第40話 呪われた聖女


 ベッドに横たわったままピクリとも動かないエレナに、モレッドが近寄ろうとすると、ガウェンが右手をさっと出して制止する。


「モレッド、わかっているとは思うが、呪いに侵された肌には触れるなよ。 おまえ自身は大丈夫だと思うが、何かの刺激で呪いが活性化せんとも限らん。 そうなればエレナの命が危ういからな 」


 モレッドはこくりと頷くと、ゆっくりエレナの横たわるベッドに近付いていく。

 その時、クルルがリッツのカバンからひょいと抜け出して部屋の中をくるくると飛び回る。


「あ、クルル、駄目だよ。 カバンに戻ってて 」


 リッツがそう言うとクルルは悲しそうにまたカバンの中に戻ろうとする。


「いや、ここなら他のものの目は届かない。 その白竜の子も外に出て大丈夫だ。 ずっと閉じ込めていて悪かったな。 白竜は魔法の効果を高める加護を与えると言われていて、教会本部でも血眼になって探し回っているやつがいるんだ 」


 リッツが「ククル、やっぱりいいよ!」と言うと、ククルはまた嬉しそうに部屋の中を飛び回り、モレッドの肩にちょこんと止まる。

 

 

 モレッドはそうっと呪符にくるまれたエレナの手をとる。

 その手はひんやりと冷たく、美しい青い髪に包まれた真っ白な頬からはほとんど生気が感じられない。


 それでもモレッドは生きてエレナと再開できたことを喜び、優しく言葉をかける。


「エレナ、ただいま。 少し時間がかかったけど戻ってきたよ。 いろいろあったけど、君が守ってくれたからぼくは生き残ることができたんだ。 ずっとずっと、本当にありがとう 」


 エレナは答えない。

 ただ静かに目を閉じて、白いベッドに横たわっている。


 ふと、モレッドの頬を涙が伝い、エレナの腕に落ちる。

 モレッドは涙を拭い、エレナを蝕む呪いをじっと睨む。


 胸元から頬まで伸びた黒い呪いの痣は近くで見ると小さく蠢いており、少しずつエレナの身体を喰らっているようにも見える。

 思わず手を伸ばしそうになるのをグッとこらえ、モレッドは覚悟を決めた表情でエレナの手を握る。


「もう守られてばかりじゃない。 今度はぼくが君を助ける 」

「ガウェンさん、エレナはどういう状態なんですか? 」


 モレッドが振り返って尋ねると、ガウェンは深刻な表情で話し出す。


「呪いに侵されているのは見ての通りだが、厄介なことに2つの呪いが絡み合ってしまっていてな。 本部の魔術師でも歯が立たず、教会のものだけでは正直手詰まりになっていたところだ。 だが、、、 」


「そんな、、、 何か、何か方法はないんですか!? ぼくにできることならなんでもやりますから! 」


 モレッドが身を乗り出すと、ガウェンは「落ち着け 」と言ってモレッドに向かって手のひらをかざす。


「話は最後まで聞け。 教会のものだけではと言っただろう。 ルーラーであるおまえとこの白竜の子がいれば、エレナを救える可能性がある。 モレッド、ルーラーのスキルはどこまで扱えるようになった? 」


「ルーラーのものかはわかりませんが、今のぼくに使えるスキルは相手の弱体化と、スキルや魔法の効果の消去です。 あ、ぼくのスキルでエレナの呪いを消せるってことですか!? 」


 モレッドはまた身を乗り出して尋ねるが、ガウェンは難しい顔をして首を横に振る。


「恐らくおまえのスキルなら呪いを祓うことはできる。 だが、今回はそれだけでは駄目なんだ 」


「片方の呪いを祓った時、もう片方の呪いがどうなるかがわからんのだ。 最悪、呪いが強まってエレナが持たない可能性もある。 だから今回2つの呪いを同時に祓わねばならん 」


「2つ同時に、、、」


モレッドがごくりと唾を飲む。


「ああ、勘違いさせたな。 モレッドが祓う呪いは1つ、猛毒の呪いだけだ。 こっちは古代の呪いらしく、解析が間に合っていなくてな、教会では手が出せんのだ。 だが、おまえのスキルなら問題ないだろう? 」


「たぶん、大丈夫だと思います。 呪いを祓ったことはないですけど、今まで試した範囲だと仕組みがどうこうというより、左手で触れたスキルを無条件で打ち消しているみたいでしたから 」


「よし、それなら問題ないだろう。 もう1つの禁呪の呪いはククルの加護を受けたオレの相棒にやってもらおうと思う。 ただ、見たとこククルは産まれたてだ。 落ち着かせるためにもリッツがそばにいてやってくれ 」 


「そばにいるだけでいいんですか? 」


リッツが不思議そうな顔で尋ねる。


「ああ、気付いていないかもしれないが、ククルとおまえは強い魔力的な結び付きを持っている。 産まれて大して時間もたっていない竜の子がここまで落ち着いているのは、その結び付きによるところが大きいんだ 」


「そうなんですね、、 わかりました! リッツにできることなら任せてください 」


 リッツが胸の前でぐっと拳を握り、任せろと言わんばかりのポーズをする。


 ふと、モレッドはラドームの街でエレナを送り出した時のことを思い出す。

 またモレッドの頬に涙が伝う。


「あれ? モレッド、どうしたの? 心配しないでリッツもちゃんと頑張るから、一緒にエレナさんを助けよう! 」


 リッツはモレッドの手を握り、「きっと大丈夫だよ」と元気付ける。


「うん、、、 ありがとう、リッツ。 よろしくお願いします 」


 途中から黙って様子を見ていたガウェンはニッコリと笑うと、2人の頭をまとめてわしゃわしゃと撫でる。


「あー、もう、かわいいなおまえら! オレみたいなオッサンには眩しすぎるぞ。 よし、じゃあさくっとエレナを救っちまうか! 」


『はい! 』


 モレッドとリッツが揃って返事をすると、ガウェンはまた微笑み、準備をするから着いてこいと部屋の外へ向かって手を振る。


「オレの相棒はちょっと入り組んだところにいてな、これから呼びにいくからおまえらも付き合ってくれ 」


 そう言うとガウェンはモレッド達を連れて部屋を出る。



 10分後、モレッド達は教会の地下に広がるSランクダンジョン、その名も『勇者の墓標』にいた。

 

 

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