第39話 聖騎士

「やっと、やっと着いたー! 」


 眼前にそびえる聖都の城門に向かって、リッツが両腕を突き上げながら叫ぶ。

 振り替えると、この1ヶ月半登り詰めだった山道が見える。


 

 2ヶ月ほど前、モレッド達は聖都への抜け道を利用できないかと、入り口を管理している教会に立ち寄ったのだが、運悪くそこにはサイオンの被害にあった修道女が何人かおり、女の敵と罵られて門前払いにされてしまった。


 リッツは修道女達の誤解を解こうとしていたのだが、逆に年端もいかない娘を洗脳しているのではと疑われてしまい、敢えなく退散することになったのだ。


 道すがら、修道女から散々サイオンの悪口を聞かされたリッツは怒りながら、

「あんなひどいやつ勇者じゃない! 100倍どころか、100万倍モレッドの方がかっこいいよ! 」

と、口を尖らせていた。



 ここでも門前払いを食らうのではと心配していたモレッドだったが、聖都の衛兵は水晶玉で犯罪歴の確認をした後、いくつか質問をしただけですんなりと街に入れてくれた。

 若い男の衛兵は、モレッドが元勇者パーティーだと知ると、「ああ、あの遊び人の男の子か、あの時は本当に大変だったな。 可愛い相棒ができてよかったよ 」とモレッドの肩を叩き、1人でうんうんと頷いていた。


 

 聖都に入ったモレッド達は教会の本部を目指して街中を歩いていく。

 騒ぎになるといけないので、クルルはリッツのカバンの中だ。


 教会本部は街の一番奥、山の岸壁に隣接した巨大な建物だ。

 石造りの荘厳な建物に近付くと、門を警備する兵士が訪問の目的を訪ねてくる。

 この兵士はモレッドのことを知らないようだ。


「こんにちは、旅の人。 失礼ですが、教会本部に何か御用でしょうか? 」


「こんにちは。 ぼくはモレッド、こっちの女の子がリッツと言います。 元パーティーメンバーで聖女のエレナに会いに来ました 」


「聖女の元パーティーメンバー? では、あなたは元勇者パーティーの、、、 」


「おーい、門兵、そいつらはオレの客だ。 こっちに通してくれ 」


 門の横にある通用口が開き、中からライオンのように白い髭を生やした大柄な男が出てきてモレッドに手を振る。


「ガウェンさん! お久しぶりです! 」


 モレッドが駆け寄るとガウェンは目尻にシワを寄せて微笑み、ひょいとモレッドを持ち上げる。


「おう、3年ぶりだな、モレッド! けっこう背が伸びたんじゃないか!? それに可愛い嫁さんまで連れてきて、おまえも大きくなったんだなぁ 」


 ガウェンに高い高いをされたまま、モレッドは照れた顔でに反論する。


「ち、違いますよ、ガウェンさん! リッツはお嫁さんじゃなくて、大事な旅の仲間です! 」


「おお、そうか! まあ気にするな、どっちも似たようなもんだ! ガハハハハ! 」


 そう言うとガウェンはリッツの方に目をやり、またニッコリと笑う。


「お嬢ちゃんもよく来たな、オレは聖騎士のガウェン。 教会を代表して歓迎するぜ。 さあ、山道ばかりで疲れたろうし、まずは風呂にでも入って汚れと疲れを落としてこい。 積もる話はそれからだ 」


 モレッドがそれよりもエレナと話をと食い下がるが、「そんな汚いなりで病人に会わせられるか、すぐに死んだりしないから慌てるな」とたしなめられる。


 ダールトンは2人を招き入れると、リッツのカバンを見ながら、しーっと口に指をあてる。 

 そのまま、2人はそれぞれ教会の浴場へと通され、湯船で疲れた身体を癒すのだった。



 モレッドが湯船からあがると、先ほどまで着ていたどろどろの服が無くなっており、代わりに綺麗に洗濯された服が置いてあった。

 教徒の服というわけではなく、どちらかというと旅人が好んできるような丈夫で動きやすいものだ。


 新しい服を身に付けたモレッドは待ち構えていたガウェンに連れられ、建物の奥の方にある彼の私室へと通される。


「さあ、モレッド、ひとまず楽にしてくれ。 エレナのところに行くのはリッツが来てからだ。 腹も減っているだろうし、何か食べながら少し話をしようか 」


 リッツはもう少し時間がかかりそうだったので、モレッドは前回聖都に立ち寄った3年前以降の旅について話をする。



「なるほどな、やはりサイオンは危険な男だったか。 エレナのことは調査隊の話を鵜呑みにするわけにはいかないな。 オレの方で少し教皇と話をしておくよ 」


 モレッドがこくりと頷くと、ガウェンはモレッドの頭に向かって大きな手をゆっくりと伸ばし、優しく頭を撫でる。


「そんな状況の中、よく生き残ったな。 なんの力も持たない遊び人だったのに、大した奴だよ、おまえは 」


「それは、エレナが守ってくれたからです。 危ないことをさせられる度に庇ってくれていたし、サイオンもエレナの言うことなら少しは聞いていたから。 それに、エレナがパーティーに入る前はビスタ達が助けてくれたし、、、 」


 そこまで言うとガウェンはまたモレッドの頭をわしゃわしゃと撫でる。


「ビスタ達のことは残念だった。 だが、おまえがこうして立派に仲間を助けようと旅をしてきたことは、あいつらにとっても嬉しいことだと思うぞ。 勇者をどうするかの話もあるが、そろそろ時間だな 」


 ガウェンがそう言うと、ドタドタと廊下を走る音がして、リッツが部屋に入ってくる。


「ごめん! 急いだんだけど、けっこう時間がかかっちゃったかも! 」


 リッツはかなり慌てて出てきたようで、ほとんど乾いていない髪がしっとりと首に張り付き、温もった身体からほんのりと湯気がたっている。


「大丈夫、こいつも今出てきたところだ。 リッツもちゃんと乾かさんと風邪をひくぞ。 そらッ 」


 ガウェンはそう言うと風魔法を発動させ、器用にリッツの髪を乾かしていく。


 リッツの髪が乾き切ったところで、ガウェンは2人を連れて部屋を出る。


「さあ、エレナに会いに行くぞ。 エレナの状態は軽くドリアードから聞いているだろうが、モレッドは心の準備をしておけよ 」


 そう言うと、ガウェンは階段を登り、教会の奥へと進んで行く。

 何度か鍵のかかったドアを通り抜け、10分ほど歩くと、3人は物々しい封印が施された部屋の前にたどり着く。


「ここだ。 オレが封印を解くから少し下がっていてくれ 」


 ガウェンは呪文を唱えると、重なりあっていた封印の魔方陣が順々にほどけていき、カチリと音をたてて扉の鍵が開く。


 エレナは窓際に置かれたベッドに横たわっていた。

 その腕は呪文が書かれた包帯でぐるぐる巻きにされ、呪いの黒い痣が胸元から頬にまで伸びている。


 「エレナ、、、 」


 モレッドの呟きが静かな部屋に響く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る