、なにをさせたいんですか?」

「キュウちゃんはね……キミが学生生活を謳歌してくれれば、それでいいのさ!」


 とてもそうには思えない。

 学生生活なら島外ですでにしていたわけだし。


 たぶん、まだ本当のことは教えてくれない。

 これ以上質問しても、堂々巡りが待っているだけだ。


「……わかりました。じゃあ謳歌させてもらいますよ!」

「あぁ、その意気さ! ディナーのチケットはもう手配済みだ。千咲クンから受け取ってくれたまえー」

「ありがとうございます」

「あと……」


 京蓮寺さんは声を潜めて話し出す。


「ブレザーの背中部分……盗聴器が仕掛けられているよ? しかもかなり精巧なのが。もしかして手作りかな? いいねぇ! 愛されてる!」

「……っ!?」


 僕はゆっくりと芽那ちゃんのほうを振り返る。


 彼女は福里さんと話しているが、なぜか目だけはこちらを見ていた。

 軽く……いや、かなりホラーだ。


 唾を飲み込み、電話に戻る。


「忠告、感謝します……」

「なーに、礼には及ばんさ! スペシャルなディナーを楽しめますように。それじゃあ、チャオ~!」


 そう言って電話は切れた。


 僕は彼女らのもとへ戻る。


「せいちん、長電話だったねー!」

「あぁ、うん。京蓮寺さんからだったよ。なんでも食事のチケットくれるらしくて……よかったら放課後、三人で行かない?」

「いいねー! 行こ行こー!! ありがとう、せいちーんっ!」

「アタシも行きたいけど、なに屋なの?」

「それはまだわからないんだよね……」

「マジか」


 チケットを受け取るまではわからない。

 変な場所ではないことを祈ろう。


 そして期待と不安のなか授業が終わり、先生からチケットを受け取る。


「理事長ちゃんから羽黒ちゃんにーって。はい、これあげるー」

「ありがとうございます」


 受け取って中身を見ると、焼き肉の食べ放題と書いてあった。

 よかった、ちゃんとしてる感じの店だ。


 それをすぐに二人にも報告する。


「見て! 焼き肉だって!」

「おぉ~! 最高じゃーんっ! いっぱい食べようね!」


 芽那ちゃんは胸が上下に激しく弾むくらいに嬉しそうにはしゃぐ。

 一方で福里さんは封筒の中のチケットを取り出した。


「店の名前はー……『お隣の肉子にくこさん』か、いいじゃん」

「そうなの? 有名な店?」

「アタシは行ったことないけど、そこそこたっかい肉が売ってるらしいよ。行ってみたかったからラッキーだわ。ありがとね」


 福里さんが優しく微笑んで感謝してくれると、なんかドキンとしてしまった。

 尖ってた彼女を知っていると、あのときと比べてしまう。


「楽しみだな……」


 僕らはまだ見ぬ高級焼肉への期待を胸に馳せるのだった。


 ・・・・・・・・・・・・・・


 そして三人で『お隣の肉子さん』とかいう店を訪れる。


 場所は商店街の近くで、少し路地裏になっている場所。

 隠れた名店、みたいな扱いなのかもしれない。


 さっそく入ると肉の焼けた香ばしい匂いが漂ってくる。

 それだけでもうお腹が鳴りそうだ。


 入店するやいなや、席に案内される。

 どうやら個室になっているようだ。

 目の前に網があり、そこで焼けるようになっていた。


 でも三人なのに向かい合うような形の席じゃない。

 横並びで、前は壁になっている作りだ。


「えーっと……どうやって座ろっか?」

「ウチはせいちんの隣ならどこでもいいでーすっ!!」

「だってさ。じゃ、アンタが真ん中でいいんじゃない?」

「そう……だね」


 芽那ちゃんと隣り合うだけなら、彼女が真ん中でも成立するはず。

 でも福里さんは僕が真ん中に来るように言った。

 深読みかもしれないけど、なんだか嬉しい。


 席につくと、左右を芽那ちゃんと福里さんに挟まれる。

 僕は真ん中で縮こまっていた。

 肌が少し動くと当たるし、近すぎて熱も感じる。

 高い店らしいけど、これで肉の味がわかるんだろうか……。


 なんてことを思っていると、メニューが運ばれてくる。


 さぁ注文するぞ、と思ったとき。

 店員さんが紙を渡してきた。


「このたびは『三位一体さんみいったい! 食べ放題チャレンジ!』コースを注文いただき、ありがとうございます!」

「……さ、三位一体……?」


 なんだそのコース名は。

 チケットには食べ放題としか書いていなかったはず。


 僕らはキョトンとしてしまう。


「はい! こちら三人一組になっていただきまして――」


 店員さんは皿と箸を一つ差し出してきた。


「こちらで一人が食べていただき、残りのお二人は手を一切使うことなく食べていただきます!」

「手を使わないって、どうやって……」

「それは……ふふっ」


 意味深な店員さんの笑顔。


 ほどなくして僕は、左右から筆舌に尽くし難い圧を感じるのであった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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