第4話 衣装破壊はゲームの基本
その辺の公園に落ちているものよりも、ずっと貧弱な枝。
僕がかつて使っていた武器とは似ても似つかない、武器ですらないなにか。
「……ぶふっ! ブハハハッ! なにそれ、ちっさ! フフフッ……」
福里さんは堪えきれずに吹き出す。
バカにして笑っているように見えるけど、その笑った顔につられて僕まで笑いそうになる。
こんなものを見せられたら笑うのも無理はない。
それに今まで見せていたしかめっ面より、こっちのほうが遥かにいい。
友だちにでもなれたら、こんな感じで接してくれるんだろうか。
「せいちーん! それで戦えそうなのー?」
芽那ちゃんが僕に向かって叫ぶが、心配しているな感じじゃない。
「なんとかこれでやってみるよ!」
枝を改めて触ると、まぁまぁの強度はありそう。
少なくとも落ちている枝よりは丈夫だ。
「ねぇ、そんな棒きれでアタシに勝てると思う? チェンソーだよ、こっちは。別にそれ使わなくっても、拳でかかってくんならそれはそれでいいけどさ?」
「いいや、僕の武器はこれみたいだから。試しに使ってみるよ」
枝を掲げ、僕はかけていたメガネをポケットにしまった。
「わぁーお! せいちん、昔みたいだねー!」
「あの頃はかけてなかったね。戦うときは危ないから取っておかないと……」
「取っちゃって大丈夫なの? 見えるー?」
「それは大丈夫。伊達メガネだから」
「そうなんだー? オシャレさんだねぇ! ウチはどっちのせいちんもいいと思うよっ!」
「あー……ありがとう」
お世辞の見本のような言葉をもらい、照れ笑いをしてしまう。
そう、これは伊達メガネだ。
僕のものじゃなくて、亡くなったお姉ちゃんのもの。
だから絶対に壊したくはなかった。
このフィールドがあのゲームと同じなら、福里さんの言っていたように身体へ傷がつくことがない。
でも服や持ち物には傷がつくことがあるのだ。
ここを出たときには修復されるんだけど。
たとえ元に戻るとしても、このメガネが壊れた姿を見たくはなかったから。
「ふーん、メガネまで取っちゃって……本気モードってワケ?」
「うん。頑張るよ」
「へぇ、随分余裕そうじゃん……でもアタシ、絶対に負けないから」
福里さんはスマホを操作すると、モニターに試合開始のカウントダウンが表示される。
「『
女声の機械音がカウントをコールすると、ブザーが鳴り響いた。
その合図と同時に、エンジンを唸らせた福里さんがチェンソーを担いで、自身の何倍もある高さまで跳躍する。
現実では決してできない身体能力を発揮できるのも、このゲームの売り。
高く舞い上がった福里さんは、その刃を僕の頭上へ振り下ろす。
「はぁああっ!!」
雄叫びを上げる彼女の攻撃を、寸前のところで
ためらいなく振り下ろしてくる様子からして、福里さんはこのゲームに慣れているようにみえた。
すぐに二撃目もやってきて、同じように僕は刃に触れないように身を捩っていく。
チェンソーの重さもフィールドの影響で軽減されているが、やはり振りが大きい。
一度攻撃を外すと、その次の攻撃までにラグがある。
「ハッ! 逃げてばっか! ……アンタもかかってきなよ! そらぁっ!!」
がむしゃらに振って、僕の身体にぶつけようとしてくる。
ここは試しにチェンソーの刃を枝で受け止めてみようと、剣をかざすようにして応戦した。
「そんなもんで……アタシを止められるもんかぁあ!!」
あっけなく枝は両断され、回転する刃は僕の胸元を少し斬り裂いた。
久しぶりに体験した感覚だけど、相変わらず変な感じだ。
痛みはないし、不快感もない。
でも斬られたっていうのがハッキリとわかる不思議な感じ。
「ハッ! とった……!!」
追撃してくる福里さん。
水平方向にやってくる刃を前転して回避し、そのまま距離を取る。
そしてモニターのゲージを見た。
「今ので……50%」
チェンソーで胸を斬られたことを考えれば妥当な数字。
もう一撃くらえば、その時点で負けが確定する。
福里さんは得意げな表情で、こちらににじり寄ってきた。
「降参は……ナシだかんね?」
「そうだね」
無惨に折れた枝を見る。
これは強度は多少あったけど、防戦に使うのは不向きだ。
おそらく手脚などのダメージ倍率の低い場所だけでゲージを削り切るのも現実的じゃない。
なら、致命的な部分を短時間で攻めることに勝機がある。
そう考えていると――。
「……ん?」
パァンという破裂音とともに、僕のブレザーとシャツが粉砕された。
「え? ……うわぁああああ!?」
上半身裸になった僕は、驚いて身体を隠す。
こんなことありえない。
確かにダメージを与えられた衣服には傷がつく。
でも、それはあくまでも没入感を与えるための演出で、ここまで過剰に引き裂かれることなんてないはずなのだ。
この特徴は明らかに僕の知っているゲームとは違う。
しばしば謎のオリジナリティを入れてくるのはなんなんだ。
すると、カシャカシャとシャッター音が観客席から聞こえてきた。
「……芽那ちゃん!? なんで撮ってるの!」
「せいちんの裸……せいちんの裸。うぉっ、えっろ……胸板、お腹……ほほほっ」
「ちょっと! 聞いてる!?」
「動画も撮って……オッケーオッケー。肉眼でもちゃんと見とかないと……うひょー!」
芽那ちゃんは顔を赤らめながら、どこから持ってきたのか双眼鏡越しに僕の身体を観察してくる。
「……恥ずかしいな」
そう思ってふとモニターを見ると、僕の上半身が大画面で映し出されていた。
「ちょっ、ちょっと!? そんなの撮らなくていいって!」
誰がカメラを動かしているのか知らないけど、男の裸なんて撮って何が嬉しいのかわからない。
困惑して正面を見ると、離れた場所にいる福里さんの様子もなんか変だ。
少し背伸びをするような動きを見せながら、僕の身体を覗き込むような目。
凝視するのはまずいと思っているのか、ときどき顔を背けてはいるけど。
最初に僕が景品だとアナウンスされたあのときから、なんだかおかしいとは思っていた。
普通、好きにしていいと言われて本当に好きにしようと即座に行動に出るだろうか。
しかもあの場にいたギャルの多くが、いかがわしいことを考えているような目をしていた。
そんなの一般的にはありえない。
でもここが女性しかいない島だと聞いて合点がいった。
つまり逆なんだ。
男性がいないせいで、ここの女性は異性に対し男性以上に男性っぽい欲望に駆られてしまっている。
肉食系、なんて生やさしいものじゃないぐらいに。
油断していると、あっという間に食われる世界なんだ。
なんとかこの空気を変えなきゃいけない。
「……福里さん! 続きしよう! まだ試合の途中でしょ!」
ボーっとしている彼女に声を掛けると、ハッとした顔を見せてきた。
「ば、バカバカしい……何が男よ」
そう呟くと、再びチェンソーのエンジン音を轟かせた。
僕は両手にそれぞれ分割されてしまった枝を持って構える。
「こんなくだらないゲーム、さっさと勝って終わらせてやるんだから……はぁあああ!!」
パニック映画に出てくる狂人顔負けの勢いで、迫ってきた。
苛立ちが募っているのか、それを発散でもするかのように大きく振りかぶってきた。
僕はそれを脇にズレてかわし、彼女のほうへ跳ぶ。
鬼気迫る福里さんと目が合うが、彼女は反動でチェンソーを切り返すことができない。
「ハァッ……!!」
そして僕は彼女の首を輪切りにするように、枝を振り切った。
「……斬られた!?」
すぐにそのことに気づく福里さん。
首元を押さえながら、こちらへ振り向く。
「や、やるじゃない……まぁ、ちょっと油断しただけだから。同じ手が通用するとは思わないことね!!」
そう言ってチェンソーを掲げる。
しかし――。
「『
ブザーと試合終了を告げるアナウンスがフィールドに響き渡る。
「……ハァッ!? 待ちなさいよ!! アタシはまだ首を一回やられただけでしょ!? 判定は!? 判定はどうなってんのって言ってんの!!」
福里さんは困惑しながら、モニターに目をやった。
彼女のゲージは100%まで削り切られている。
そしてリクエストどおり、さっきのリプレイが映し出された。
映像を見て、福里さんはチェンソーを地面に落っことす。
「う、嘘でしょ……もう一撃、後ろから……?」
そう、僕は正面から一度斬り裂き、翻ってもう一撃を後ろからうなじへ叩き込んだのだ。
結果的に枝を分割させられたことが、最速で急所をつけるキッカケになったのだった。
首へは致命的なダメージとして計算されるようで、枝であっても深く斬り込めば一回あたり70%のゲージを削ることができたようだ。
状況が飲み込めないのか、福里さんはモニターから目が離せていない。
「ありえない……」
やがてゆっくりと僕のほうを見ると、少し怯えたように話す。
「あ、アンタ……なにもんなのよ……?」
「僕は――」
口に出そうとした瞬間、福里さんのワイシャツが木っ端微塵に弾け飛んだ。
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【お知らせ】
近況ノートにてSSをそのうち書くと思うので、作者フォローもよろしくお願いします!
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