第6話 女子寮、別名「肉食獣の檻」

 芽那ちゃんは昔、僕を抱きしめるなんてスキンシップはしてこなかった。

 もちろん僕だってそんなことはしてない。

 せいぜい僕の服を後ろから引っ張っていたぐらいだ。


 彼女の今の行動からは、僕に対する好意の表れ……であっているとおもう。

 もし勘違いだったら恥ずかしいけど、ここまでされて好きじゃないなんて思うほうが異端だ。


 ただその大胆さは「ギャルになったから」という言葉一つでは片付けられない気がする。


 なにがここまで彼女を変えたんだろうか。

 そもそもなんでギャルになったんだろう。


 色々と考えながらも、なんとか僕は芽那ちゃんから離れる。

 そして息を乱しながら提案した。


「……ハァハァ、待って! 外の様子、見に行こう。なんか静かになった気がするし」

「確かに~! もうみんな教室に戻ったのかな? 行ってみよー!」


 どうにか気を紛らわすことには成功し、二人で理事長室を出る。


「あっ……」


 するとすぐに、廊下にいたギャルたちと目が合う。


 だが飢えている獣のような目をしながらも、さっきみたいに襲ってくることはない。

 芽那ちゃんのほうを見ると、彼女もそれに気づいたのか頷き返してくれた。


「なんで急に大人しくなったんだろ……」


 廊下を歩く僕らを、教室から追いかけてきたギャルたちが凝視してくる。

 頭の先から爪先まで、舐め回すように視線を動かしてきた。

 近くで見ると、やっぱりみんな大きい。


 やがて教室の前までやってくると、小さなシルエットが見える。


「あー! 羽黒ちゃんと南島ちゃん、やっと帰ってきたー!」


 待っていたのは先生だった。

 腰に手を当てて、胸を大きく突き出している。

 やっぱり子どもにしか見えない。


「……先生、どうしてみんなを止めてくれなかったんです?」

「お子ちゃまのあんたにはわかんないかもだけど、理事長ちゃんから言われてたから仕方ないのっ! 大人の事情ってやつよ! お・と・な!」

「わかりました、わかりましたから……」


 子どものように先生を見ていた僕の心は、どうやら見透かされていたみたいだ。

 詰め寄ってくる彼女をなだめ、気になっていることを聞く。


「それより、僕らを追いかけてきた子たちが、突然追いかけるのをやめたみたいなんですけど……なにかあったんですか?」

「あー、それはさっき理事長ちゃんが放送でみんなに言ったからねー」

「京蓮寺さんが? 何を言ったんですか?」

「タイマンを仕掛けるのは、タイマンの授業があるときだけですよーって! ニュヒヒッ」

「た、タイマンの授業って……」


 どうも京蓮寺さんは、この無秩序すぎるイベントに少しだけルールを加えたらしい。

 でも、このルールがあるのとないのとでは大きな違いだ。

 学校にいるあいだ、四六時中追い回され続けていたらと考えるとゾッとする。


 しかしタイマンの授業というのがよくわからないなと思っていると、芽那ちゃんが補足してくれた。


「タイマンの授業っていうのは~、週……何回ぐらいだろ、3回? ぐらいある授業だよ! 島外には体育ってあるでしょ? あれがここじゃタイマンになってるんだ~」

「そうなんだ。じゃあ気を張らないといけないのはそのときか……」


 週3回とはまた、多いのか少ないのか迷う回数だ。

 授業に組み込まれていることを考えると、たぶん逃げることはできない。

 そのときばかりは覚悟して挑戦を受けるしかなさそうだ。


「そんじゃ、へなちょこ羽黒ちゃんが帰ったきたってことで……今日の授業はおしまーい!」

「えっ? やらないんですか、授業」

「だってー……もう、わーし疲れちゃったんだもーん! 帰って『魔法少女もちもちプリンセス』観るのー」

「そうですか……ははっ」


 そんな適当に終わらせていいんだろうか。


 でも芽那ちゃんを見ると特に驚いてもいない。

 つまり日常茶飯事ということ。


 本当にすごい学校だ。


「あ、そうそう! 羽黒ちゃんの部屋の鍵渡さないとだー。ほい」


 そう言って、先生は僕の手の上に鍵を置いてくる。


 僕は着の身着のまま、ここへ連れてこられた。

 この島に自分の家なんてない。


「……え? 部屋の鍵って……どこのことですか?」

「あれー? 聞いてないの? 寮だよ、寮!」

「……寮!?」


 まさかの全寮制。


 住む場所が与えられるのはありがたいけど、なんだか嫌な予感がする。


「……男子寮があるんですよね?」

「へ?」


 ダメだ、これは無いっていう顔だ。


 つまり、僕は芽那ちゃんや福里さん、そして猛獣のようなギャルたちと同じ寮に住むのか!?


「ってことで南島ちゃん、羽黒ちゃんを案内してあげてねー!」

「おっけーい! 任せてぇせんせー!」

「ありがとう~! わーしは退勤しまーす! ばいばーい! ふぁ~」


 そう言い残し、先生はあくびをしながら帰ってしまった。


 ゆっくりと隣りにいる芽那ちゃんを見る。

 彼女は満面の笑みでこちらに視線を注いでいた。


「そんじゃ、せいちん行こっか。ウチらの愛の巣に~、レッツゴー!」

「寮ね……」


 そうして僕らは学校を出る。


 空を青い桜が舞っている。

 来るときにも見たけど、なんでこんな色をしているんだろうか。


 ボーっと眺めていると、芽那ちゃんが話しかけてくる。


「そうだ、荷物ってそれだけなのー?」

「うん。このカバンの中に元々着てた服が入ってるんだ。ていうかそれしか入ってない。いきなり誘拐されたからね……そのときのまま」

「きゃははっ、そうなんだ~。まぁ寮に行けば必要なもんはあるかんね~」


 先導してくれる彼女は、なんだか頼もしく見える。

 誘拐されてきたとはいえ、親切にしてくれる芽那ちゃんには感謝しなければならない。


 寮はすぐ近くにあり、もう到着した。


「よーし、ここが寮だよー!」

「おぉ……」


 雰囲気は綺麗なアパートといった感じ。

 大きさもそれなりにあり、期待が膨らむ。


 中に入ると、一階部分が共有スペースになっていた。

 食堂やリビングのようなところもある。


 そしてトイレを見かけた瞬間、僕の足は止まってしまった。


「ちょっと待って……」

「ん~? どうしたの~?」

「僕、トイレとかお風呂って……どうすればいいの?」


 トイレには女性用とすら書いていなかった。

 当たり前だ、ここは女性しかいない島なんだから。

 男性が来ることなんて想定されていない。


 お風呂もそう。

 大浴場なのはわかるけど、一つしかない。

 当然、時間が分かれているような感じでもなかった。


 僕に問われた芽那ちゃんはちょっと考え、ニッコリして答える。


「うーん、まぁ……いいんじゃない? 一緒で!」

「だ、ダメでしょ! さすがにそれは……!」

「大丈夫だって~! トイレは個室だし~、お風呂はー……なんとかなる!!」

「ならないよっ!?」


 お風呂を入らないわけにもいかないし、これは困った。


 深夜にでもこっそり入って、そのあと掃除すればいいかな……。


 考えるのはあとにして、とりあえず案内を続けてもらおう。


 二階と三階が居住スペースになっているようだ。

 僕の鍵についている札には「202」と書かれている。

 たぶん二階が僕の部屋なんだろう。


 階段を上がり、目的地に到着する。


「はーい、ここがせいちんの部屋でーす!」

「場所、覚えておかないと……」


 やっぱり二階だった。


 ここが当分のあいだ自分の家だ。

 そう思うと、なんだか緊張の糸がぷつりと切れたのか疲労感がやってくる。


 芽那ちゃんに礼を言って、一休みさせてもらうとしよう。


「ありがとう芽那ちゃん。またわからないことがあったら聞いてもいい?」

「うん! もっちろーん! ウチ、なんでも答えてあげるっ」

「助かるよ。それじゃあまた――」


 そう言って鍵を開けて部屋に入る。


 すると部屋の半分が、どう見ても女の子の部屋になっていた。


「……えっ!? あれ、もしかして部屋間違えたんじゃ……」


 後退りすると、後頭部に柔らかい感触がぶつかる。


「せいち~ん、ちゃんと前見なきゃ危ないよー?」

「……芽那ちゃん!? なんで入ってきて……」

「え? だってここ、ウチの部屋なんだもん! よろしくね、せいちんっ」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【お知らせ】

近況ノートにてSSをそのうち書くと思うので、作者フォローもよろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る