第3話 白ギャルいるところに黒ギャルあり

 小麦色の肌と対を成すような銀色の髪をなびかせ、そのギャルは僕を睨みつけていた。

 確か、教室で僕に敵意をあらわにしていた子だ。


 たぶん芽那めなちゃんと同じかそれ以上に背が高く、身体のあらゆる箇所がデカい。

 太ももなんて太すぎて、顔でも挟まれたら潰れてしまいそうだ。

 胸元も大きく露出していて、ちょっと日焼け前の白い肌も見えていた。


 爪はかなり長く、水色のネイルをしている。

 スカートの丈は少し動いたら見えてしまいそうなほど短く、シャツをヘソの上で結んでいるから綺麗なお腹が丸見えだ。

 ……恥ずかしくはないんだろうか。


 なんてその大胆な容姿に息を呑んでいると、彼女から冷たい声が浴びせられた。


「……聞こえなかった? タイマンしろって言ったんだけど?」


 威嚇するように目をかっ開き、嫌悪感を言葉に包んでぶつけてくる。


 すると、芽那ちゃんが一歩前に出た。


「あ、誰かと思ったら愛凪らなちゃんだ~! 見つけるの早すぎだよ~、きゃははっ」

「芽那……アンタどういうつもり? ソイツ匿って何がしたいわけ? なんか知り合いみたいだけどさ」

「知り合いじゃなくて~、運命の人っ! ねー、せいちーん?」

「は、初耳……なんだけど」


 困惑して返すと、芽那ちゃんが僕の両肩に手を置く。

 僕を見る目は笑っているけど、その奥から底しれぬ圧を感じる。


「もう一回聞くよ~! 運命の人だよね~? ねー?」

「う、うん……」


 ガクガクと震えながら、僕は頷いてしまった。


 でも今はこうするしかない。

 話を合わせて事態の好転を祈ろう。


「あはっ! よく言えました~!」


 ぱぁっと笑顔になった芽那ちゃんは、僕を抱き寄せて胸に埋めてきたのだ。


「め、芽那ちゃん!?」


 昔も遊びでこうしてハグしたことはあった気がする。

 でもあの頃とは比べものにならないほど、彼女は色々と成長しているのだ。

 膨らみから温かさが伝わり、僕は顔を真っ赤にしてしまう。


「はぁ……クンクン、せいちんの匂いだぁっ。んはぁ、やっば……」


 胸から顔を出して様子を見ると、彼女は紅潮して白目を剥いていた。

 ヤバいのはどう考えても芽那ちゃんのほうだ。


 タイミングを見計らって、その腕からすり抜ける。


「えー、せいちんもう終わりー? もっと嗅がせてよ~!」


 マイペースに駄々をこねる彼女を前に、褐色ギャルが苛立ちを見せる。


「……あのさ、アタシがいること忘れてない?」

「だってだって~、ウチら久々に会ったんだよ? いっぱいお話したいじゃん? 積もる話ってやつー!」


 上機嫌な芽那ちゃんは、愛凪と呼ばれた女子と慣れた様子で話をしている。

 つまり友だちということでいいんだろうか。


 上手く交渉してくれるのかと淡い期待をしていたが、ギロッと僕のほうに目が動く。


「話があんなら、この島を出ていってからしなよ? ……なんでここに男がいるんだっての」

「それは……僕もおかしいと思うよ! 僕が君の立場なら、まぁ……居心地もよくないって思うだろうしさ! それに、ここを出るのが僕の目的でもあるしね」

「えー!? ウチはそんなこと思わないけどー? 一緒にいてよー! ねぇねぇ!!」

「芽那は黙ってて……!」


 黒ギャルに一喝されると、芽那ちゃんはほっぺを膨らませた。


「島から出ていけ……って言いたいけど、それは無理なんでしょ? なら……アタシがアンタに勝ったら、理事長に言って他の学校に転校して……それでいい?」

「……わかった」

「せいちん!?」


 彼女の提案に頷いた僕を見て、芽那ちゃんは駆け寄ってきて抗議するような目を向けてくる。

 僕は目で大丈夫だと伝えた。


 仮に負けたとして、そもそも京蓮寺さんがその要求に応えてくれる気もしないけど。

 そうなれば別の形で彼女に納得してもらうしかない。


「それで……僕が勝ったら、どうなるの?」

「……ハァ~? 勝てるわけないっしょ?」

「やってみないと……わからないと思うよ」


 僕がそう真剣な表情をして言うと、彼女はため息を吐いて続けた。


「アンタが勝てたらねぇ……あー、煮るなり焼くなり好きにすれば? 使いっ走りでもサンドバッグにでもすればいいじゃん? できるもんならね」

「そっか。どうするのかは考えておくよ」


 彼女の表情からすると、僕が勝てる見込みなんて無に等しいと思っているようだ。


 未知のゲームだけど、もし僕の知っているものと同じなら勝算はある。


「そんじゃ早速――」

「ちょっと待って!」


 アプリを起動しようとした彼女を止める。

 どうしても聞きたいことがあったから。


「何? まだなんかあるわけ?」

「名前……よかったら教えてくれないかな」

「なーんで、アンタに名前なんか……」

「戦う相手の名前は、知っておきたいから」


 僕がそう言うと、彼女はやれやれといった様子で名を告げる。


「……福里 愛凪ふくさと らな。これでいい?」

「うん、ありがとう! 福里さんだね……よろしく」


 挨拶すると、福里さんはプイッとそっぽを向いた。


 でもよかった、名字を教えてくれて。

 愛凪って名前は芽那ちゃんが呼んでたけど、僕が呼ぶわけにもいかないし。


「そうだ、芽那。アンタはどうすんの?」

「ウチもいくー! せいちん応援したいしー! だから招待して~んっ、愛凪ちゃーん!」

「はいはい……アンタはそっちの味方なのね。何がいいんだか……」


 どうやら一緒にステージに向かえるらしい。

 つまり観客席があるということだろう。


 これも僕の知ってるゲームと共通する部分だ。


「じゃ、仕切り直して……って、なにボーっとしてんの? アンタも起動しなさいっての!」

「あ、ごめんごめん!」


 僕もアプリをタップすると、通信中のメッセージが出る。

 そしてマッチング対象である福里さんの名前が表示された。


 それを認証するとスマホの画面が光り、一瞬だけ眠ったような不思議な感覚に包まれる。

 この感覚は個人的にはあまり好きじゃない。


 溢れる白い光が徐々に晴れると、僕と福里さんはバスケットコートほどのフィールドに立っていた。


「これは……」


 周りをぐるりと見渡す。


 予想どおり観客席があって、巨大なモニターには二人の名前がローマ字で映し出されている。

 その下にはゲージがあり、さらに下を見ると僕の名前のところに『Tier 3ティア スリー』福里さんの名前のところには『Tier 1ティア ワン』と表記されていた。


 このランクシステムも同じ。

 Tierの隣の数字が若いほど強い。

 ランクは1から3まで存在するが、その上にも特別なランクがある。


 彼女のTierは1。

 だからこそ、あんなに自信たっぷりなのだろう。


 上を見れば判定用のカメラが四方を囲い、足下を見ると地面は芝で覆われていた。


 何から何まで、あのゲームと同じだ。

 本当に違うのは名前だけ。


 でもあのゲームはもう――。


「おーい! せいち~ん、がんばー!! 応援してるからねぇ~! ふぁいとー!」

「……う、うん! ありがとう!」


 芽那ちゃんが観客席から手を振ってくれていた。

 ジャンプするもんだから、ぽよんぽよんと揺れ動いている。

 僕は面映ゆい気もしながら、手を振り返す。


 ちなみに彼女以外の観客はいない。


 あとは僕と福里さんだけだ。


 彼女は首をゴキゴキと鳴らしながら近づいてくる。


「……アンタ、タイマンすんの初めて?」

「えーっと……似たようなのはやったことあるけど、『タイマンオンライン』は初めてだね」

「あっそ。で、ルールはわかってんの? 説明がいるんならしてあげるけど」


 意外な言葉。

 正々堂々としたいタイプなんだろうか。


 ルールはわかっていたけど、念のために聞いておくことにした。


「じゃあ、お願い」

「フンッ……。あのモニター、見て」


 言われたとおりに、モニターへ目を向けた。


「アタシとアンタの名前にある下のゲージ、100%まである相手のアレを0にしたほうが勝つの。わかる?」

「うん、大丈夫! 続けて」

「で、どうやって相手のゲージを0にするのかっていうと――」


 福里さんはスマホを上へスワイプする。


 するとここへ来たときのような光がスマホから溢れ出す。


「『Ordnanceオードナンス』」


 スマホから女声の機械音が流れたかと思うと、エンジンがかかるような音が聞こえてきた。


 光が消えていけば、福里さんの手にはオレンジ色のチェンソーが握られていたのだ。


「コイツを使って攻撃すんの。ま、安心しなよ。死んだり傷ついたりはしないから」


 そう言い、彼女は軽々とそれを持ち上げて僕に刃を向けてきた。


「手とか脚に攻撃するより、頭とか腹に攻撃したほうがゲージの減りは早いの。あと、ちょっとかするより直撃させたほうが効果的なのも想像つくでしょ? わかった? もう一回言おっか?」

「……うん、ありがとう。結構……丁寧に教えてくれるんだね」

「アンタが教えろって言ったんでしょうが……! ハァ……調子狂うわ」


 福里さんは決して悪い子じゃない。

 それはほんの少しやり取りをしただけでも十分にわかった。


 なら、やっぱり負けられない。


 彼女の主張はもっともだけど、ここは納得してもらえるように、僕が努力して考え方を変えてもらうしかないんだ。


「じゃあ僕も……」


 スマホに表示されているデフォルメされた銃のマークをタップする。


「『Ordnanceオードナンス』」


 同じように女声のアナウンスがスマホから響き、僕の手を中心に光が集まってくる。


 すぐさま何かに触れた。

 これが僕の武器だろう。


 かなり細い。

 触り心地はザラザラとしている。


 でも……なんだか小さい。

 すごく嫌な予感がする。


 光が晴れそうになっても感覚は変わらず、無音でその武器は姿を現した。

 それを見て、僕は目が点になる。


「……へ?」


 僕が握っていたのは、一本の貧弱な枝だったのだ。


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