第38話 勇者なんかより


 リッツがゴブリンの群れの周りを鳥のように舞う。


 幾度となく射出される風の刃はゴブリンの身体をいとも簡単に切り裂き、一体、また一体と確実に息の根を止めていく。


 ゴブリンの群れはリッツを追いかけようと走り回っているが、余りのスピード差に追いすがることすらできておらず、同じ場所を行ったり来たりしているだけになっている。


 モレッドはゴブリン達から少し離れた位置に待機しているが、弱体化スキルの影響はそれなりにあるようで、走り回っているゴブリン達が目に見えて疲労しているのがわかる。


「かなりの数だけど、これなら! 」


 リッツはそう言ってどんどん風の刃を放ち、ゴブリン達の数が半分ほどになった頃、モレッドの肩に止まっていた白竜の子クルルが突然飛び出していってしまう。


「クルッ、クルー 」


 高速で走り回るリッツのそばにぴたっと張り付いたクルルは、嬉しそうにリッツに向かって鳴き声をあげる。


「え、クルル!? 来ちゃったの!? 危ないからモレッドのところに、、、 」


 リッツがそう言いかけた時、クルルの口から光線が走り、一瞬で3体のゴブリンが焼き切られる。


「え、何これ!? 光魔法!? 」


 驚くリッツを見て、また嬉しそうな顔をしたクルルはもう一度口から光線を放ちゴブリン達を焼き付くしていく。


「すごいね、クルル! 産まれたばっかりだから戦いないと思ってたけど、ゴブリンなんかじゃ相手にならない 」


 リッツとクルルはそのまま、同士討ちにならないように互いに気をつけながら、どんどんゴブリンを減らしていき、ものの数分で群れは完全に壊滅した。


 一応、モレッドも飛び出したクルルを追いかけてきていたのだが、風の刃と光線が飛び交う中で接近戦をしようとは思えず、少し離れたところからゴブリン達が狩られていくのを眺めていた。



 

 ゴブリンの群れとの一方的な戦いから10日後、モレッド達は街道の分かれ道で立ち止まり、地図を見ながら話をしている。


「ここから北東に向かうと、教会の人達が使う聖都への抜け道があるみたいなんだけど、モレッドがいれば通れたりしないかな? 抜け道が使えたら半分くらいの期間で聖都にたどり着けるんだけど、、、 」


「あー、ごめん。 前にも言ったとおり、それは難しいと思う、、、 」


「前に言ってた勇者パーティーでいろいろあったから通れないって話? もうモレッドは勇者パーティーじゃないし、聖女様の友達ってことでなんとかならないかな? 」


「ちゃんと説明してなかったんだけど、前に来た時、サイオンが修道女さん達にいろいろ悪さをしてさ。 その時、さすがに被害の数が多すぎるって話になって、ぼくや他のパーティーメンバーまで疑われちゃったんだ、、、 」


 モレッドはそこまで話してリッツの顔がこわばっているのに気付き、慌てて両手を振りながら弁解する。


「あ、もちろんぼくは何もしてないよ! ほら、ぼくって背は低いし、サイオンみたいにかっこよくないし、修道女さん達もまったくぼくのことなんか気にしてなかったはずだからさ!」


「ち、違うよ! モレッドはかっこいいよ! それに、優しくて頼れるし、頑張り屋さんだし、そのサイオンって勇者なんかより、モレッドの方が100倍素敵だよ! 」


 捲し立てるように力説され、モレッドが恥ずかしさで顔を赤くすると、今度はリッツもまたどんどんと顔が真っ赤になっていく。


「あ、ありがとう、リッツ、、、 その、お世辞でも嬉しいよ 」


「え、違うよ。 お世辞なんかじゃなくて、リッツは本気でそう思って、、、 」


「クルッ、クルッ! 」


 クルルの鳴き声で我に帰ったモレッドが辺りを見渡すと、数匹のトロールが茂みからこちらの様子を伺っている。


「あ、魔物がこっちを狙ってる! ぼくが倒してくるから、リッツとクルルはここで周りを警戒していて! 」


 そう言うと、モレッドは一目散に茂みのトロールに向かって駆けて行く。


 1体目のトロールを倒した後、リッツ達の方に魔物が行っていないかを確認してから、次の討伐にかかる。


 この10日間も、その前の旅でもモレッドは常に仲間を気遣いながら戦っていた。

 リッツやクルルが魔物に狙われないように上手く立ち回り、みんなで戦う場面でも強い魔物の相手はモレッドが引き受けてくれた。

 その上、戦闘が終わった後も怪我がないか、疲れていないかと世話を焼いてくれるのだ。


 母親を亡くしてからここまで誰かに大事に扱われたことのなかったリッツにとって、モレッドとの旅は驚きの連続だった。

 そして、自分もこの人を大事にしたいと思うようになっていた。



 モレッドはトロールを全滅させるとすぐに振り返ってこちらの無事を確認する。


「ほら、優しくてかっこいい、、、 」


 リッツはそう呟くと肩に止まっていたクルルを抱き、こちらへ駆け寄ってくるモレッドの姿をじっと見つめていた。


 


 



 


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る