第13話 再びの旅立ち
再び結衣菜たちは村長の家を訪れていた。
村長は孫娘のことを大変心配していたようでその目には涙が浮かんでいた。
どうやら連れ去られた本人はほとんど何も覚えていなかった。あの漆黒の男は何が目的でこんな事件を引き起こしたのかは依然不気味な謎として残っているのだった。
「すまなかった。ガク」
一通りの説明が終わった後、村長はそう発した。結衣菜たちが村に来たばかりの時の威圧的な印象とは代わり、少し委縮しているように感じた。
「私は、今までお前の種族のことを快く思っていなかった。同胞を殺し、至福の糧とするあの連中のことを私は憎んでいた。だがお前は違った。私は長い人生の中で人を見る目を濁らせてしまったのだ。もう一度言おう。すまなかった、どうか許して欲しい」
肩を震わせて両の手を握りしめる村長はとても小さく見えた。ガクは眉を寄せて、居場所を伺うように、二、三歩足の位置を変えた。そして、俯くと口を開く。
「俺は……いいんです。仕方のないことですから。俺があなたたちの立場ならそうしたでしょう。それより、お話したいことが」
彼の言葉に安堵したのだろう。村長の口調は柔らかい。
「なにかね、私たちにできることならいくらでも……」
「この村を発とうと思います」
村人たちのどよめいた声が部屋のなかに充満する。
「俺は……今までずっと、自分の種族について知りませんでした。いや、知ろうとしなかったんです。あなたたちが俺を……いや、俺に勇気がなかっただけだ。あの男に出会って、語られたことの真意を、確かめてみたいと思ったんです。……これまで、ありがとうございました」
「彼が決めたことだ、私たちに口出しはできない」
尚も収まらない村人たちの動揺を村長がいさめる。やっと静まった彼らを見て村長は穏やかな表情で笑った。
「今日はゆっくり休みなさい。旅の支度もあるだろう」
***
その後、ティリスが騎士団の任務の関係で忙しく出入りする中、結衣菜とチッタはガクが住むという家を訪れていた。大きめの家の隣にあるその小さな小屋がそれだという。家、というよりは大きめの物置といった印象である。
「隣はアンとチュンの家なんだ。ほら、昼間会った子供たち」
ああ~とティリスは頷き、ガクが扉を開く。すると、中から綿菓子のような何かが飛び出してきた。
「ヴィティア!」
ガクに飛びついたそれは彼の肩の周りをぐるぐると周り、その長い髪の中からひょこっと顔を出した。猫のような容姿に薄緑色の毛並、白いふわふわとした尻尾。そしてその背中には鳩のような翼がついていた。結衣菜が感嘆の声を上げる。
「かわいい!」
「いいやつなんだ」
「こいつなに? 魔物?」
頭をなでる彼の手にじゃれるヴィティアはとても愛らしい。チッタがつつこうとするとそれは口を開け、そして炎が出た。驚いて尻餅をついたチッタにガクが手を差し出す。
「驚かせてごめんな? こいつ、ヴィティっていう種類の魔物の子なんだ」
自分のことだと気付いているのかいないのか、その小さな魔物は機嫌よさげにミャァと鳴いたのだった。
***
その晩ガクの家に一泊していた結衣菜たちは村の出口に向かって歩いていた。夕飯はガクが振る舞った。思いもよらぬことに彼の料理はとても美味しかった。
ディクライットの料理は蒸かした芋を潰したものにウインナーのような腸詰を添えたりするものが多く、初めこそよかったが三日もすれば飽きてしまっていたのだ。ティリスが野宿になるなら保存食を持っていかないとと干した食べものを用意していたが、あったかい食事にありつけるのは非常にうれしいことだった。結衣菜は故郷で食べたポトフのような煮込み料理に感激したが、一人でいるとそのぐらいしかやることがなくてね、と言った彼の笑顔は少し翳っていた。
結衣菜は色々聞きたいことがあったが、ゆっくり聞けば良いと思っていた。昨晩、皆で相談した結果、東の国テーラ、そしてさらに先にある砂漠にある遺跡という目的地が同じということでガクも旅に同行することになったからだ。
ガクの頭の上に乗っかったヴィティアは今日も機嫌がよさそうで、彼の髪の毛をいじってはやめろと言われることを楽しんでいるようだった。
「いい天気ね」
空には一面の青。新しい旅を始めるにはいい天気だ。
彼らが空を見上げていると、後方から「ガク兄ー!」と駆けてくる子供たちがいた。
チャチャとアン、そしてチュンの三人である。彼らはこの村に三人しかいない子供たちだ。
「どうしたんだ三人とも」
息を切らして集まってきた三人は、目に涙を浮かべている。ガクは目を細める。
「ガク兄、もう行っちゃうの?」
「私たちね、ガク兄、の、お見送り、しにきたの」
少しとぎれとぎれに話すチュンに続き、チャチャが握っていた何かを前に突き出した。
「あのねこれ、持ってってほしいのっ」
「これは……ピアの実じゃないか! こんな貴重なもの、もらえないよ」
『いいの!』
三人の声が重なった。
「ガク兄よわっちいから、しんじゃうと、だめだから……これ食べれば、ちょっとだけ、元気出る」
ガクは優しく笑い彼女の頭を撫でる。
「ありがとうね」
「うん……っあとね! もう一つあるの!」
チャチャがアンに目くばせをする。気づいた彼は重そうに何かを差し出した。
「チャチャのおじいちゃんが、必要になるだろうからって」
「村長さんが……」
ガクが受け取ったのは長剣で、引き抜くと美しく磨かれた刀身が露わになった。アンは少し寂しそうに、けれど涙を拭って笑顔を見せた。ガクは少年の頭も優しく撫でる。
「これでガク兄も強くなれるね!」
「ほんとお前たち、ありがとうな。それじゃあ俺、もう行くよ」
それは別れの言葉だ。小さな子供たちには永遠の別れのように思えるのだろう。まるで入れ物から溢れた水がとめどなく流れ続けるように、彼らの涙は再び流れ出したら止まることを知らなかった。
「ガク兄、いっちゃやだよおー」
「私、ガク兄のお嫁さんに、なるって、決めてたのにぃーっ」
「ガク兄ーっガク兄ーっ」
わんわん泣く子供たちに彼はしゃがみ込み抱き寄せる。目を瞑って彼らにだけ聞こえる声で、彼は言った。
「大丈夫、絶対戻ってくるよ」
「本当?」
「本当だよ」
ガクの笑顔は本物だった。それを見て安心したのか、子供たちはそれぞれガクの額に口付けると再び立ち上がる。
「旅人さんたちも、元気でね!」
「ばいばい!」
小さな手を精一杯に振る子供たちの声がだんだんと遠ざかり、ついには聞こえなくなくなるまでガクは決して振り向くことはなく、結衣菜はその理由をなんとなく察していた。
先導を切る彼の後姿はさみしそうで、高いはずの彼の背が昨日よりも小さく見えた。
青く澄み渡った空がどこまでも続き、それがなぜかとても悲しく見える、そんな再びの旅立ちであった。
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