第33話 勇者に力を

 馬車から飛び出たサイオンは、ラクスを守りながら次々に魔物を倒していく。


「なっ、貴様! どうやって封印の腕輪を!? 」


 最初、周りの兵達はサイオンが自由に動き回る姿に驚いていたが、自分達と比べて明らかに格上の力をもっていることがわかるとすぐに手の平を返す。


「勇者どの、助太刀に感謝します! どうかラクス様をお守りください! 」


 あまりの調子の良さに一瞬サイオンも呆れるが、すぐに気をとりなおしてイレーネを探す。


「勇者さま、あっち! あそこのオークの群れのところでイレーネが戦ってる! 」


 ラクスが魔物の群れの奥を指差して叫ぶ。


「ああ、オレも見つけたぜ。 イレーネを助けにいくぞ、ラクス!」


 2人は魔物を倒しながら、イレーネのところへと急ぐ。


 イレーネは倒れた兵を守りながら魔物と戦っているが、肩だけでなく頭からも血を流しており、満身創痍に近い状態だ。


 そんな状態でもイレーネは走りよってくるラクスをすぐに見つけ、驚きの声をあげる。


「なっ!? ラクスさま!? 馬車に戻ってください、ここは危険です 」


 一瞬、ラクスに意識がいったイレーネにだらだらとヨダレを垂らしたオークが襲いかかる。

 イレーネの反応が遅れ、オークはイレーネの細い肩をその大きな手で鷲掴みにする。


「くっ、あっ、、、」


 傷口を掴まれ、イレーネは苦悶の声をあげるが、次の瞬間、目の前でオークが両断され、その向こうからサイオンが現れる。


「はっ、何やってやがる! ぼーっとしてんじゃねーぞ、イレーネ! 」


 そのままサイオンは周りのオークを斬り伏せ、驚くイレーネの胸にラクスが飛び込んでくる。


「イレーネ、大丈夫!? よかった、間に合って、、、 」


「ラクスさま、こんなところにまで来て、、、 いえ、ありがとうございます。 ラクスさまのおかげで助かりました 」


 イレーネは一瞬、ラクスに小言をいおうとしたが思い直し、真っ直ぐに感謝の気持ちを伝える。


「勇者もすまなかったな、助太刀に感謝する。 貴様を自由にすることには思うところがあるが、ラクス様を守っているうちは何も言うまい 」


「はーん、おまえも礼を言えるんだな。 まあ、いい。 そんなことより、こいつはスタンピートか? 」


 サイオンから出た言葉にイレーネは厳しい表情になり、苦々しげに口を開く。


「ああ、そう思いたくはないが、状況からして間違いない 」


「やっぱりか。 まあ、この魔物の種類と数はスタンピートでもなけりゃ説明がつかねーしな。 だが、そうなると、魔物はまだまだ増えるな 」


 サイオンがそう言った時、前の方で戦っていた兵士達の叫び声が聞こえてくる。


「オーガだ! オーガが出たぞ! 」

「まずい! 防衛ラインが持たない! 」


 オーガはAランクの凶悪な魔物で、過去に村を滅ぼした記録もある。 

 兵達はその場を死守しようと奮戦するが、矢継ぎ早にオーガになぎ倒されていく。


 戦いの様子を見て不安そうな目で見上げてくるラクスを見て、イレーネはその手を優しく握る。


「ラクス様、勇者と共にお逃げください。 ここは私が食い止めます 」


 ラクスはイレーネの手を強く握り、

「嫌だ! イレーネも一緒に、、、 」

と泣き叫ぶ。


 イレーネはニッコリと笑ってラクスの頭を撫でると、サイオンの方を向く。


「勇者サイオン、ラクス様を連れて逃げてはくれまいか。 ラクス様を無事に送り届ければ、貴様の罪も不問になるはずだ。 ここまで冷遇しておいて、都合のいい話と思うだろうが、、、 」 


「はっ、そんなバカな話にはのれねーな! 」


 即答するサイオンだったが、イレーネは食い下がる。


「頼む! 私にできることならなんでもする! ラクスさまだけでもなんとかして、、、むぐっ! 」


 突然、サイオンに口を塞がれ、イレーネは驚いて目を見開く。


「早まるんじゃねーよ。 のれねーのはバカな話にだ。 まだオレの切り札が残ってる 」


 そう言うとサイオンはラクスの頭に手を起き、自信ありげに笑う。


「魔物どもを蹴散らしてやる。 おまえらも働いてもらうぞ 」




 数分後、サイオン達は、陣形の中心である馬車にたどり着き、味方の兵達に向かって大声で叫ぶ。


「護衛兵ども、聞きやがれ! 俺様は勇者サイオン、てめえらの大将のラクスを守護するものだ! 」


 そう言ってサイオンは勇者のスキルを発動すると、勇者の剣が輝き、巨大な光のオーラを纏う。


「見ろ! これが勇者の力だ! 」


 サイオンは魔物の群れに向かって駆け出し、兵達に見せつけるように巨大な光の剣を振りかぶる。



「うおぉーーーーー! 」

『メテオブレイカーーー!!!』



 光の剣が魔物の群れをなぎ払い、一瞬で数十体の魔物が消滅する。


 あまりの威力に呆気にとられる兵達に向かって、サイオンは黒く呪われたその腕で勇者の剣を突き上げる。

 

 サイオンの姿に兵達が騒ぎ出す。


「呪いを受けてなおこの力か! 」


「すごい、すごいぞ! さすが勇者だ! 」


「ああ、勇者がいれば、ここを切り抜けられるかもしれない! 」


 沸き立つ兵達だが、サイオンはゼエゼエと肩で息をしている。

 呪いはサイオンを蝕み続けており、既にもう一度大技を放つ余裕はない。


 だが、サイオンは笑う。

 そして叫ぶ。


「おい、てめーら、その手の剣は飾りか? 話してる暇があるなら、一匹でも魔物を倒せ。 それができねえなら、オレに魔力をよこせ! 」


 サイオンの声に兵達はまたざわめく。


「魔力を? どういうことだ? 」


「いや、ダメだろう。 そもそも犯罪者じゃないか、あの勇者、、、 」


 不信の目を向ける兵達に、ラクスが馬車の上から大声で呼び掛ける。


「みんな、聞いて! 勇者様に魔力を集めて魔物を倒すんだ。 勇者様はずっと1人でみんなのために戦ってきたから、今度は僕たちみんなが勇者様を支えよう、イレーネ! 」


 ラクスの声を聞くとイレーネはサイオンに向かって手をかざす。


「頼むぞ、勇者サイオン! 」


 イレーネの身体が光の粒子に包まれたかと思うと、光がサイオンに吸い込まれていく。


「勇者様、僕の魔力も受け取って。 さあ、みんなも! 」


 ラクスもまたサイオンに向かって小さな手をかざす。 すると、最初は警戒していた兵達も1人、また1人とサイオンの方へ手をかざし始める。


 光の粒子が辺りに満ちて、少しずつサイオンの周りに集まっていく。

 そして、どんどんとサイオンの身体に取り込まれ輝きを増していく。


「くくっ、すげえ。 すげえぜ! 」


 愉悦の表情でサイオンが呟く。



 その時、新たなオーガの群れが防衛ラインを突破し、もう一台の馬車の方へ向かって突進していくのが見えた。


 もう一台の馬車を護衛していた巨大な兵団は半壊状態になっており、オーガにどんどん蹴散らされていく。


「オーガを止めろー! あの馬車には領主様が乗っておられるのだ!」


 どこかで兵士が叫び、ラクスは地面にへたりこみながら、サイオンの方を見る。


「勇者様、、、どうか、お父様を、、、」


 魔力を失ったラクスは苦しそうにしているが、それでも父である領主を助けてとサイオンに懇願する。


 サイオンはまたニヤリと笑うと、オーガに向かって駆け出し、一瞬で馬車との間に立ち塞がると、オーガの強烈な一撃を受け止める。


 そして、オーガが次の一撃を繰り出すよりも早く、勇者の剣でオーガの首をはねる。

 

「はっ、軽いな。 ゴブリンかと思ったぜ。 おまえらどいてろ! 一気に数を減らす! 」


 サイオンが勇者の剣にかざすと、天に向かって光の柱がそびえ立つ。


「消し飛べ! 『メテオブレイカー!!!』」


 ドガッーーーーン!!!


 先ほどの数倍はあろう光の剣が魔物達をなぎ払い、その一撃は100を超える魔物を葬りさった。


 耀く光の剣を振るうサイオンを見て、兵達は沸き立ち、我先にとサイオンに向かって手をかざす。

 

「すごい、凄まじい力だ! 」


「いける、いけるぞ! 」


「勇者に力を! ここを切り抜けるぞ! 」


 兵達の魔力がサイオンへと集まり、光の剣は更に大きさを増す。


「おおおー、勇者サイオン!! 」

 

「勇者に続けー! 」



 サイオンの力で戦況は一気に好転し、兵達の士気が最高に高まる。

 光の剣をふるい、魔物を屠りながら、サイオンは笑う。

 その動きは快調そのもので、呪われて真っ黒に変色していた腕も元に戻っている。


 そして、沸き立つ兵達は気付かない。


 サイオンに最初に魔力を渡した二人が意識を失って倒れていることに。

 本当のサイオンの切り札に。


 





 

 


 


 


 



 





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