第32話 戦場の風

「前方に魔物の群れ! 数は30、護衛隊は戦闘に備えよ!」


 馬車の外で兵士の声が響く。


「おっ、魔物じゃねーか。 おまえは行かなくていいのか、イレーネ?」


 ニヤつきながら問いかけるサイオンに、イレーネは外を睨んだまま言葉を返す。


「私はラクス様の護衛だ。 魔物を刈るのは外の護衛隊がやる。 おまえはそこで大人しくしていろ。 間違っても混乱に乗じて逃げようなどと考えるなよ 」


「はっ、真面目なこった。 まあ、今回は大人しく見学しておいてやるよ。 この腕輪のせいでまともに戦えねーからな 」


 サイオンが頬杖をついて窓の外を見ていると、ラクスが隣に座ってくる。


「ゆ、勇者さま、大丈夫ですよ。 護衛隊はみな優秀な兵士です。 あ、あれくらいの魔物なら、問題なく対処でするはずです、、、 」


 ラクスは魔物を怖がっているのか声が上ずっている。 おそらく魔物と兵達の戦闘を見るのが始めてなのだろう。


 しばらくすると部隊の一部が魔物と接触し、先頭が始まる。


 魔物の群れはオークの一団のようだ。

オークは狂暴なCランクの魔物で、一般の兵士が単独で戦うには厳しい相手だ。


 だが、数で勝る兵達は互いに連携しながら魔物と多対一の状況を作り出し、着実に一体ずつオークを撃破していく。


「ほーっ、見事なもんだな。 時間はかかっちゃいるが、オークにほとんど何もさせないまま討伐してやがる 」


 サイオンが感嘆の声をあげると、恐怖が薄れたラクスが得意顔で語り出す。


「でしょでしょ、勇者さま。 兵達はみな厳しい訓練を耐え抜いた精鋭達ですから、オークの群れなんてあっという間に討伐しちゃいますよ! 」


 だが、サイオンの目は遠くに新たな魔物の群れを捉える。


「残念だが、そうもいかねーみたいだぞ。 もう1つ群れがお出ましだ。 しかもさっきの倍じゃすまねー数だぜ 」


 すぐさまイレーネが行者に指示を出し、馬車は新たな群れから離れようと方向を変え、森に沿って速度を上げて走る。


 しばらく進んで森が途切れたところで、突然、自分達に並走する巨大な兵団がサイオンの視界に入る。 中心に豪華な馬車が走っており、兵の数は300ほどだろうか。


「おい、イレーネ、あの兵団はなんだ? 真ん中の馬車には誰が乗ってる? 」


 サイオンが問いかけるが、エレナは兵団を見たまま固まっており、ぶつぶつと何かを呟いている。


「旦那さま? バカな、メキドを防衛されているはずでは、、、 これはいったい、、、 」


ガンッ!!


 馬車の側面に何かがぶつかり、馬車の中に大きな音が響く。


「なっ!? 護衛兵! どうした!? 何があった!? 」


 驚いたイレーネが叫ぶ。


 兵団に気を取られていた3人だったが、気がつけば反対側では防衛ラインが突破され、魔物が馬車のすぐ側にまで近付いていた。


 先ほどのオークだけでなく、ゴブリンライダーやガルムベアも混じっている。

 別方向からも新手の群れが現れたのだ。


「おー、こりゃ大変だな。 どうするよ、イレーネ 」


 他人事のような言い方をするサイオンにイレーネは苛立ちを覚えるが、すぐさまサイオンに食って掛かることはせず、行者に次々と指示を出す。


「このままでは馬車が持たん。 旋回して右側の兵団に合流しろ! 兵達に指示を送れ! 」


 イレーネの指示に従い、ラクスの馬車は再び方向を変える。


 だが、前方にも魔物の群れが出現したことで兵団の足が止まり、周囲を魔物に囲まれての防衛戦となってしまう。


 護衛兵達はラクスの乗る馬車を中心に防御の陣形を敷くが、凄まじい魔物の数に少しずつ押し込まれていく。

 更に大型の魔物に人数が割かれた横をゴブリンライダーのような小型の魔物がすり抜けてしまい、時折、馬車の周りでも戦闘が起こり始める。


「くっ、このままでは、、、 ラクス様、私も兵を援護して参ります。 馬車の中は安全ですので、ラクス様は何があっても決してこの馬車から出られませんよう 」


「イ、イレーネ、危ないよ、、、 」


 袖を掴み、いかせまいと追いすがるラクスに

イレーネは優しく語りかける。


「大丈夫ですよ、ラクスさま。 私はそこにいる勇者とて捕らえたのです。 魔物の10や20、あっという間に殲滅してみせます 」 


「で、でもイレーネ、、、 」


 握り拳を作って見せるイレーネだったが、ラクスはそれでも心配そうな顔をしている。

 すると、イレーネはまあ仕方ないかという顔でラクスに小さなカギを手渡す。


「では、こうしましょう。 私がピンチになりそうでしたら、このカギで腕輪を外して勇者を応援に寄越してください。 腐っても勇者は勇者ですし、ほんの少しくらいは役にたつでしょうから 」


 ぱあっと表情が明るくなるラクスを撫でながらイレーネが皮肉を込めた視線を送ると、サイオンは早く行けとばかりに手を振る。


「では、ラクス様、いってまいります。 おい勇者、万が一、ラクス様が腕輪を外してくださるようなことがあれば、しっかり働くのだぞ。 働き次第では旦那様に恩赦をかけあってやる 」


 イレーネはラクスにもう一度微笑むと、馬車の扉を開けて風のように駆けていく。


 一体、また一体と、イレーネに近づく魔物が一撃で斬り伏せられていく。 その強さは圧倒的で、オークやゴブリンライダーでは相手にすらならない。


「すごい! すごいよ、イレーネ! このまま魔物なんて全部やっつけちゃえ! 」


 腕を振ってイレーネを応援するラクスは、勢いのまま、サイオンにも笑いかける。


「ほら見て、勇者さま。 すごいでしょ、イレーネは! これならもう大丈夫だよね! 」


 満面の笑みを浮かべるラクスに、サイオンは訝しげな顔で答える。


「ああ、確かにすごいな。 あの速さなら、魔物の攻撃なんぞまず当たらねーだろ 」


 でしょでしょと首を縦に振るラクス。


 その後もイレーネは戦場を駆け回り、次から次へと魔物を仕留めていく。

 

 だがそれでも、魔物の数は一向に減らず、絶え間なく出現する群れのせいで、むしろその数は時間をおうごとに増加していく。


 風のように走り続けていたイレーネにも疲労の色が見え始め、少しずつ一ヶ所に足を止めて戦うようになる。


「ちょっとまずいな。 イレーネは確かに強いが、あのナイフじゃ多数の魔物を相手にするには火力不足だ 」


 サイオンがそう呟いた矢先、始めてイレーネが魔物の攻撃を受ける。

 複数体のオークを相手に戦っている最中、突然飛び込んで来たゴブリンライダーに肩を斬りつけられたのだ。


「くっ、邪魔をするな! 」


 イレーネによって、オークとゴブリンライダーはすぐに動かぬ肉塊に変わる。


「はぁっ、はぁっ 」


 イレーネは荒い息をしながら、肩の傷を押さえていたが、またすぐに走り出し、魔物と戦い始める。


 だが、先ほどよりと明らかに動きが鈍っており、正面からは戦わず、時に逃げ回りながらなんとか一体ずつ魔物を処理している状態だ。


 その様子を見たラクスが、泣き顔でサイオンにすがり付いてくる。


「ゆ、勇者さま。 このままじゃ、イレーネが、、、 お願い、イレーネ助けて 」


 そう言ってイレーネから受け取ったカギでサイオンの腕輪を外す。


 その瞬間、サイオンの体に魔力が満ちる。

 以前のままとはいかないが、魔力そのものは数日前の森での状態よりは幾分回復している。

 ただ、呪いの影響は変わっておらず、相変わらず魔力はうまく練れないままだ。


 だが、それでもサイオンはニヤリと笑う。

 いつかと同じ表情で。


 サイオンの腕にすがり付くラクスはその笑顔に気付かない。



 サイオンはそっと腕からラクスを引き離し、腰を落としてその目をまっすぐ見る。


「わかった、イレーネはオレが助ける。 だがな、あの魔物の数は1人でどうにかできるもんじゃねえ。 ラクス、おまえの力を貸してくれるか? 」


「もちろんだよ! ありがとう、勇者さま! ほんとにありがとう 」


 先ほどの泣き顔が嘘のような笑顔でラクスはサイオンに飛び付いてくる。

 サイオンはラクスの頭を軽く撫でると、馬車の扉を開く。


「一気に片付けるぞ! ついてこい、ラクス! 」


 金色の髪を風に靡かせ、呪われた勇者は戦場へと駆け出す。


 

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