第2話 幼馴染への違和感

 長い廊下を二人で目一杯に駆ける。

 キュッキュッと上履きの擦れる音が響いたかと思うと、そのあとに続いてたくさんの足音がやってきた。

 後ろを見ると血眼になったギャルたちが、僕らを猛追してきたのだ。

 捕まると本当に食べられてしまいそう。


「まずいまずいまずい!!」


 冷や汗を流しながら芽那めなちゃんに続く。


 僕の小さい歩幅じゃ、彼女の大きな歩幅に合わせようとすると大変だ。

 だからなのか、芽那ちゃんは全力で走っているようには見えず、僕のほうを見て手を引きながらペースを調整してくれていた。


 必死になって走っていると、室名札に『理事長』と書かれている部屋を見つける。


 ここに京蓮寺さんがいるなら、直談判してなんとかしてもらえるかもしれない。


 そう思い、僕は芽那ちゃんを止める。


「ハァハァ……待って! 理事長室に入ろう!」

「ん? おっ! いいね~。ウチ、入るの初めてかも~っ」


 なんて呑気な返答を受けながら、僕らはノックもせずに入室した。


 だが――。


「……いない。やっぱりいるのは放送室か職員室のほうなのかな……」


 部屋はもぬけの殻。


 でも京蓮寺さんが理事長であることは間違いないようで、彼女にまつわる様々な賞が飾られている。


 芽那ちゃんもそれに興味津々な様子で見ていた。


 しかし、まだ手は繋いだままなのだろうか……。

 そのことを意識していたら手汗をかいてきた。


「め、芽那ちゃん……手、大丈夫だよ」

「大丈夫って……何が?」

「え、だから……離してもいいよってこと、なんだけど……」


 僕がそう言うと、逆に芽那ちゃんの手に入っている力がギュッと強まった。


「……離さないよ?」

「えっ……?」


 先ほどまでの芽那ちゃんのキラキラしていた目はどんよりとして……まるで別人になったみたいに声のトーンも低くなっている。

 手を動かそうとしてもビクともしない。


 女の子と目を合わせるなんて不得意なはずなのに、呪いにでもかかったかのように僕は彼女から目を逸らせなくなっていた。


 かと思うと急に手の力が緩み、僕の手は解放される。


「なーんてねっ! 冗談だよ~! びっくりした~? てか見てよ。ウチの手ぇ、せいちんの汗でびっしょりなんだけどー! きゃははっ」

「……ご、ごめん!」

「いいのいいの~! いっぱい走ったかんねぇ~」


 また明るい表情の芽那ちゃんに戻る。


 本当に……冗談、なんだろうか。


 僕は引きつった笑顔を浮かべながら、話題を変えようとした。 


「……そ、そういえば、京蓮寺きょうれんじさんが理事長やってるのって……最近のことなの?」

「ううん、ずっと前からじゃなーい? よくわかんないけどー、きゃははっ」


 京蓮寺キュウは、この世界のあり方を大きく変えた人だ。


 彼女は研究者であり、今から50年前に単一生殖を人間に用いることに初めて成功した。


 若々しい声をしているけど、一体いくつなんだろうか……。


 ともかく、人は注射一つで女性は一人でも妊娠でき、なんと男性でもできる時代になったのだ。

 もっとも、妊娠を望む割合は遥かに女性が多い。


 そんな常識を変えた研究者である京蓮寺さんが、まさか学校の理事長もやっているだなんて思わなかった。

 僕は何度か彼女と電話で話をしたことがあるけど、そんな素振りは微塵も見せなかったから。


 そしてもう一つ。

 彼女は人前に姿を現したことがない。


 僕も直接会ったことがないし、この部屋にも写真の一つすらない。


 それが余計に、何を考えているのかわからない人、という感じを強めている。


「そうだ! せいちんってさー、タイマン強いの?」

「いやいや、強いわけないでしょ! 僕、武闘派じゃないし……」


 僕がそう言うと、芽那ちゃんは不思議そうに首を傾げる。


「えー? そうなの? ゲーム好きだったじゃん?」

「ゲームは……タイマンとは関係ないんじゃない?」


 なんだか噛み合わない会話。

 もしかして、僕は何か勘違いしているんだろうか。


 なんてことを思っていると、芽那ちゃんはスマホを取り出す。

 そして画面をタップし、僕に見せてきた。


「このアプリね、『タイマンオンライン』ってやつー」

「何これ……」


 見たことのないアプリ。

 ヤンキーっぽい女キャラ二人が睨み合っているアイコンだ。


「ウチもあんまりやったことないんだけどー、なんかぁ、このアプリ押したら……ピカーって光ってぇ、競技場? みたいなとこにテレポートするんだよねぇ」

「……え?」

「そこで一対一で武器持って戦うの。だからタイマンオンラインってわけっ! 島外にも似たようなのあったよねー?」


 すごくふんわりとした説明で他の人が聞けば何のことやらといった感じだろうけど、僕には芽那ちゃんの言っていることがよくわかる。


『タイマンオンライン』

 名前こそ違うものの、僕がやっていたゲームにそっくりだったからだ。


「せいちん、スマホ貸して? アプリ入れたげるよ!」

「いや、スマホ……無いんだよね」

「えぇ!? めっちゃ貧乏ってこと? 買ったげよっか? どの機種がいい? ウチとお揃にしよっか!?」


 同情したのか、芽那ちゃんは僕にズズっと近づく。

 ふわっと女の子匂いがする上に大きな胸が当たりそうで、思わず身体を反らしてしまった。


「そ、そうじゃなくて! スマホ、没収されちゃったんだよ……!」


 誘拐される前に持っていたスマホは没収されていた。

 気を失っていた僕が持っていたのは、制服とこの学校の場所、そして転入生として振る舞えば元いた場所へ帰れるのだと記載された紙だけが置かれていたのだ。


 差出人はもちろん、京蓮寺さんだ。


 それで来てみたら……このザマ。


 改めてわからないことだらけだなと頭を抱えると、聞き覚えのあるチープな着信音がする。


「これ……僕のスマホの着信音だ!?」

「ほんと!? じゃあこの部屋にあるんじゃない? 探そうー!」


 音の聞こえるほうを辿っていけば、机の引き出しが怪しい。


 鍵はかかっていないようで、そのまま開ける。


「あった! 僕のスマホだ……」

「お~、よかったよかったー」


 ディスプレイを見ると、京蓮寺キュウと名前があった。


 僕は急いでスピーカーモードにしながら出る。


「京蓮寺さん!? 聞きたいこと、いっぱいあるんですけど!!」

「『およー、その声は青霄せいしょうクンだね! ちゃんとスマホは回収できたようで何より』」

「あなたが没収したんでしょ! それより、ここって……そもそもどこなんですか!?」


 そう、僕はまだ自分がどこへ連れてこられたのかすらわかっていない。

 真っ先に芽那ちゃんに聞こうと思ってたのに、それどころじゃない事態になってしまった。


 学校ってことはもちろんわかる。

 校門には『汐海学園しおみがくえん』と書かれていたけど、少なくとも近所の高校ではないのか聞いたことがなかった。


 それに青い桜が舞っていたし、先生の言っていた魔法少女なんたらかんたらだって知らない。


「『よくぞ聞いてくれた! キミが今いる場所こそキュウちゃんが設立した、女性だけが住む島! その名も……ジングウじまなのだ!!』」

「女性だけって……なんですかそれ!? ここって日本……ですよね?」

「『そうとも! 正真正銘、日本だ~! でも公にはなってない秘密の島なのだぞ~』」


 女子校だとは思っていたものの、まさかここは島で、女性しかいないとは思わなかった。


 でもそれならなおさら、僕をここへ連れてきた理由がわからない。


「……じゃあ女性しかいない島に、男の僕を連れてきたのはどうしてですか!? あんな銀行強盗みたいな格好をした女の人たちにいきなり襲われて……なんか変な袋被せられて……殺されるかと思いましたよ!」

「『ごめんごめーん! それは悪かったよ~。でもそうでもしないとキミ、来てくれないでしょ? 青霄クンには景品になってもらわないとね~!』」


 軽くでも謝ってくれたかと思えば、景品という引っ掛かる言葉を出してくる。


「その景品っていうの……何なんですか? 『タイマンオンライン』っていうゲームがあるのは聞きましたけど、それに僕を参戦させて……どうしたいんです?」

「『ふむ……その口ぶりだと大人しく景品になる気はないみたいだね?』」

「そりゃ……ゲームなら、わざと負けるようなマネはしたくありませんから。景品なんてものに甘んじる気はありませんよ。挑んでくるなら……僕は勝つために戦います」


 そう言った瞬間、芽那ちゃんからの強い視線に気づく。

 目を大きめに開けて、ジッとこちらを見つめていたのだ。


「……どうしたの、芽那ちゃん?」

「えっ!? ううん! なんでもない、なんでもない!」


 僕はそう言われては納得するしかなくなり、京蓮寺さんとの会話に戻る。


「『フフッ、それでこそ羽黒青霄……だね~! それじゃあ早速、お手並み拝見といこうか!』」

「……え? どういうことですか?」

「『そろそろ来るはずだよ? ……そら、3、2、1……』」


 その瞬間、理事長室のドアが勢いよく開く。


「……見つけた。アンタ、アタシと勝負しなさい!」


 激しい剣幕でやって来たのは、褐色の肌を持つギャルだった。


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