第22話 テーラにて

 三日後、結衣菜たちはやっとテーラ城に辿り着いた。

 ロイドはアレンが追い出されたことを知ってすぐ急いで城を出たと言っていたが、それにしてはずいぶんいろいろな物を馬に乗せていたようで、彼の気持ちが落ち着く間もなく服がぼろぼろだの髪の毛をきちんとしないとだの彼の世話に余念がないようだった。

 みんなの前では恥ずかしいというアレンにロイドは少し落ち着いたが、一日目の野宿の際に身なりを整えたアレンは王子らしい気品のある装いを見せ、一つに結わえた髪には大きめのリボンがつけられていた。


「すげー!王子みたい!」


 王子に馴れ馴れしく話しかけはしゃぐチッタにロイドはあまりいい印象を持っていないようだったがアレンがいいんですというとやっと彼はとやかく言うのをやめたようだった。チッタはなぜかアレンのことを気に入ったようでやたらと話しかけている。


「お兄さんにでもなったつもりなのかしらね……」


 ティリスの言葉はまさにそのようで、チッタが何か楽しそうに話すのがなんだか微笑ましい。当のチッタは誰のことも全く気にしていないようで、今も一番前を馬に乗って歩くアレンの横で何やら面白そうな話をしているのだった。

 テーラ城には裏口から入ったため、あまり外装は見えなかったがかなり大きいようだった。兵士たちの動きを把握しているロイドの案内でとても円滑に城の中に入ることができた。王子の部屋へも難なく潜り込むことができたのである。


「それで、城の中に入ったのはいいけど、これからどうする?」

「私がどうにかして陛下への謁見の許可を得ようと思いますが。……問題は、その間殿下とあなた方を城の者に見つからないようにしなければ……」

「父上……」


 アレンがうつむくとチッタが声をかけた。


「王様だって話せばきっとわかってくれるよ」


 そうですね……と尚も不安そうに彼が頷くと、不意にアレンの部屋の扉が開いた。硬直する一同に口を開いたのは入ってきた者で、彼は王子の姿を見て声を上げた。


「アレン様! ご無事だったのですか。城を追われたと聞いてとても心配しておりました」


 豪華絢爛なマントに蓄えた髭。城の者と思われる初老の男はかなり身分が高い様子だった。


「本当によかった……ロイド、お前が連れて帰ったのだな、よくやった。……と、その方たちは?」

「ガレス大臣。この方たちは殿下の客人です。それより、今城は……」

「そうですか。アレン様のご客人となれば、手厚くご歓迎いたしましょう。……? 城に変わりはありませんよ、なにかありましたかな?」


 口を濁すロイドに、結衣菜は少し不安を覚えた。しかし大臣は悪い人ではなさそうだ。これからどうするのだろうか。


「とにかく、殿下のお部屋で話していてもしょうがないでしょう、こちらへお越しください。ご案内いたします」


 ガレスは信用できます、という王子の言葉に結衣菜たちは彼の部屋を後にしたのだった。


***


 城に忍び込むときにも思ったことだが、ディクライットの城に比べてテーラのお城の中には人が少なかった。使用人もガレス以外の大臣も、兵士ですらその姿を見なかった。結衣菜は自分の経験の浅さがそう思わせるのかと思って、かぶりをふった。

 ティリスがディクライットの騎士団員であること、その仕事でテーラに用があること、その道中でアレンに出会ったこと等をガレスに説明した。結衣菜やガクの目的を伏せたのはあえてのことだろうと結衣菜は思って、何も話さないことを決めた。


「……そういうことだったのですね」


 ガレスが口を開き、用意された紅茶をすする。それにつられてガクも手を付けたのが見え、チッタも興味があるようだったがそのかぐわしい匂いに飲むことはやめたようだった。紅茶は苦手な結衣菜も飲んではいない。全く手をつけていないのはティリスもそうなのだろうか、と結衣菜は思ったが、直ぐに豪奢な部屋の内装へと気が向いた。まさかこんなにすごい場所に通されるとは思っていなかったのだ。結衣菜は少し緊張しており、きょろきょろしていると、いろいろな物が目に入る。

 美しく装飾された扉や絨毯、置物が所狭しと並べられ、煌びやかな城の生活が垣間見えた。壁に飾ってあるのはアレンの父である王様の肖像画だろうか。目元がそっくりだ。あんなに優しそうな人が、息子を追い出したというのは本当だろうか、と結衣菜は首を傾げる。


「ガクさんは不思議な髪色をしていらっしゃいますな」


 ガレスの一言に、ガクが目を丸くする。睨み付けるような大臣の視線。テーラでもクワィアンチャー族への差別はあるのだろう。


「それより、アレン様は陛下との謁見の時間が欲しいとおっしゃっています。どうにかお時間をいただけないものでしょうか?」


 ガクを気遣ってか知らずか、ロイドが話題を変え、それに乗じてアレンが初めて口を開いた。


「どうしても父上と話がしたいのです。僕、僕は……」


 再び俯いたアレンを心配そうに見つめていたチッタが、初めて口を開いた。


「なあ! ガレスさんお願い! アレンのためにお父さんとお話しさせてあげて! 俺からのお願い!」

「お願いしますガレス。どうか父上と話をさせてください」


 真剣な子供二人に押された大臣はうーんと唸ったあと、こう答えた。


「わかりました。何とか私が手配してみましょう。しかし今日はもう遅い。ディクライットの方々も、部屋を用意いたしますので今日はゆっくりとお休みください」

『やった!』


 笑顔で顔を見合わせた二人に、安堵したロイドが長い溜息をついたのだった。

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