第34話 憧れの勇者
荒野に広がる帯びただしい数の魔物の死骸の中をサイオンが歩いている。
あるものは上半身が消し飛び、あるものは縦に両断され、あたりには凄惨極まりない光景が広がっている。
荒野に砂塵を含んだ風が吹き荒ぶが、ゆったりと歩くサイオンを除き動くものは何もない。
呪われて黒く変色していた腕は元通りになっており、立ち昇る魔力は以前とは比べ物にならないほど強大になっている。
サイオンの歩く先には、数刻前まで共に戦っていた魔族の兵達が横たわっている。
兵達はみな干からびたミイラのようになっており、生きているものは1人としていない。
兵達の骸が転がる中、場違いかのようにきらびやかな装飾が施された馬車がポツンと佇んでいる。
「やっぱりな、こいつもなかなかのクソヤロウだぜ 」
サイオンはそう言うと勇者の剣を振りかぶり、施された結界魔法ごと馬車の扉を破壊する。
「ひっ、ひいぃぃ。 き、きさま、ワシを誰だと思っておる、メキドの領主だぞ。 こんなことをしてただで済むと思って、、」
ザシュッ!
「うるせーよ 」
恐怖にかられた顔で脅しをかけようとする領主だったが、その口は勇者の剣によって塞がれる。
ザンッ!
サイオンはそのまま剣を横に振るい、顎から上がなくなった領主がバタンと床に倒れる。
「きたねーブタが、俺様と同じ言葉をしゃべってんじゃねーよ 」
サイオンはそう吐き捨てると、ビクビクと痙攣する領主の衣服をまさぐる。
「お、ご丁寧に腕にはめてやがったか。 用心深いやつだな 」
サイオンは領主の腕を切り落とし、腕輪を持って馬車を後にする。
「さてと、残った用事を済ませるか 」
サイオンは辺りを見渡しながら歩き出す。
再び荒野に風が吹くと、干からびた兵達の身体は塵となって飛んでいく。
砂塵の舞う荒野、イレーネは絶え間なく身体に打ち付ける塵によって意識を取り戻す。
ゆっくりと身体を起こすが、魔力がほとんど枯渇しているようで全身に力が入らない。
視界の全てを埋め尽くす魔物と兵達の骸、どこまでも続く骸の山の中、イレーネは痛む身体を引きずりながら、右に左に視線を移して歩いていく。
なんだ、これは?
自分も兵達も、勇者とともに魔物と戦っていたはずだ。
そうだ、勇者に魔力を分け与えた後、疲れ果てたラクス様を護衛兵に任せ、私は前線で魔物と戦っていたのだ。
ラクス様はどこだ?
幼い身体から、勇者のかなりの魔力を持っていかれたはずだ。
早くゆったりと休める場所にお連れしないと。
ふと、イレーネの足が止まる。
兵達の骸の奥、向こうを向いて横たわる小さな身体が見える。
綺麗な金色の髪が風に吹かれ靡き、小さな身体がピクッと動いたように見えた。
「ラクス様! ご無事でしたか! 」
イレーネの声に反応するように、ラクスの身体がまた小さく動く。
イレーネは安堵の息を漏らし、身体を引きずるようにしてラクスに駆け寄る。
だが、ラクスを目前にイレーネは違和感を覚える。
袖口から覗くその小さな手は完全に干からびており、生気が完全に消え失せている。
「ラクス様? 」
イレーネが恐る恐るその肩に手をかけ、ラクスの小さな身体を引き寄せようとしたその時だった。
ガアッ!!
ラクスの影から、小型の狼のような魔物が飛び出し、イレーネの首に噛みつこうとする。
「なっ!? 」
イレーネは反射的に腰からナイフを抜き、狼の首筋を深く切り裂く。
キャウンッ、、、
小さな狼は悲鳴のような声をあげると、ドサッと地面に落ち、そのまま動かなくなった。
イレーネはラクスに視線を戻す。
そこには見る影もなく干からび、魔物に腸を食い散らかされた小さな身体があった。
「ラクス、さま、、、」
イレーネは地面に崩れ落ち、這うようにして目の前の小さな亡骸にたどり着く。
そして、すがり付くように小さな身体を抱き抱える。
だが、その身体は抱き抱えた傍から、脆い砂細工のようにボロボロと崩れていってしまう。
イレーネはただただ呆然と崩れていくラクスを眺めていた。
少し時がたち、イレーネがその腕にほとんど重さを感じなくなった頃、うつむくイレーネに金色の髪の男が近づいてくる。
「くくっ、やっぱり生きてやがったか、イレーネ 」
イレーネを見下ろすサイオンは、その顔に下卑た笑みを張り付けている。
その身体は魔力に満ちており、呪われていたはずの腕も完全に元に戻っている。
瞬間、何が起きたのかを理解したイレーネは、わずかに残った力を振り絞ってサイオンに斬りかかる。
「サイオン! 貴様! 」
だが、サイオンはイレーネのナイフを素手で受け止め、そのまま腕を掴んだかと思うと、布切れでも振り回すかのように、イレーネの身体を地面に叩きつける。
「がはっ、、、」
全身を激しく打ち、息すらできず苦しむイレーネを見て、サイオンは笑う。
「かかっ、やっぱり躾のなってねえ女だな。 隣で寝てるご主人様が悲しむぞ 」
嘲るようなサイオンの言葉にイレーネは顔を紅潮させ、絞り出すように叫ぶ。
「ふざっ、けるな、、、 貴様は、、悪魔だ、、、。 ラクス様は、、、貴様に憧れて、、、 それを、、、」
すると、サイオンが大声で笑い出す。
「憧れ? くくっ、あーはっはっは!! 薄汚ねえ魔族のガキが勇者であるオレに憧れだと 」
「くくっ、憧れなんぞ、何一つ世の中を理解してねーバカが抱くもんだ。 よりによって魔族の大将をぶっ殺そうっていう勇者に憧れるとは、救いようのねえガキだな 」
サイオンの心無い言葉にイレーネは目に込めた怒りを強め、起き上がろうと全身に力をこめる。
「黙れ、、、黙れっ! 貴様は、生きていてはいけない人間だ。 ここで私が、、、」
イレーネが地面に手をつき、ゆっくりと身体を起こすが、サイオンは笑みを崩さず、袋から腕輪を取り出す。
「くくっ、いいね、情熱的な女ってのも嫌いじゃないぜ。 さあ、そんなおまえにプレゼントがある。 こいつが何かわかるか? 」
そう言うとサイオンは、領主から奪った腕輪をイレーネの前につき出す。
「こ、これは、旦那様の、、 貴様、旦那様まで!! 」
怒りに震えるイレーネに、サイオンは制止するように手のひらをつき出す。
「おっと、食い付き過ぎだ。 落ち着けよ。 こいつを渡す前に一つ聞きたいことがある。 おまえ、昔、オレと会ったことがあるか? 」
イレーネは荒い息をしながら、サイオンに斬りかかる。
「貴様など、知るものか! 貴様のようなクズに出会ったのは、初めてだ! 」
「そうか、やっぱりか。 おまえの旦那様もなかなかのクズだな、くくくっ 」
イレーネのナイフはサイオンに当たらず、空しく空を切り続ける。
「貴様、何が言いたい!? 旦那様の何を知っている 」
イレーネの言葉にサイオンがまた笑う。
「知りたいか? なら教えてやるよ。 そらっ 」
サイオンさ腕輪をはめ、呪文を唱える。
その途端、割れるような痛みと共に、イレーネの脳裏に勇者パーティーに壊滅させられた仲間達の記憶が浮かぶ。
「うぐっ、あがっ、、、 な、なんだ、これは、、、 貴様、私に何を、、、 」
頭を抱えて地面に突っ伏した姿勢のまま、イレーネはサイオンを睨む。
「何って、おまえの旦那様と同じことをしてやったんだよ。 こいつは相手を洗脳する魔道具でな、禁術で脳味噌をいじくり回して存在しない記憶を植え付けるとびきり危ねー代物だ 」
「こんな風にな 」
サイオンがまた呪文を呟くと、イレーネの頭の中に、赤ん坊の頃のラクスの姿が浮かぶ。
記憶の中の自分は小さなラクスをその腕に抱き、生えかけの柔らかい金の髪を撫でている。
ふと、ラクスがイレーネの指を掴んで嬉しそうに微笑む。
「あ、え、、、 私は3年前に旦那様に拾われて、、、 いや、私はラクス様が赤ん坊の頃から屋敷にいた? あれ? あれ? 」
イレーネは焦点の定まらない目で虚空を見つめて、口をパクパクさせている。
「かかっ、こいつはおもしれー。 あんまり記憶をいじりすぎるとぶっ壊れるみてーだな。 」
ぶつぶつとうわ言を繰り返すイレーネを見て、サイオンは再び醜悪な笑みを浮かべる。
「よし、人族の領地までこの女で遊んでいくか。 魔族にしちゃあなかなかのもんだし、うまいこと弄れば使い道はあるだろ 」
そう言うとサイオンはまた呪文を唱える。
イレーネはビクンッと身体を震わせたかと思うと、次の瞬間、サイオンに向かって頭を垂れる。
そして、一言、二言話した後、サイオンの指示に従い、ラクスの亡骸から特級回復薬を奪い取り、自分の身体に振りかける。
しばらくして、サイオンが腰を上げて歩き出すと、イレーネは半歩遅れてそれについていく。
先ほどまで大事そうに抱えていた小さな衣服には目もくれず、ただ、サイオンの方だけを見て、イレーネは荒野の砂塵の中に消えていった。
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