第13話 お尻ペンペンを賭けた戦い

 学校に登校するのは、いつも芽那ちゃんと一緒だ。

 といっても、寮から学校までは1分もかからないけど。


 教室に入ると、芽那ちゃんは元気よくみんなに挨拶する。


「おっはよ~!!」

「おはー」

「今日も元気だねぇー」


 そう彼女らは返す。


 芽那ちゃんの元気さを見習うべく、僕も挨拶をしていた。


「おはよう……!」


 すると少しばかりの静寂がやってくる。

 それから返事がくるのだ。


「おはよー」

「はよはよー……」


 やっぱり挨拶を返してもらえるのは嬉しい。

 前にいた学校じゃ、そもそも自分から挨拶をすることもなかった。

 あのときからやっておけばよかったな。


 そう思っていると、後ろから声がかかる。


「おはよ」

「あ、福里さん! おはよう」


 挨拶をしてくれたのは福里さん。

 最初は声をかけてくることもなかったけど、今ではこうして挨拶までしてくれるようになった。


 その様子を見て、芽那ちゃんはジト目になる。


「えっ、ちょっとなになにー!? 愛凪らなちゃんとなんかあったー!? いつの間にか仲良くなってなーい?」

「えーっと……あはは」


 苦笑いする僕に聞いても無駄だとわかったのか、今度は福里さんに詰め寄った。


「愛凪ちゃん、せいちんにえっちなことでもしたんでしょー!」

「ハァ? アンタじゃあるまいし……アタシ、なんもしてないよね?」


 福里さんは僕に振ってきた。


「う、うん! そうだね」

「ふーん? まぁせいちんが言うなら……そうなのかなぁ? あっ、でも二人でなにかするってときは、ウチも呼んでよー?」

「呼ぶよ、大丈夫」


 そう言うと、芽那ちゃんは納得してくれたようだ。

 福里さんと遊びに行ったりしたぶん、芽那ちゃんとも島を歩いてみたい。

 それにはまず、真面目にテストを受けてもらうことからだけど……!


 いつもどおり授業が始まるのを待つ。

 しかし、定刻を過ぎても先生が来ない。


「あれ……? 先生来ないね」

「最近はなかったけど、先生よく遅刻するからねー! きゃははっ」

「あはは、そうなんだ」


 まぁ、遅刻ぐらい誰でもする。

 僕らは寮から近いのもあって余裕があるけど、先生はそうもいかないんだろう。


 しばらく待っていると、ドタドタと廊下を走る音が聞こえてくる。

 そして息を切らした先生が入ってきた。


「はひー!! わーし、寝坊しちゃったよー! ごめんごめーん」


 顔を真赤にした先生は、なんとパジャマ姿だった。

 普段着と同じく、女児用。

 イヌとネコの可愛らしい絵が描かれたものだ。

 いつもみたいにツインテールをしておらず、ヘアバンドでとめている。


「ひぃひぃ! えーっと、一時間目はなんだっけー……数学ぅ?」


 先生は息を荒げながらデカいカバンをゴソゴソと探り、教科書を探す。


 この学校は、普通の高校のように教科ごとに先生が変わるようなものではない。

 全教科、クラスの担任が行うことになっている。


「ない! ない! なーい!! んあーぅ、教科書も忘れちゃったよー! んー、どうしよー」


 慌てすぎて何もかも家に置いてきてしまったようだ。

 みんなはその様子を見て微笑んでいた。


 大変そうだなぁと思って眺めていると、なぜか先生の目が僕と合う。


「……そうだ! 決めた! じゃあ……今から、タイマンの時間にしまーす!」


 その言葉に、みんながざわめく。

 本来今日はタイマンのない日だからだ。


 芽那ちゃんも驚いており、僕に慌てて話しかけてくる。


「タイマンだってー! せいちん、体操服持ってきたー?」

「持ってきてないよ。寮に置いたまま!」

「だよねー! 制服のままするのかなー?」


 ざわざわとしていると、先生が声を上げた。


「静かにしなさーい! 心配しなくても大丈夫ー! 今日戦うのは~……わーしと羽黒ちゃんだからー!!」

「……えぇ!?」


 僕もみんなも驚く。


 先生がタイマンをするなんて。

 ……というか、僕はやっぱり制服のまま参戦なのかな。

 先生、僕が全然大丈夫じゃない気がするんですが。


 困惑していると、いつの間にか先生が目の前まで来ていた。

 そして耳打ちする。


「羽黒ちゃん、ここはわーしを助けると思って……お願い!」


 そう切実に頼まれてしまっては、僕も断ることができない。


「……わかりました。やりましょう」

「いやっほーい! さっすが羽黒ちゃーんっ」

「でも……要求は考えてるんですか?」

「要求? えー……んーっとねー……」


 先生は腕を組んで考えている。

 やっぱりなにも考えていなかったようだ。


 ひとしきり考えると、手をパンっと叩いた。


「決めたっ! わーしが勝ったら、お尻ペンペンする!」

「えっ!? ぼ、僕に……ですか?」

「うん!」


 その意味不明な要求を聞いて、周りのみんなはなぜか興奮したように見てきた。

 まずい。

 この場にいる者全員が、僕のお尻を狙っている。


 期待されている中で悪いけど、そんなの絶対に嫌だ!


 いきなりのことで僕も要求を考えておらず、そっくりそのまま返すことにした。


「じゃあ……僕も同じで! もし僕が勝ったら、先生のお尻……ペンペンします」

「いいよー! わーし負けないもーんっ! 羽黒ちゃんってぇ、強いっていってもお子ちゃまのあいだだけでしょー? 井の中のかわず大海たいかいを知らず……だよ? 大人の強さ見せてあげるんだからー、ニュフフッ!」


 僕の胸をツンツンと突きながら、なぞに挑発してくる先生。

 俄然、勝ちたくなってきた。


 早速アプリを起動し、みんなを観客席に招いて移動する。


 光が晴れてフィールドに到着するも、いつもよりかなり広い。

 通常のものがバスケットコートぐらいの広さなのに、ここはサッカースタジアムぐらいの広さがありそうだ。


 とりあえず僕はモニターを確認した。


 先生の名前が『Chisakiチサキ Tsurugidaツルギダ』とローマ字で表記されている。

 これまで僕は『先生』とばかり呼んでいたけど、これが彼女の名前。

 漢字では剣田千咲つるぎだ ちさきと表記される。

 先生の名前は転入したゴタゴタで自己紹介もしてもらえてなかったけど、この名前はクラス通信でしったのだ。


 ちなみにTierは表記なし。

 先生はプレイヤーではなく、あくまでも監督として登録されているようだ。

 この特殊なフィールドも、訓練用みたいな扱いなんだろうか。


 それにしてもこれからバトルするというのに、片やパジャマ、片や制服。

 こんな適当加減で大丈夫なんだろうか。


 僕はスマホに触れ、いつもの枝を取り出す。


「『Ordnanceオードナンス』」


 その枝を見て、先生は指をさして笑う。


「ニュフフッ! 相変わらずちっさ~! そんな弱っちいのでわーしを倒せるのー? わーしはみんなみたいに簡単に後ろを取られないよー?」

「ははっ……。じゃあ正面から戦うしかなさそうですね」


 わざと僕を挑発しているのか、先生の元からの性格なのか今ひとつ判断に困る。

 どのみち、冷静になれば大丈夫だ。


「わーしのとっておきを見て、ひっくり返っちゃダメだよー!!」


 先生はそう期待を煽り、スマホに手をかざした。


「『Ordnanceオードナンス』」


 その小さい体が、大きな光に包まれる。


 光は収束するどころか、より増していく。


「なんだ……?」


 クラスのみんなも先生の武器は見たことがないのか、目を見開いていた。


 やがて僕より低い場所から聞こえていた先生の声が、遥か上空から聞こえてくる。


 光が晴れると、そこにいたのは街で見かけるロボット『ルーテナント』のさらに何倍もある巨大ロボであった。


「ぬわーっはっはっはああ!! みんなちっさ~! ダンゴムシみたいだねぇ!!」

「……先生、それって」

「よくぞ聞いてくれたわね、羽黒ちゃん! この完全無欠のロボットの名前は~『魔法超人カチカチクライシス』よー!」

「ぱ、パクリ……?」

「パクリじゃぬわぁああいい!!」


 明らかに彼女の好きなアニメ『魔法少女もちもちプリンセス』の名前を拝借したロボは、名前こそおふざけだが、性能は見るからに高い。


 通常のルーテナントととは違い、右肩にミサイルポッドらしきものがある。

 そして右手にはレーザー兵器らしきもの、左手は人の手を模したマニピュレーターになっていた。

 一方でキャタピラはそのまま。

 最新型のようにホバー移動できるのかは現時点では不明。


 ルーテナントも女性っぽいデザインをしていたが、これはさらに女性っぽい。

 なにしろ胸の部分の膨らみが、かなり増していたのだ。

 正直、エロスを感じてしまうほどのリアルさがある。


 なんてことを考えていると、先生の声が聞こえてくる。


「羽黒ちゃーん、最後に言うことあるー? 踏み潰しちゃう前に聞いてあげるよー? ニュフフッ」

「負けたら本当にお尻ペンペンさせてもらいますからね! いいですか!」

「ふーん! 負けないもーんだ! それじゃあ、いっくよー!!」


 カチカチクライシスの目が赤く光り、大きな駆動音を出して起動した。


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