不遇な皇帝とお飾りではなかった妻の物語

第1話

「最高に可愛い女であれ」

「かしこまりました」


 私の唐突な命令にも、少女は優雅に頭をさげた。

 15歳という若さで突如、皇帝に即位した私と強い繋がりを持つための、政略結婚。隣国の公爵家の娘であり、傍から見れば、皇帝について何も知らないお飾り妻。


 それでも、その日から少女は可愛くなった。


 柔らかな春の日差しのように煌めく金髪は季節の花で飾られ、大きな紫水晶アメジストの瞳に彩りを添える。滑らかな白い肌に、淡いピンク色の唇は人形のように愛らしい。

 まだ幼さを残す体は可愛らしいドレスをまとい、優雅に過ごす。


「これでいい」


 政略と陰謀の世界へ巻き込んでしまった少女への贖罪。少しでも穏やかな世界で生きられるように。

 華やかな令嬢たちに囲まれて談笑している少女に私は目を細めた。



 私は皇帝の子だが、双子の弟であったため忌み子として処分される運命だった。


 それを不憫に思ったのか、遠い親戚となる隣国の公爵が私を引き取り育てた。このまま、己の出自など知らず公爵の子として一生を隣国で終えるはずだった……のだが。


 十年前に父である皇帝と母である妃が急死。双子の兄が5歳で帝位を継いだ。その時はまだ自分とは関係なかったが、つい先日、双子の兄が病死。


 その瞬間、自分の体に異変が起きた。


 全身を強大な魔力に包まれ、皇帝の証である紋章が額に発現。育ての親である公爵から自分の生まれについて説明され、現実を受け入れる間もなく帝国から迎えが現れた。

 こうして、私はこの数日で皇帝となり結婚までしていた。


「皇帝が受け継ぐ魔力、か……」


 帝国を維持するため代々の皇帝に受け継がれている魔力。この魔力がなければ皇帝とは認められない。

 だが魔力だけで国は成り立たない。国政の勉強と執務に忙殺される日々。公爵家で学んだことも役立っているが、それでも知識が全然たりず。


 政略結婚とはいえ少女と顔を合わす余裕もなく、気が付けば数年が過ぎていた。


 それでも少女は私の命令を守り、可愛くあった。

 柔らかな金髪を飾る花で季節を知り、大人びていく顔で過ぎた年月を感じる。幼さを残していた体は豊満になったが、ドレスは可愛らしいまま。


 その姿に癒しを覚えるようになったのは、いつ頃からか。


 少女が頻繁にお茶会を開催し、そのお茶会より多くの金額を消費していることは知っていた。しかし、可愛く穏やかに過ごせるのであれば、金銭など些細なこと。



 そう考えていたのだが――――



「陛下! 反乱です!」


 顔を青くした臣下と侍女を連れた少女が執務室に駆け込んできた。

 宮殿に怒号と爆音が響き、焼ける臭いと黒煙が迫る。


 私は背後にあった本棚へ飛びつき素早く本を動かした。兄の日記にあった皇族だけが知る隠し通路が現れる。


「逃げろ」

「陛下は!?」


 叫ぶ少女に私は首を横に振った。


「ここに残る」


 この国を治める皇帝として。そして、少女が安全な場所へ逃げるまでの、時間稼ぎのため。


「でしたら、私も!」


 頑として動きそうにない少女。私は控えている侍女に命令した。


「連れていけ」

「はい」

「陛下!」


 侍女が少女を持ち上げて通路へ飛び込む。白い指が私を求めて伸びたが、私は触れることができなかった。


 それから私は逃げた少女と臣下の身の安全と引き換えに拘束され、牢へ入れられた。

 罪人と同じ服を着せられ、魔力封じの枷を手首に嵌められる。


「国の金で好き勝手に散財しやがって」


 そう殴られ、ツバを吐かれたが、私には思い当たることがなかった。


「いや。一つだけある、か」


 少女が可愛くあるため金に糸目をつけなかった。だが、散財というほどではない。それより、使途不明で消えている金の方が多く、年々膨れ上がっている。

 そして、父と兄はその金の流れを探っている途中で亡くなったことが兄の日記から分かった。


「……反乱、か」


 私が薄暗い牢から出されたのは、二日後だった。


 連行された先は、広場に急ごしらえで作られた処刑台。遠くからでもよく見えるように木を組んだ高台の上にギロチンがある。

 それを困惑顔で見上げる民たち。


「……なんで、陛下が処刑なんだ?」

「税が軽くなって、暮らしやすくなったのに」

「派手な生活をしたらしいぞ」

「そうなのか?」


 不審が混じったヒソヒソ声。だが、声をあげて処刑に反対する者はいない。

 民からの視線を浴びながら階段を登る。少しずつ空が広がり、その先にあるギロチンが近づいてきた。


「跪け!」


 言葉と同時に足を蹴られ膝をつかされた。


 ガシャン。


 バランスを崩したところで、重い枷が首に嵌められる。


 そこに一人の男がやってきた。派手な装飾品で身を飾り、くすんだ茶色の髪を揺らす。皇族の血は引いてないが、自分にとって伯父となる人物。

 その姿にやっと合点がいった。


「黒幕は、おまえか」


 男が鼻を鳴らして私を見下す。


「まさか双子の弟がいたとはな。おまえも兄のように従順であれば、こんなことにはならなかったのに」


 皇帝と妃の急死。そこから兄の病死。不自然な死の連続と、消えた金。それは、すべて……


「その従順だった兄を殺したくせに、何を言う?」

「私の裏金に気づいたからな。あと、皇帝に受け継がれる魔力を渡さなかった」

「渡すのは無理だ。血縁がいれば魔力はそちらに引き継がれる」


 伯父がニヤリと口角をあげた。


「だが、もう他に血縁はいない」

「民の前で私を殺し、皇帝の魔力を奪うのか?」

「奪うとは言葉が悪いな。処刑され行き場のない皇帝の魔力を引き継ぐだけだ。民の前で魔力が引き継がれれば、私が次の皇帝であることに異論は出まい」

「そうか」


 皇帝という地位に未練はない。そもそも自分は赤子の時に死ぬ運命だった。それが、ここまで生きられたのだ。執務も少女が住みやすいように頑張っただけ。

 その少女が隣国へ逃げられたなら……


「あとは、おまえの妃を捕まえて私のものにするだけだ」


 思わぬ言葉に私は顔をあげた。


「どういうことだ!?」


 焦る私に下卑た笑みが落ちる。


「言葉の通りだ。前皇帝の妃を娶れば私の基盤も盤石になる。おまえとは白い結婚であったようだし、何も問題はあるまい?」


 少女の平穏な生活が崩れる。それだけは許されない。憎悪と憤怒が突き上がる。


「させるか!」


 私は初めて皇帝の魔力を解放させた。

 大地が揺れ、空に暗雲がたちこめ、稲妻が走る。見物に集まっていた民たちは逃げまどい、警備兵たちも逃げ腰に。

 だが、肝心の枷が外れず。


「クソッ!」


 ガチャガチャと枷を揺らすだけの私に最初は驚いていた伯父が安堵したようにせせら笑った。


「その枷がある限り、何もできん。見苦しい最期だったな」


 伯父がギロチンへ手をかけ……


 ドォォオン!


 街の一角で爆発音がした。伯父がその方角を見て顔を青くする。


「私の屋敷から煙が!?」


 そこに自分の名を呼ぶ声がした。


陛下ロワ!」


 一つにまとめた柔らかな金髪が宙を舞う。紫水晶アメジストの瞳が鋭く光り、大剣が空を斬った。それだけで、私を拘束していた枷とギロチンが崩れ落ちる。


 トンッ。


 軽い音とともに、騎士服に身を包んだ豊満な体が舞い降りた。細腕には似合わない大剣を肩に担ぎ、凛と顔をあげた少女が宣言する。


「我が陛下を奪還に参った」


 鮮やかな花飾りから質素な髪ゴムへ。可愛いドレスから騎士服へ。ヒールからブーツへ。ティーカップから大剣へ。可愛いをすべて置いてきた少女。

 その姿を私は唖然と見上げた。


「き、貴様は!?」


 気高い紫の瞳が悠然とこたえる。


「私は皇帝の妻。私の命運は夫とともにある」


 少女が大剣の切っ先を伯父の喉元へ突きつけた。


「兵よ! 少しでも動けば、此奴の首を刎ねる!」


 響き渡った声に、兵は困惑するのみ。

 一方で、首に剣を突き付けられた伯父が吠える。


「何を偉そうに! 皇帝から渡された国の金を私利私欲で浪費したくせに!」

「これが浪費と言うならば、そうなるな」


 少女が空いている手を空へ掲げる。

 すると、裏路地から飛び出した女騎士団が混乱している兵へ剣をかまえた。


「どういうことだ!?」

「与えられた金は、すべて女騎士団へ投資した。形だけだった女騎士団を鍛え直し、武器も揃えた。戦で女は使えないと軽視していた殿方たちは気付きもしなかったがな」

「なっ!?」

「あと、そなたが横領した金銭に比べれば、私の浪費など微々たるもの」

「茶会をしているだけの女ではなかったのか!?」


 伯父の問いに少女がフッと笑う。


「ただの茶会に、なんの意味がある? 定期的に開いた茶会は情報収集のため。反乱を起こす気配がある貴族の令嬢を集め、親や家の動向を探っていたが、この反乱を企てている中心人物だけが不明だった」

「だが、これからどうするのだ? こいつを連れて、この国から逃げられると思っているのか?」

「逃げる? まさか」


 そこに早駆けの馬が近づいてきた。


「伝令! 隣国の軍が帝都を包囲しております!」


 騎士からの報告に伯父の顔が青くなる。


「なっ!?」

「父に援軍を頼んでいたが、到着したようだな」

「まさ、か……」


 反乱が失敗したことを悟り、崩れ落ちた伯父が恨めしげに私を睨む。


「貴様がこんな計画を……会話もほとんどない仮面夫婦という報告は誤りだったのか!」


 その言葉に私は軽く笑いながら、魔力を使いきり重くなった体を立ち上がらせた。


「いや、誤りではない。ここ数年、会話らしい会話はなかった」

「ならば、どうやって……手紙か!? いや、手紙のやり取りもなかったはず」


 私は皇帝の仮面を捨て、少女の腰を引き寄せた。

 忌み子として捨てられた自分を育てた公爵の末娘。じゃじゃ馬すぎて公爵も匙を投げたほど。


「やっと、私に触れたな。言いつけ通り、可愛いを演じたぞ」


 腕の中で悠然と微笑む妻。その笑みに頬が緩む……が、カッコよすぎて少し悔しい。


「あぁ。おまえはオレのことを知り尽くした、最高バチクソにカッコいい女だ」


 そう言ってオレは男前な言葉を紡ぐ口を唇で塞いだ。



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