第7話 彼女からは逃れられない

 なんと部屋の同居人は芽那ちゃんだった。

 僕は事態が飲み込めずに、口をポカーンと開けてしまう。


「あれ? せいちん大丈夫ー?」

「……いいの? 芽那ちゃんは僕と一緒で」

「そんなの当たり前じゃーん! 言ったでしょ、愛の巣って」


 妖しげな瞳で笑いかけてくる。

 この目で語りかけられると、心臓が鷲掴みにされたような気分になってしまう。


 教室の席だって隣、寮も一緒の部屋。

 そんな偶然あるのだろうか。


 半信半疑のまま、僕は今一度部屋を見渡す。


 左右で空間があり、それぞれベッドに机が置かれ、上方の壁には物を置く棚がある。

 そして中央にはカーテンが引かれていて、これで互いの領域を分けているみたいだ。


 すると、芽那ちゃんがそのカーテンを勢いよく開ける。


「……これ、いらないよね?」

「……え? でもそれじゃあ――」

「必要ないでしょ、ウチらの仲を邪魔するものなんて」


 彼女の目は、この前に見たものと一緒。

 有無を言わせない強烈な視線。

 金縛りにでもあったかのように、見つめられると息苦しささえ感じてしまう。


「あ……うん」


 震える声でそう答えた。


「だよねー!! せいちんならそう言ってくれると思った~!」

「でもその……着替えるときとかは」

「あー、そっかー。まぁ、そのときは別にいいけど~。てか、後ろ向いとけばよくな~い?」

「そう、だね……」


 何ごともなかったかのように、芽那ちゃんは平常運転に戻る。

 昔はさっきみたいな目なんてしたことがなかったのに。


 少し手のひらに汗をかきながら、僕は荷物を置く。


「ウチ、喉乾いちゃった~。飲み物買ってくるけど、せいちんはなんか飲むー?」

「じゃあ……お茶、頼もうかな」

「おっけー! ちょっと待っててねー」


 そう言って芽那ちゃんは出て行った。


 椅子に座り、カラカラになった口を閉じる。


「はぁ……上手くやっていけるのかな」


 色々なことがありすぎて、座った途端にどっと疲れた。


 スマホを取り出し、京蓮寺さんに連絡を試みる。

 ここを脱出する詳しい条件を聞くためだ。


 だが――。


「……ダメだ、繋がらない。京蓮寺さん、いっつもそうなんだよなぁ……」


 以前から彼女に連絡しても繋がることはなかった。

 いつだって話をできるのは、決まって向こうからかけてきたときだけ。


 多忙なのはわかるけど、どうしたものか。


 なんて思っていると、どこか違和感をおぼえた。


「……ん? なんだろ……この感じ」


 理由はわからないものの、誰かに見られている気がする。

 慣れない場所に来て、神経が過敏になっているだけなのだろうか。


 いや、やっぱりおかしい。

 人の視線には僕は敏感なんだ。


 ふと机に近い壁に掛けられているコルクボードが視界に入る。

 おそらく僕のために置かれたもので、使われていた形跡はない。


 でもよく顔を近づけて見ると、小さな穴が空いていた。


「まさか……」


 違和感の正体に気づき、手を伸ばす。


 するとその瞬間、廊下から足音が近づいてきた。


「たっだいまー! ……ん? どうしたの?」

「いや、なんでもないよ……!」


 上げていた手を誤魔化すように下ろして頭を掻き、その場しのぎの苦笑いを浮かべた。


「そう? はい、お茶ー!」

「あ、ありがとう……」


 僕はお茶を手に取り、ゴクゴクと流し込んだ。

 でも喉の乾きは、これっぽっちも満たされなかったのであった。


 ・・・・・・・・・・・・・・・


 夜になると食堂へ向かって、みんな一斉に食事をとる。


 僕も席についたものの、周りからの目に萎縮する。

 早くこの視線にも慣れないといけない。


 それよりも、並んでいるメニューがまぁすごい。

 ハンバーグにトンカツ、豚の角煮丼に鴨ロースだ。

 肉、肉、そして肉。

 野菜という概念がこの島にはないのだろうか。


「美味しそうだけど……肉だけなんだ?」

「そうそう! お肉い~っぱい食べて、おっきくなんなきゃねー!! せいちんもたくさん食べなよ~?」

「そうだね……」


 もう十分大きいような気もするけど、郷に入っては郷に従えだ。


「それじゃあ……いただきます」


 味はかなり美味しい。

 普段スーパーで買っていた惣菜よりも肉質が遥かに柔らかく、味付けも僕の好みだ。


 肉ばかり並んでいるのに、続けざまに食べていても飽きがこない。

 脂が赤身に対して控えめな気がする。

 単なる部位の違いか、それともここで育てられている特殊な家畜なんだろうか。


 でも一つ気になることがある。

 みんなが僕のほうを見ながら、まるで見せつけるようにして肉を頬張っているんだ。

 迎えじたでモグモグと食べている。


 これじゃあ僕のことを食ってやるぞ、と宣言しているようなものじゃないか。


 それは芽那ちゃんも一緒だ。

 彼女は肉をフォークで刺し、僕に見せてくる。


「これ、せいちんだとするでしょー?」

「……え?」

「そんで~、あむっ。むぐむぐ……ゴックンっ! んはぁ。こういうこと~! きゃははっ」

「ど、どういうこと……」


 僕は絶妙に居心地の悪さを感じながらも、お腹いっぱいになるまで肉を食べ続けたのだった。


 ・・・・・・・・・・・・・・・


 食事の時間が終わり、部屋で休憩をしていたとき。

 芽那ちゃんがスマホを見て、僕に話しかけてくる。


「そろそろお風呂の時間だー。せいちんも行こっか~」

「いや、僕はダメでしょ……男だし」

「えー、つまんないのー!」


 ほっぺをぷくーっと膨らませて抗議してくる。

 そう言われても無理なものは無理だ。


「じゃあせいちんどうすんのー?」

「寝る前に……シャワーだけ借りようかな。そのあとで掃除してさ」

「そっかー。いつか一緒に入れるといいねっ!!」

「め、芽那ちゃん……」


 僕だって女の子と一緒にお風呂に入れるなら入りたい。


 でもみんながみんな、芽那ちゃんみたいに好意的ではないのだ。

 それこそ福里さんみたいによく思っていない子もいる中で、そんな勝手はできない。


 この状況で女の子を避けるなんて、修行でもしているような気分だ。


 やがて芽那ちゃんはお風呂へ行き、僕は部屋で一人になる。


 コルクボードの謎に迫るチャンスだけど、どうも怖くてできない。


 暇をつぶそうと、スマホで動画を観ようとする。

 しかしアップデートでもしていたのか、アプリのアイコンが違った。


「……あれ?」


 それに、いつも観ている動画がない。

 出てくる動画は、みんな知らない女の人ばかり。


「これって……」


 もしやと思ってテレビのアプリを起動する。

 こっちもアプリのアイコンが違う。


 番組表をチェックすると、見たこともない番組ばかり。

 そしてまた登場人物が女性ばかり。


「そういうことか……」


 文化が隔たれているのはわかっていたけど、ここまで徹底的だとは。


 つまり何もかも、この島ですべて完結してしまっているのだ。

 さっき食べた肉もおそらくは同じ。


 これもやっぱり京蓮寺さんの方針なんだろうか。

 天才の考えることはよくわからない。


 僕はスマホをスリープモードにし、なんとなく芽那ちゃんの空間のほうに目をやる。

 いかにも女の子って感じの机にベッドだ。


 すると、ベッド上にとんでもないものを見つけてしまった。


「あ、あれって……」


 ものすごくでっかいブラジャーがベッドの上に落ちている。

 色は黒、そしてレースの可愛い飾り付き。

 でも、どうしてこんなところに。


 僕は前のめりになりながら、それを観察する。


 そして思わず立ち上がり、ゆっくりと近づいた。


「で、でかい……」


 瞬きもできずに、鼻の穴を広げながら見つめる。

 生唾を飲みつつ、さらに接近した。


 その瞬間、ドアが勢いよく開く。


「せいち~ん? な~にやってるのかなぁー?」

「うぎゃぁあああ!?」


 突然の帰還に、僕は後退りしてひっくり返りそうになる。


「な、な、なにもしてないよ!! 本当だって!!」


 しっとりと髪を濡らした芽那ちゃんは、僕を見てニヤニヤと笑っている。


 化粧を落としているけど、あまり顔の印象は変わらない。

 でもカラコンを外したのか、目は青から黒に変わったみたいだ。


 パジャマを着ているけど、相変わらず胸元のボタンは緩まっていて谷間が見えている。

 しかもブラジャーをつけていないからか、形が生々しい。

 そして自然と僕の目はそこに注がれてしまう。


「ほら~、またウチのおっぱい見てるし~! さっきもウチのブラ見てさぁ、想像しちゃったんでしょー? ぜーんぶお見通しなんだからね? きゃははっ」

「ご、ごめん……!」

「謝らなくていいんだよ~? ウチはせいちんのモノ……せいちんはウチのモノなんだから……」


 舌なめずりをしながら、芽那ちゃんは近づいてくる。

 そして勢いよく壁ドンされた。


「め、芽那ちゃん……!?」


 でっかい身体で、小さい僕を壁とのあいだに閉じ込めてきた。


 彼女は僕の身体に指を這わせながら、耳元で囁く。


「そんなに可愛い顔してると~……さっきのお肉みたいに、本当にパクって食べちゃうよ? ウチ……いつまでもジッとしてられるほど大人しくないかんね?」


 指先までまったく動かすことができず、耳がどんどん赤くなっていってしまう。

 なのに呼吸は速まり、彼女のお風呂上がりの匂いをひっきりなしに嗅いでしまった。


 すると芽那ちゃんは、僕の首に顔を埋めた。


「めなちゃっ……」

「スンスン……んはぁ、せいちんすごい汗かいてるねぇ。ウチは汗臭いせいちんも好きだけどー……せいちんは気になるでしょ?」


 そう言うと、彼女はゆっくりと離れてくれた。

 頰を染めた芽那ちゃんは、僕を見下ろして言う。


「いいよ、お風呂行ってきて。ウチのブラでせいちんが興奮しちゃってたのはぁ、二人だけの秘密にしておいてあげるから……きゃははっ」

「ううっ……!」

「今度は何色の見せてあげようかなぁ~?」

「……ぼ、僕行ってくるから!!」


 僕は顔から火が出る思いをしながら、風呂場へ走っていったのであった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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