第31話 勇者と少年
モレッド達がルージュと戦っていた頃、サイオンは人族の領地への街道を走る馬車の中にいた。
「あ、勇者さま、あの魔物はなんという名前なんですか!? 勇者さまはあんな魔物にも勝てるのですか!? 」
キラキラした目で纏わりつく領主の子供を適当にあしらい、サイオンは呪いに蝕まれた自身の腕を眺める。
手首に拘束と封印の魔術が込められた腕輪が嵌められており、サイオンの力を封じている。
数日前、森で黒装束の女に敗北したサイオンは領主の館に運び込まれた。
当初、領主と貴族達はサイオンを街の危機を招いた重罪人として公開処刑にする予定だった。
14年前に岩山のほこらから魔石を奪ったことが街の崩壊を招いたことを隠し、サイオンをスケープゴートにしようとしていたのだ。
だが、ルージュが門を破壊したことで領主が逃亡を決断し、公開処刑どころではなくなっため、サイオンについても逃亡先で正式な裁判が執り行われることになった。
裁判までのサイオンの扱いに困った領主は、彼を勇者に憧れる息子の機嫌取りとして使おうとした。
その結果、サイオンは領主の息子と世話係が乗る馬車に押し込まれ、領主の一団と共に東へと向かっている。
「はっ、しかし驚いたな。 森でいきなり襲いかかってきた黒ずくめ女の本業がメイド服を着てガキの子守りをすることだとはな 」
サイオンが悪態をつくと、領主の息子が目をキラキラさせながら尋ねてくる。
「森での戦いのお話ですか!? しかも黒ずくめの女というのはまさか伝説にあった忍者のことでしょうか!? 」
期待に胸を膨らませる少年の傍らで、世話係の女がキッとサイオンを睨み付ける。
「ラクスさま、このものは建前上は勇者ではありますが、後日、裁判で罪を問われる予定の危険な罪人です。 あまり近づいてはなりません 」
女の言葉にラクスは口を尖らせながら反論する。
「また、イレーネはそうやってぼくを除け者にする。 せっかく勇者さまが護衛についてくれたんだから、少しくらい話を聞いたっていいじゃないか 」
膨れっ面のラクスに、世話係のイレーネは小言を繰り返す。
「なりません。 今回の視察はメキドの将来に関わる重要なものです。 こんな男と話している時間はありませんよ 」
森での暗殺者然とした様子とは似ても似つかないイレーネの立ち振舞いに、サイオンは「くくっ」と小さく笑う。
「ほら、イレーネが小言ばかり言うから勇者さまもあきれてるじゃないか。 キングリザードを攻撃したのは理由があるって勇者さまは言ってたし、裁判だってきちんと話せばわかってもらえるよ。 だからさ、ちょっとだけ勇者さまと話してもいいでしょ 」
イレーネは「はぁ、、」とため息をつき、渋々といった様子で首を縦に振る。
「ラクスさまは言い出すと聞きませんね。 仕方がない、では昼食までの間だけですよ。 午後は訪問先の歴史の勉強です、いいですね? 」
「やった! ありがとう、イレーネ! 」
跳び跳ねて喜ぶラクスを落ち着かせながら、イレーネはサイオンに余計なことを口走るなよと目配せをする。
「おい、勇者。 まちがってもラクスさまを誑かそうなどとは考えるなよ。 少しでも怪しい様子があれば、その瞬間に貴様の命は失くなると思え 」
サイオンは封印の腕輪をちらつかせながら、ニヤついた表情で答える。
「封印まで施しておいて重ねての脅しとはご苦労なこった。 心配しなくても、この状態じゃお前らに従うしかねーよ 」
そう言うとサイオンはラクスにこれまでの冒険のことを話し始める。
勇者の冒険の物語。
それは、それなりに、いや、多分に脚色され、勇者が絶対的なヒーローとして語られる物語だった。
仲間達の裏切りと危険な魔物との戦いを乗り越えて、魔王城を目指す勇者の物語をラクスは目を輝かせて聞いていた。
話の節々でイレーネが、
「直接戦うのは勇者と魔王だけのはずだから、魔族が勇者を攻撃するのはおかしい」
だとか、
「魔物は人族と魔族の共通の敵だから、魔族が魔物を操って勇者に襲うというのは真実ではない」
などと、突っ込みをいれていたが、途中でラクスに制止される。
「勇者さま、イレーネは元冒険者だから、いろんなことを知ってるんだ。 でもさ、せっかく勇者さまが話をしてるのに、何から何まで違うって言われるのは悲しいよね 」
「勇者さまはこれまで1人でみんなのために頑張ってきたんだね。 次はみんなが勇者さまをささえないとね! 」
(いや、おまえは魔族だから魔王を支える側だろーが、、、)
サイオンはそう思いつつもイレーネの方を向いてニヤリと笑う。
すると、イレーネはまたサイオンを睨んだ後、「では勝手にどうぞ」とそっぽを向く。
そして、サイオンはまた脚色されきった物語を語り始める。
話しながら横目でイレーネを観察する。
森での戦いから、相当な実力者であることは間違いない。
ブロム程度では太刀打ちできず、全快時のサイオンでも注意を要する相手だ。
だが、気になるのはその腕に嵌められた魔法の腕輪。
自分のものとは模様が異なるが、昔、王都で見た禁呪で作られた腕輪に似ている。
確か効果は嵌めたものを洗脳することだったはずだ。
お昼を過ぎ、ラクスが書物を読み始めて静かになった馬車の中で、サイオンはイレーネにかまをかける。
「お、イレーネ、よく見りゃおまえもオレと同じような腕輪をしてるじゃねーか。 さっきから偉そうなこと言ってるが、おまえも実は罪人か? あ、もしかして、森で言ってたあれだけのことをしてって話、実は昔オレが捕まえた犯罪者がおまえだったってオチか? 」
「あれだけのこと?? わけのわからないことを言うな! これはいざという時にラクスさまをお守りできるようにと旦那さまよりいただいた加護の腕輪だ! 貴様の薄汚い腕輪と一緒にするな! 」
イレーネは語気を強め、怒りを露にする。
慌てたラクスがイレーネをいさめ、サイオンにも謝っているが、サイオンはもう話を聞いていない。
(加護の腕輪ねえ、、、 オレから見ると呪われた腕輪そのものなんだが、こいつは使えるかもなぁ )
ラクスとイレーネが書物を見ながら何かを話している横で、サイオンは1人暗い笑みを浮かべる。
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