第36話 歩む道
「忘れ物? えっと、荷物ならこれから取りに行こうかと 」
モレッドの言葉にトリス神父はにっこり笑うと、今度はリッツの方を向く。
「だそうですよ、リッツ 」
リッツはトリス神父に向かって少し膨れた顔をする。
「もー、トリス神父、変な言い方はやめてください。 心配しなくてもちゃんと自分で話しますよーだ 」
そう言うとリッツはモレッドの方に向き直り、真っ直ぐ目を見て話し出す。
「モレッド、教えて。 モレッドはこれから聖女様の無事を確かめるために聖都に行くんだよね? 」
モレッドは首を傾げながら答える。
「うん、そのつもりだよ 」
「そして、その後のことははっきり決めてはないけど、人族の領地方面に行って勇者を探そうと思ってる? 」
「うーん、絶対にとは言えないけど、サイオンのことは気になってるから、たぶんそうするんだと思う 」
「そっか、それならさ、私もモレッドと一緒に行ってもいいかな? 私が聖都までモレッドを案内するから、その後で人族の領地まで一緒に行ってほしいの 」
モレッドは少し驚くが、すぐに笑顔になり、リッツの手を握る。
「ほんと!? リッツが一緒に来てくれるの!? 嬉しい! ありがとう! あ、でも教会のみんなのことは、、、 」
「ずっといなくなるわけじゃないから大丈夫。 私ね、人族の領地にいるおばあちゃんに会いに行きたいんだ。 それに、モレッドとの旅はほんとに楽しかったの。 だから、モレッドと一緒に人族の行けたらいいなと思って 」
「うん、ぼくもリッツとの旅は楽しかった。 それに実はちょっと不安だったんだ。 ぼくは少し方向音痴みたいだから、、、」
間髪いれずに「少しじゃないよ」と呟いたドリアードの言葉でその場は楽しげな雰囲気に包まれ、いつ話しかけようかとタイミングを計っていたボルドーも巻き込んで、それぞれが口々にモレッドとリッツに別れの言葉を告げる。
日が高く登り、もう少しで空のてっぺんにたどり着きそうになった頃、モレッドとリッツは見送りに来た神父達に手を振りながら、聖都への道を歩いていく。
二人の姿が見えなくなり、見送りの人達がそろそろと帰り始めた頃、ドリアードが神父であるトリスに向かって口を開く。
「トリスはさ、もうちょっと自分で動くってことを覚えた方がいいよ。 ぼくが眠っている間、ルージュがあんなに大変な目にあってたんだから、あれこれ裏工作ばっかりしてないで助けてくれればよかったのに 」
「おやおや、手厳しいですね。 私も仲間としてルージュが大変な苦労をしたことには胸を痛めていたんですよ。 毒に侵されたルージュの姿を見たその夜は1人枕を濡らしたほどです。 それに、私があなたほど自由に動けないのはご存知でしょう? 」
トリスの言い方にドリアードは拗ねたような顔で語気を強める。
「そんなのわかってるさ。 でも、ぼくはそれでも、君なら他にやりようがあったんじゃないかって言ってるんだよ 」
「もう少し早くルージュとあなたの状態に気付いていれば他の手段があったかもしれませんね。 ですが、現実はそうはならなかった 」
トリス神父は遠い目をしながら話を続ける。
「13年前、私は人族の街で勇者の目覚めに立ち会いました。あの日、世界の修正は勇者によってなされると取り決められたのです。 あなたにも私にも、歪んだ世界は治せない。 だが、調停者は違います 」
「調停者だけは、勇者と同じようにこの世界を変えていくことができる。 時に勇者と敵対しようとも、彼だけは己の意思の元でその力を振るうことができるのです。 まあ、今の彼にそこまでの志があるとは思えませんが 」
ドリアードはふーとため息をつき、トリスの方から目を反らす。
「わかったわかった。 君に言ったぼくがバカだったよ。 まあ、モレッドもちゃんと調停者の力に目覚めていたし、聖都に向かうならそこで自身の使命とも向き合うことになるね。 冷たいトリスもその辺りはちゃんと考えて仕事をしたんだろ? 」
「またひどい言われようですね。 まあ、あなたの言うとおり、モレッドが聖都で彼らに会えばまた歯車が動き出します。 そのために可愛い娘も断腸の思いで着いていかせたのですから、、、 」
「トリスはほんとにリッツが好きだよね。 うまくモレッドに着いていけるようにお膳立てしてあげて、あんなものまで持たせてさ 」
「おや、気付いていましたか。 まあ、リッツは私の数少ない友人の忘れ形見ですからね。 少しは感情も入りますよ 」
「その友人ってぼくも入ってるの? 」
「あなたはただの同僚。 仕事上の付き合いというやつですよ 」
「うわっ、ひどい。 13年も閉じ込められてやっとでてきた相手に言う台詞じゃないよ、それ 」
ドリアードが膨れ面を作り、そっぽを向く。
すると、ルージュもドリアードと同じ方を向いてしまう。
「まあまあ、同僚ならではのいいこともあるのですよ。 よかったら今夜は教会に泊まりませんか? あなたの帰還をお祝いしようとちょっとした宴を準備してるんです。 子供達も喜ぶと思いますよ 」
ドリアードは「まあ、それなら」と言ってルージュに手をかざす。
すると大きな家のようだったルージュの体がするすると小さくなり、馬車程度の大きさになる。
「行こうか、ルージュ。 リッツの家族達だから、きっと仲良くなれるよ 」
ドリアードがひょいと背中に飛び乗ると、ルージュはトリスに着いていく。
「そうそう、今朝はいい野菜がとれましてね、、、 」
ボルドー達が唖然とする中、3人は話しながら教会へと歩いていく。
その日の夜遅く、1日中子供達に揉みくちゃにされたドリアードは、ルージュに後を任せて1人で岩山のほこらへと帰っていく。
「トリスめ、、、 歓迎会って言ったのにあれじゃただのハードな子守りじゃないか。 モレッドは10日以上あんなのをしてたのか、さすがは元遊び人、、、 」
「モレッド達、もう街からだいぶ離れただろうな。 ちゃんとあれには気付いたかな? 喜んでくれるといいんだけど 」
そう呟くと緑色の小さな子供は月明かりの中に消えていった。
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