第5話 最強の称号
福里さんのシャツの断片がひらひらと舞う。
ヒョウ柄の際どいブラジャーが、でっかい胸と一緒にぷるんっと飛び出してくる。
琥珀色の肌とは対照的な、ゆで卵のような白い肌も見えてしまっていた。
あまりにも唐突すぎる出来事に、福里さんも僕も静止してしまう。
そしてゆっくりと自分の身体に目を落とすと、フィールドに彼女の声が響き渡る。
「……キャぁああああ!?」
急いでこちらに背を向けて、身体を両手で覆いながらうずくまる福里さん。
後ろから見える彼女の耳は真っ赤になっていた。
僕はドキドキして目が離せない。
見ちゃいけないとわかっていても見てしまう。
そう、僕は女の子にかなり弱い。
でも、これは一体どういうことだろう。
さっきは僕の服が弾け飛んだわけだけど、この衣装が破壊されるシステムは前からあったわけではないのかもしれない。
同性相手でもタイマンオンラインをしたことがあるのなら、異性の僕と戦うとなればこうなることは予想できていたはず。
それに僕が攻撃したのは首なのに、なんで胸の部分が弾け飛ぶんだ。
「だ、大丈夫? 福里さん……」
「見るなぁあああ!! ああぁ……」
大きな身体をしているのに、極限まで縮こまってしまっている。
ここまでされては、なんだか申し訳ない気がしてきた。
僕はシャツとは違い傷ついていなかったブレザーを脱ぐと、それを彼女に差し出す。
「これ……嫌かもしれないけど、よかったら使って。サイズは合わないと思うんだけど、身体は隠せるし」
「……ありがと」
パッと僕のブレザーを取り、福里さんはそれを身体にかけた。
予想どおりまったくサイズが間に合っておらず、普通に見えてしまっているけど仕方ない。
そうしていると、モニターの映像が切り替わる。
サイドテールの髪をくっつけた青いイヌのパペットが映り込み、パクパクと口を動かしている。
「『いやー強いなぁ! 久しぶり観たけど痺れるぐらい強いね、
「京蓮寺さん!? 観てたんですか……」
「『そりゃそうさ~! キュウちゃんは今でもキミのスポンサーのつもりだからねっ!』」
その発言に、福里さんが反応する。
「スポンサー……? ちょっと待って……アンタと理事長ってどういう関係なの?」
僕は京蓮寺さんのほうを見ると、彼女は承諾するように頷いた。
そして福里さんへ目をやる。
「試合の前、似たようなゲームをやったことがあるって言ったよね。そのゲームはこの島の外で流行っていた『ベストバウト』っていう、この『タイマンオンライン』にそっくりなゲームなんだ」
「ベストバウト……そんなの聞いたことない」
「だろうね。島の中と外じゃ文化がまるで違うみたいだし。それで……僕はプロゲーマーとして、そのベストバウトに参加していた。そのときのスポンサーが京蓮寺さんなんだ」
福里さんは目を丸くし、言葉を失っていた。
「その……騙すようなマネをしてごめん。ちゃんと言っておくべきだったよね」
「どうでもいいよ。正直に言ってくれたところで、きっとアタシはアンタにタイマンふっかけて……負けてたし」
彼女は脱力したのか、ぺたんと地面に座ってしまう。
「結局、アンタはアプリを入れたばっかだから
そう僕に訴えかけてくると、代わりに京蓮寺さんが説明する。
「『タイマンオンラインにはTier1までしかないけど、ベストバウトはその上があったからね~』」
「……ハァ? その上……ってなに?」
「『Tier1の上位10名に与えられる称号、それこそが『ヘリテイジ』! そして青霄クンはヘリテイジの元1位なのでしたー! わーい!』」
京蓮寺さんのふざけ倒した解説を聞いて、福里さんは自嘲するようにため息をついた。
「ハッ……勝てるわけないじゃん。なにそれ……」
その様子は、僕がかつてベストバウトでさんざん見てきた光景と同じだった。
多くのプレイヤーが、僕の名を見ただけで諦めの言葉を呟いて去っていったから。
どうしようもないことだけど、僕はこの空気が好きじゃない。
……いや、苦手だ。
「福里さん……」
歩み寄ろうとしたとき、京蓮寺さんが声高に叫ぶ。
「『それでは~、勝者の青霄クンは、敗者の
その言葉を聞いて、福里さんは大の字になって寝転ぶ。
「はぁーあ……煮るなり焼くなり好きにしなよ。アンタの勝ちなんだからさ」
「僕はただ――」
「約束は約束でしょ。この学園で初めてアタシを負かしたんだから、誇っていいよ」
要望は一応考えてはいたけど、なんだか言葉に出すとなると恥ずかしくて出てこない。
「確か男って……女の身体が好きなんだっけ? 知らないけどさ。ならそうすりゃいいじゃん……やりたいようにやれば」
福里さんは淡々と話しているものの、目は明らかに動揺していた。
想定していなかった事態に、彼女もいっぱいいっぱいなんだろう。
僕は彼女に近づき、その側に腰を下ろす。
福里さんは目を合わせずに、ボーっと宙を見ていた。
「まぁ……否定はしないよ。僕も男だし……。でも、そういうことは好きな者同士ですることでしょ」
「……だろうね」
「好きどころかむしろ嫌われてると思うしね、ははっ……。そもそも……僕らはまだお互いのことなんにも知らないでしょ?」
その言葉に、彼女はこちらを見た。
「だから……普通に話をしてほしいんだ。それで、僕と友だち……とまではいえないかもしれないけど、仲良くできたらなって」
「……そんなんでいいの? アタシに情けでもかけてるつもり?」
「いいや、そんな気はないよ。嫌いな人と仲良くするように、ってなかなかキツい内容だと思うけど」
「……まぁね」
自分でも変なことを要求していると思う。
友だちになりたい相手に、友だちになってなんて言うのはおかしな話だ。
でも、そう言葉にしてみたかった。
そうすれば無理な願いでも叶うような気がして。
彼女と友だちになりたいと思った理由は簡単だ。
福里さんの良い面が見えていたから。
あれを見なかったことになんかできない。
だから、彼女のことをもっと知りたいなって思ってしまった。
それに、人に嫌われたままさよならなんて僕は嫌だから。
「『興味深い条件だねぇ~! 二人の仲が深まるように祈っておくよ!』」
「京蓮寺さん、僕の武器が木の枝になってるのは……あなたの仕業ですか?」
「『ピンポンピンポ~ン! どうせならひりつく戦いが観たくてさ! キミにはハンデを課したつもりだったけど、あんまり意味がなかったね!』」
研究者のはずなのに、アプリの開発もできるらしい。
「じゃあ服が破けるっていう変な仕様も、ですか?」
「『そう! そっちのほうがキミも嬉しいでしょ? キュウちゃんも青霄クンのナイスバディを拝めたしね、ワハハっ!』」
「何言ってるんですか……」
無駄なところに才能をつぎ込む。
だからこその天才なんだろう。
「あとそれから――」
「『あっ、いっけなーい! 急用思い出してしまった!! それじゃあ、チャオ~!』」
「あっ、ちょっと!!」
京蓮寺さんにまだ聞きたいことがあったのに、彼女は勝手気ままにモニターから消えてしまった。
肝心なことを聞けていない。
この学園で転入生として振る舞えば、外に帰れると渡された紙には書いていた。
でも、そこから具体的に何をすればいいのかがわからないのだ。
タイマンオンラインで何勝かすればいいのだろうか。
それとも、まさか卒業するまでここにいなければいけないんだろうか……。
そう考えていると、寝転んでいる福里さんにズボンをクイッと引っ張られる。
「じゃあもう終わりでいい?」
「うん、帰ろう」
彼女はスマホの画面に表示されている終了のボタンをタップした。
すると来たときと同じような夢うつつな感覚が襲い、僕らを光が包む。
そして視界がハッキリとすると、理事長に戻ってきていた。
「服も……元に戻ってる」
福里さんのチェンソーで開けられたワイシャツの穴も塞がっていた。
隣を見れば芽那ちゃんが、そして正面を見れば同じく服が元に戻った福里さんがいる。
「アンタがバカみたいに強いのはわかった。でも……アタシ、絶対に諦めないから」
「……え?」
「だ・か・ら! 諦めないって言ってんの。こんなもんでアタシがへばるかっての! ……だからアタシが勝つまで付き合ってよ。友だち……なんでしょ?」
ジト目になりながら、少しだけ恥ずかしそうに言う福里さん。
ほんの少しは……心を許してくれたのかな。
そう思うと、自然に笑みがこぼれてしまう。
「わかったよ。また一緒にゲームしよう!」
「……フンッ! じゃあね!!」
ほっぺを膨らませて部屋から出ていってしまった。
僕の渡したブレザーと一緒に。
「あ……返してもらうの忘れた」
そう呟くと、芽那ちゃんがすり寄ってくる。
「……え? なになに? ウチにあっためてもらいたいって?」
「いや、言ってないけど……?」
「いいよ~! ほらギュってしよー! せいちん超がんばってたもんねっ!! カッコよかったよぉ~! むぎゅうう!」
「うわぁああっ!? ちょっと! 待ってぇええ!!」
またもや芽那ちゃんの大きな胸に抱き寄せられ、僕は窒息しそうになるのだった。
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【お知らせ】
近況ノートにてSSをそのうち書くと思うので、作者フォローもよろしくお願いします!
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