第10話 負けてもご褒美

 僕が芽那ちゃんに負けた結果、まずくなるだろうと考えられることは大きく分けて二つある。


 まずは負けてしまい、彼女のモノになってしまったこと。

 なにをされてしまうのかハラハラする。

 でも……ちょっと楽しみかもしれない。


 そしてもう一つは、みんなの前で負けてしまったこと。

 僕に対する攻略法を知られたのだ。


 彼女らはいわば、肉に飢えた獣。

 そんな獣を相手に、獲物を一発で仕留められる方法を教えたら……。

 もうどうなるのかは想像に難くない。


 負けた僕を見ている福里さんは、目を点にしていた。

 勝者である芽那ちゃんは、彼女の顔を見て話す。


「これがせいちんの攻略法、ってわけ……きゃははっ。ほら、見てよ~……すっごい大人しくなっちゃてるでしょ~? 愛凪らなちゃんもこうすれば勝てるよ~?」

「……ハッ、アタシはそんなもんに頼んないから」

「ふーん、そっか~。じゃあウチが独り占めするだけだもんねぇ~!」


 ギュウっと抱きしめてくる。

 彼女の優しい匂いが鼻にやってきて、身体から力が抜けてしまいそうだ。

 しかもあまりにくっつきすぎて、胸に僕の汗がついてしまった。


 僕は顔を出し、芽那ちゃんに恐る恐る聞く。


「芽那ちゃんのモノになるって……具体的にはどうなることなの?」

「その言葉のとおりだよ? ウチが言ったことは絶対にしなきゃいけないの。そうだなぁ……まず最初に、せいちんが愛凪ちゃんにする要求、ウチが考えたげるっ」

「えぇっ!?」


 僕が驚いたのと同じように、福里さんも反応する。


 これは厳しい。

 単に僕にアレをしろコレをしろと命じられるほうがまだマシだ。

 こんなことなら福里さんに勝った時点で、さっさと何でもいいから言っておくべきだった。


 でも、もう遅い。

 戦々恐々としながら、芽那ちゃんが何を言うのかを待つ。


「とりあえず~、愛凪ちゃんこっち来てよ! あぁ、みんなも一緒にねぇ~!」


 芽那ちゃんはギャルたちを手招きし、フィールドに招待する。


 僕が彼女に抱きしめられているのを、みんなに間近で見られている状態になってしまった。

 そして彼女らは口々に感想を言う。


「おっぱいに顔が埋まってる~、やばー!」

「ねー、耳まで真っ赤だっ! やっぱり恥ずかしいのかなー?」

「私もやってみたいなぁ……男子ってどんな感触するんだろ?」


 恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい!


 ただでさえ抱きしめられて恥ずかしいのに、衆人環視の状況で口にされるとさらに羞恥が高まってくる。


 そんな中、芽那ちゃんは僕に語りかけてきた。


「そんじゃ、せいちん。あっち向いてくれるー? もちろん、頭はおっぱいに預けてねー?」

「な、何するの……?」

「いいから、いいからー! きゃははっ」


 不審に思いながらも、僕はみんなに赤くなった顔を見せる。


 四方八方から大きな彼女らが見下ろしてきて、鼻の下を伸ばしていた。

 日焼け止め混じりの女の子の匂いがギュッと一箇所に集まっていて、呼吸をすることさえはばかられてしまう。


「よ~し、それじゃ……愛凪ちゃんっ! せいちんのー……服、脱がせてあげて?」

「……は、ハァ!?」


 福里さんは頬を染め、驚いている。

 僕も開いた口が塞がらない。


「いいよね、せいちん? これが愛凪ちゃんにタイマンで勝ったご褒美で」

「僕に……拒否権はあるの?」

「ないよっ! きゃははっ」


 僕の頭を撫でながら、福里さんに申し訳なさが伝わるような顔をする。

 彼女もそれを察したのか、小さく息を吐いた。


「まぁ……それが命令っていうなら、やるしかないけど」


 福里さんは一歩前へ出て、僕の真ん前に立つ。

 でっかい芽那ちゃんと、でっかい福里さんに挟まれてしまった。

 身体の熱が上がってくるのがわかる。


「じゃ……脱がすから」

「うん……」


 体操服に手をかけられる。

 福里さんの手が肌に触れ、思わず身体を引こうとすると、芽那ちゃんの胸に頭がのめり込んでしまった。


「だーめ、せいちん。ジッとしてなきゃ~」


 彼女は胸を張り、僕を前に突き出す。

 その様子を見て、周りのギャルたちにクスクスと笑われた。


 一方で、ゆっくりと服を上げていく福里さん。

 その手は少し震えている。


「その……腕、上げてくんない?」

「わ、わかった……」


 バンザイをする形になり、そのまま上の服を脱がされてしまった。

 残ったのはシャツだけだ。


「愛凪ちゃん、これも脱がせちゃおっか」

「これも!? ……アンタはいいの? 羽黒……?」


 僕はもう一思いにしてくれと、頷く。

 そしてみんなが見ている中、僕のシャツは福里さんに脱がされた。


 その瞬間、歓声が上がる。


「おぉ~! これが男子かー!」

「教科書で見たのと似てる~!」

「やっぱり胸はないんだねー、おもしろー」


 初めて見るであろう生の男の身体に、ギャラリーは沸き立っているみたいだ。

 めちゃくちゃ恥ずかしい。

 なんなのこの状況は!?


 福里さんも目を見開き、視線を上下させていた。


「男って……こんな感じ、なんだ……」

「ウチも見ーちゃおっ……おぉっ! ほほほっ……男の子って筋肉が目立つんだねぇ。は~えっちだなぁ……」


 芽那ちゃんと福里さんに、前と後ろからジロジロと見られる。

 恥ずかしすぎて心臓が飛び出そうだ。


「次は~、触っちゃうね?」

「さ、触るの!?」

「当然っ! そのために脱いでもらったんだから~」


 芽那ちゃんの発言に、ギャルたちの鼻息が荒くなるのを感じた。


「まずはウチから~……ぴとっ」

「うっ……!」


 優しくお腹を触られる。

 その長い指は、別に浮いていない腹筋へ沿うように動かされた。

 ヘソを触ってきたり、指を少し食い込ませたりもしてくる。


 その様子を福里さんも興味深そうに見ていた。


「芽那……ど、どんな感じすんの?」

「愛凪ちゃんも気になるんだー?」

「あ、アタシは別に……」


 福里さんは俯くも、気になるのか目を逸らしきれていない。


「やっぱり、ちょっとゴツゴツしてるのかなー? ちょっと押したら硬いし~、ウチらよりは確実に筋肉が多いなって感じー」

「そ、そうなんだ……ふーん」


 指で撫で回しながら、みんなに見えるようにして説明されてしまう。

 こんなことになるなら、もっと鍛えておくべきだった。

 普通に贅肉がついてて恥ずかしい。


「愛凪ちゃんも触ってみなって~! 好きなとこ触っていいよ~」


 そう言われた福里さんは、僕の顔を見てくる。

 気まずくてつい目を逸らしてしまった。


「しょうがない……よね。命令なんだし……」


 福里さんは言い訳をするように呟き、その綺麗な手を僕の胸に置いた。

 手も僕よりずっと大きい。


 この跳ね上がっている心臓の動きが、すべて彼女に伝わっているんだ。


「こ、こんな感じか……なるほどね。まぁ、想像どおり……って感じ」


 ただ手を置いているように見えて、彼女の指は若干動いていた。

 脇の下のほうまで指がチョロチョロと伸びている。

 口数も少なくなり、目がすごい真剣になっていた。


 芽那ちゃんにお腹を、福里さんに胸を触られる。

 そしてそれを大勢のギャルたちに見られる。


 油断していると気絶しかねない状況だ。


 でもそんな中で、ちょっと意外だったことがある。


 それは、芽那ちゃんの今の性格を考えれば、他の女子に触らせたり見せたりなんてしないと思っていたことだ。

 独り占めをしたい、みたいな雰囲気を出していたのに、実際にはみんなとシェアするような形になっている。

 これは一体、どういう心境なんだろうか。


 まだまだ芽那ちゃんのことを、僕はきっとなにも知らないんだろう。


 そんな中、遠くから声がかかる。


「お~い! 南島なしまちゃんたち~! なーにやーってーるのー?」


 その小学生みたいな声は、先生のものだった。

 タイマンオンラインは授業という位置づけだけど、先生は特に僕らに対して指導しない。

 生徒を監督……というか先生はスマホでアニメを観ているだけだった。


「せいちんで遊んでるところでーすっ!!」

「そうなんだー? わーしも興味あるけど……そろそろ授業終わるから片付けなさーい!」


 仮にも自分の持つクラスの男子が半裸に剥かれて触られまくっているのに「そうなんだ」で済ませるという適当ぶり。

 先生……勘弁してください。


「……だってさ! 助かったね、せいちんっ」

「助かった……のかな」


 もし先生が声をかけてこなかったら、僕はどうなっていたんだろう。

 本当にいくところまでいっていた……のかもしれない。


 ホッと胸を撫で下ろしながらも、僕はまだ胸を触ってくる福里さんに話しかける。


「……福里さん? あのー……戻らないと」

「……ハッ!? わ、わかってるっての! ……あー、よかったよかった。やっと自由だわー……」


 手を名残惜しそうに離し、熱くなった顔を扇ぎながら他のギャルたちと一緒に戻っていった。


 すると、芽那ちゃんが耳元で囁く。


「……ねぇねぇ、気持ちよかった? ウチら二人に触られて……女の子たちに見られて」

「そ、それは……」

「いいんだよ、正直になって。ウチはせいちんがしたいこと……なーんでも叶えてあげるからね」


 そう優しい声で告げられ、僕は不覚にも思ってしまった。


 負けるのも悪くない……かも、って。


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